序章
露骨な性描写はありません。
殺人方法の模倣はしないでください。
とんでもトリックは出てきません(一応書いておきました)。
すみません、書き忘れました。
『雛区』は神奈川県川崎市幸区に隣接している区と考えてください。
素人の拙い作品です。
読んでいただけるだけで嬉しく思います。
ウイリアム・シェイクスピア「最悪の状態と言える間は、まだ最悪ではない」
まるで殺人鬼から逃げているかのようだ。
その部屋の扉の前には、何百冊もの文庫本が入った本棚が、バリケード替わりに配置されている。北側、西側の窓には内側から鍵がかかっていて、分厚いカーテンがそれに張り付くように垂らされている。
神奈川県、川崎市、雛区。住宅街に佇む、そこらではありふれた形の、とある一軒家の二階の一室。一つしかないベッドの上で、暗闇の中、少女は車に轢かれて瀕死の野良猫然とした態で、体を震わせていた。
かたかたかたかたかた……。少女の震えで、ベッドは僅かに揺れ、音を立てる。
「花圃……?」
少女と同じベッドで横になる少年は、彼女が取り乱していることに気付くと、慌てて起き上がり、彼女の肩をそっと抱いた。
「大丈夫だよ。大丈夫。俺がいるから安心しろ」
少年が優しく声をかけると、少女の震えは次第に治まっていった。
「お兄ちゃん、ごめん。もう……大丈夫」
少女は双眸から一筋の涙を流し、天使のような笑みを少年に向ける。少年には、少女の笑みをはっきりと捉えることはできなかったが、何となく、彼女が今笑ったのではないかと彼は思った。
「俺に謝るなって言ってるだろ?花圃と俺は家族なんだ。迷惑だって思わせるくらい、頼っても良いんだからな」
少年は少女の頭を撫でてやると、ぎこちない笑みを浮かべ、目を閉じた。
いつものことだが、すぐには眠ることはできなかった。
不定期的に起こる、父親に対する恐怖心による発作を抑え、少年が現実世界への関心を絶ったのは、午前三時を過ぎた頃のことだった。