学園の天使
「みなさん、おはようございます。一年B組の副担任、三毛星(みけきらら)です」
浅海学園の天使(エンジェル)、三毛星。ふわふわとした雰囲気と、その雰囲気とは裏腹に教師とは思えないギャル系のファッションが特徴の女性教師だ。性格は温厚……というよりも、天然。男子生徒から絶対の人気を誇る、学園のアイドル。今日も花柄の丈の短いワンピースとゆるいカーブのかかったポニーテールが素敵だ。
開け放たれた窓から四月の風が入ってくる。その風に乗って、甘い匂いが漂ってくる。三毛先生の香水だ。いい香りだ。
「いやー、三毛ちゃんが副担任なら担任が誰でもいいや、って感じかな」
僕の隣で、ピンク色の髪をした男子生徒が歓声を上げる。春海紺(はるみこん)、バカの日本代表で、クラスのムードメーカー、と言うよりもトラブルメーカー。太陽よりも明るく羽よりも軽い、その性格はクラスの雰囲気をよくすることもあれば無意識に他人の怒りを買ってくることもある。それはそれは困った男だ。
「鬼でも悪魔でもなんでもカモーンって感じだぜ、っと。な、吉野!」
『そうだな。ただ、俺達の担任は鬼でも悪魔でもない。鶏だ』
「がーん! 春海、ニワトリは嫌だなー」
『卵料理が食べられなくなるな』
嫌味な笑みを浮かべる少年、吉野凛太郎。なぜか筆談で会話する、謎多き人物だ。身長は高校一年生というよりも中学一年生のようなチビのくせに、態度がとにかくにでかい。気の短さと心の狭さも超一流。
二人が何を話しているのかは気になるが、吉野君の書いている文字がはっきりと見えないので話の内容がよく分からない。いや、大体は想像できるが、話している相手が春海君では突拍子もないことを返している可能性が十二分にありえるので、あまり当てにならないかもしれない。
とにかく内容がよく分からないのでは眺めていても仕方がない。二人から目をそらし、僕は何となく教室後ろの扉を見た。するとそこには大きな人影が。曇りガラス越しに薄っすらと見えるのは、大柄な体格と赤い髪。うん、赤い髪?
僕の頭が理解するよりも早く、教室の扉が壊れるんじゃないかと思うくらい勢いよく開いた。そして、ニワトリの怒声が響き渡る。
「よぉ、春海。ニワトリって、何のことだ」
教室後方の扉からゆっくりと歩み寄ってくる、赤い影。浅海学園で最も恐れられている鬼教師、いやニワトリ教師、吉対誠人だ。
吉対は僕の前を通り過ぎ、隣の春海君の正面で立ち止まった。
「え、あ、あの……卵アレルギー、が発症しましてですね……」
春海君は冷や汗をかきながら引きつった笑みを浮かべる。吉対はそんな春海君を鼻で笑うと、邪悪な笑みを浮かべて春海君を見下ろした。
「後で、職員室」
「…………うぇ、い」
春海君は引きつった笑みを浮かべたまま、ひしゃげたカエルのような返事をする。吉対はそのまま教卓へと向かい、三毛先生に話しかける。
「すみません、遅くなって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。用事は済みましたか、誠人ちゃん」
「誠人ちゃん!?」
クラスの声が一つになる。
「え、今誠人ちゃんって、どういう関係だよ……」
「まさか三毛先生って」
「……吉対と、まさか……」
うなだれるクラスメイトたち。考えていることは皆同じだろう。もしかして、できてるのでは。
するとその空気に気付いたのか気付いていていないのか、三毛先生が笑顔で言った。
「誠人ちゃんは、昔の私の教え子ですよ?」
「えええええっ!?」
吉対は教師三年目。確かにまだまだ若いけど、三毛先生の外見はニワトリのそれなんかよりもずっと若く見える。
一体、何歳なのか。
浅海学園都市伝説が、ひとつ出来上がった瞬間だった。