昼寝とマンチカン
まさか僕が周りの先生たちから『問題児』なんて目で見られていたとは。
僕は重い足取りで1年B組教室へと向かう。一年の教室は一階にある。体育の時なんかはとても便利だ。
浅海学園は小中高一貫。僕がいきなり問題児の烙印を押されてしまったのは、初等部中等部での生活態度が悪かったからに違いはないし、……心当たりもあるから文句は言えない。
ふと眺めた窓の外には、僕の心とは裏腹に、雲ひとつない青空が広がっていた。
「始業式か。……絶好の居眠り日和だよなあ」
誰に言ったわけでもない。ただの独り言だ。
温かい陽射しに、心地よい風。今日みたいな日に学園長の祝辞なんて聞かされたら、あっという間に僕は夢の世界へと旅立ってしまうだろう。ああ、中庭で昼寝したい。
そんなことを考えながら、僕はぼーっと空を眺める。もうすぐHRが始まる時間だろうけど、別に遅刻したっていいや。どうせ今日は始業式しかないんだから。
窓から見えるのは、ちょうど中庭。青々と生い茂る木々の中で咲いている、小さな花たちがとても可愛らしい。中庭の中央には池があって、二階から見れば鯉が泳いでいるのがよく見える。そしてその池のすぐ隣にある木製のベンチ。大きな木がすぐそばに生えているのでほぼ一日中日陰になるという、あそこは知る人ぞ知る絶好の昼寝スポットなのだ。
それにしてもいい風だ。そうだ。どうせ僕は問題児の烙印を押された落ちこぼれだ。それなら僕は落ちこぼれらしくあのベンチでゆっくりと昼寝を――
「サボったらだめだぞー、ヤース太ーっ」
「ごふっ」
後ろからいきなり飛びつかれた。
振り返ると、そこには金髪碧眼の小柄な少年が。ワックスで整えられた髪にピアス。学校指定のブレザーも着ずに、ネクタイもつけていない。そういうところだけ見ればたちの悪い不良のような彼だが、身長が少し低めなのでどうもただの間抜けっぽく見えてしまう。
名前は村主樒(すぐりしきみ)。ドイツと日本のハーフだ。彼は高校からの編入生という形で入学してきたので、人数あわせでB組に入れられたのだろう。悲しいやつだ。
「ね、ヤス太。オレたち一緒のクラスだよね? 一緒に行こうよ」
ニコニコと笑顔で話しかけてくる樒君。日本語は達者だが、これでもほんの一ヶ月前まではアメリカに住んでいたのだから驚きだ。
「そうだね。樒君、教室の場所はわかるの?」
「わからないけど? 案内板読めないし」
アメリカらしいオーバー気味なリアクションと共に、どことなく子供っぽい返事が返ってくる。
樒君は父親が日本人で、小さいころから日本語は教えてもらっていたのだそうだ。ただ、読み書きは一切教わっていなかったらしい。ぺらぺらの日本語からは想像もできないくらい、日本語は読めないし書けない。
あれ、じゃあどうして僕と同じクラスだって知ってるんだ? ……ま、いいか。誰かに聞いたんだろう。
「じゃあ、行こう。あっちだよ」
「レッツゴー!」
僕が教室の方向を指差すと、本場仕込みの発音のいい英語と共に僕の手を引っ張って走り出した。
「ほら、早く! 遅刻しちゃうよ!」
時刻は八時三十分。点呼は三十五分だから……かなりぎりぎりだ。
「ほらほら、ヤス太。今日は始業式だから早めに行かないとだめなんだよ!」
僕はちらっと中庭のベンチを見る。その上にはどこからやってきたのか、小太りなマンチカンが寝転んでいた。僕は猫が好きだ。今すぐにでもあの無防備な姿を晒しているマンチカンに抱きつきたい。お腹をもふもふ撫でたい。
と、そんなことを考えていても仕方がないので、僕は樒君に引っ張られるまま走り出す。
仕方がない。僕の昼寝は鉄製のパイプ椅子で我慢しよう。




