開かない扉
僕らが教室の前に着くと、入り口ではみんながちょうど移動を始めていたころだった。
「遅い!」
すると人ごみを掻き分けて中に入ろうとする僕たちに、鬼のような形相で怒鳴りつけてくる女子生徒が約一名。長くしなやかな黒髪。大きいながらもなかなかに鋭い目は少しきつそうなイメージを与えるが、すらっと流れるような長身に、モデルのような細い手足はどこか華奢なイメージを与える。そしてその手足に比例するかのように小さい胸が特徴的だ。
とても惜しいプロポーションの持ち主である彼女の名前は、真中千歳(まなかちとせ)。彼女もまた、一年B組の一員だ。初等部の頃から柔道や剣道を習っていて、その可憐な容姿にだまされ近づいた哀れな男子たちはことごとく蹴散らされてきた。
とにかく強気で勝気。身長も大きい分、態度も大きいのだろう。胸は小さいけど。B組に入れられた理由は、その性格が関係しているんじゃないだろうか。……それか、麻倉君の保護者的な意味か。
「いい、あなたも今日から高校生よ。受験がなかったからって、気が緩んでるわ」
そう言って、真中さんは僕を睨みつける。おー、怖い。
「でも始業式が始まるまでにはまだ時間があるし、別に僕らが最後ってわけじゃ……」
「最後よ」
真中さんはあきれたように溜め息をつく。そしてちょうど教室から出てきた男子生徒を指差して、もう一度僕を睨みつける。
「あの麻倉ですら来ているというのに、あなたがそんなでどうするの」
「えっ、麻倉君来てるの!?」
これには驚いた。
フルネームは麻倉巡(あさくらめぐり)という変わった名前なのだが、とにかく彼は何事にも無気力無関心。授業中は寝てばかりで、学校のイベントにはほとんど参加しない。そんな麻倉君が始業式なんて面倒なイベントに遅刻せずに来ているとは……。そうか、始業式って、どんなに重大なイベントだったのか。
確かにここはエスカレーター式だから、中等部と高等部の入学式というものはない。始業式が入学式の代わりになるわけだ。そうか、麻倉君はそこまで考えて――
「……朝目を覚ましたら、部屋になぜか真中がいた。そのあと問答無用で学校へ連れて来られた」
いつの間にやら隣に立っていた麻倉君が、ため息混じりに言う。
なるほど、そういうことでしたか。麻倉君が自主的に自ら進んで学校に来たわけではないらしい。それなら納得できる。
「いいから、早く行くわよ。始業式は講堂で行われるわ」
教室の鍵を閉めながら、真中さんが僕と麻倉君に向かって言う。
「村主、あなたはまだ道がわからないんでしょう? 案内するわ。行きましょう」
僕たちに言った時とはまるで別人のように優しいトーンで、樒君に話しかける真中さん。この扱いの差は何だろう。……ただの問題児と日本に来たばかりで戸惑っているであろう帰国子女、という差か。
僕はふと、腕時計で時間を確認する。時刻は八時五十七分。
あれ、始業式って、九時からじゃなかったっけ。
「走りなさい、全速力で走りなさい!」
言われなくても走ります。
僕らは講堂目指して全速力で誰もいない廊下を駆け抜ける。
「講堂ってどこ!」
「……すぐそこの廊下の向こうに見える建物。ただ――」
慌てて訊ねる樒君に、麻倉君が冷静に前方を指差して答える。講堂までの距離は十五メートル。間に合うか……?
僕は講堂へと続く扉を開こうと、扉を力一杯押した。しかし、
「……あれ」
ここの扉は引いて開けるタイプだったかな。そう思い、今度は扉を力一杯引く。しかし、
「開かない!」
「えぇっ!」
「何ですって!」
「だろうな」
慌てふためく僕らをとは対照的に、麻倉君は落ち着いていた。そして沈着冷静なその態度を崩さず、とても落ち着いた口調でこう言った。
「人の話は最後まで聞くもんだ。今日は防犯対策のために廊下の扉の鍵が閉まっているから、講堂へ出るには一旦二階へ登って、渡り廊下を渡って、それから階段を下りて、そこなら扉がないから通れる。……が、始業式が始まったらシャッターが下りてきて閉まるぞ」
「それを先に言ええええっ!」
僕らはさっき以上の限界を超えた全速力で、階段を駆け上がる。
すぐそこの講堂からは、国歌斉唱の歌声が聞こえてくる。
そして僕の腕時計の針は、無情にも九時を差していた。