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世界の見る夢は。  作者: 木谷 亮
迷い込んだ世界
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妄想魔法

やがて朝日が昇り、その太陽の動きで大体の方角に検討をつけて私は行動を開始した。

道中、白骨死体を見つけて悲鳴を上げてしまったが、逆にこれは有難いことだったのかもしれないと思った。

申し訳ないと思いながらも、私は手早く白骨死体の着ていた衣服や装備を剥がし、身につけていく。たぶん、特殊な加工でもされているのだろう。マントだけはボロボロで使えそうになかったが、服は多少色褪せてはいたものの破れたり解れたりしている部分は見あたらなかった。

死体の服を剥がして着るなんて気持ちのいいものではないが、こればかりは仕方ない。

私はこの世界では言わば異端者だ。

このままの「現代日本OLの休日」風な服装、それもボロボロなこの格好では、下手すれば警備隊にでも通報されて捕まってしまうかもしれない。そんな考えもあったので、私は死体の服や装備を有難くいただいくことにしたのだ。

「うーこれは人骨じゃない、骨格標本、骨格標本…」

死体が腐乱を通り越して白骨化していたことが、せめてもの救いだった。

腐乱してたら、さすがの私も近寄ることすらできなかっただろう。

あるいは、この白骨死体を見つけたのが昨日だったなら。その場合もきっと私は吐いてしまい、やはり近寄ることができなかっただろうな、と死体から剥がしたばかりの衣服を手にしながら考えた。

睡眠は偉大だ。少しでも体を休めたおかげか、昨日よりは私の気持ちも落ち着いてた。

「はぁ……町へ行くのはいいとしても、お金はどうしようかなぁ。誰か親切なヒーローでも現れて『お嬢さん!このお金を思う存分使ってくれ!』とかやってきてくれたらいいのに」

私は眉を情けなく下げて、項垂れていた。

死体はお金らしきものを持っていなかった。

追剥にでもあったのだろうか。それともただ単に貧乏だったのだろうか。

つらつらと思考を巡らせて、それから、考えるのを止めた。

私が今そんなことを考えていてもどうしようもないからだ。

それよりも、今後の事を考えなければならない。

まず、二人を探す。

これは絶対だ。私のせいで二人を巻き込んでしまったのだ、一刻も早く二人を見つけなければならない。

しかしどちらにせよ、お金がなければ何もできないわけで。

町に行っても宿を取るにはお金が必要になるだろうし、昨夜も今朝も食べ物がなかったので偶々見つけた川の水で空腹を凌いでいたのだ。慣れない道を長々と歩いたこともあって、お腹はかなり減っている。

しかし私の所持品と言ったら、せいぜい白骨死体からいただいてきたズボンに上着、ブーツ、それから短剣くらいだ。あとは布袋…というよりズタ袋か。

ちなみに元々着ていた服はいちおう布袋(ズタ袋)の中に入れてある。ヒールの折れた靴も、化粧品と財布の入ったバッグも、ここに入れておいた。

2年前に別れた彼氏から貰ったネックレスも身に着けていたが、これも一緒くたにして布袋に放り込んだ。別れた彼氏から貰ったネックレスを未だに持っていたことに関しては、残念ながら「彼氏に未練がある」とかそういう色っぽい話ではない。割合値の張るネックレスだったし、デザインが気に入っていたから遠慮なくつけていただけのことだ。

サヤやミホには「別れた彼氏のもの着けてるなんて『未練あります』って言ってるようなものじゃない!」と言われていたが、本当に私はそういうことが全く気にならないタイプなのだ。これも二人から「残念美人」と呼ばれる一因かもしれない。

「いっそ、ネックレス売れれば売っちゃおうかなぁ。でも異世界アイテムになるし、もし良い値段で売れすぎて強盗に狙われることになっても嫌だし…」

そんなことを一人呟きつつ、テクテクと歩く。

途中で北方向へ向かって流れる大きめの川を見つけたので、その川に沿って歩くことにした。このまま行けばそのうち町へ辿りつけるだろう。

小説には「王城とスライシュの町の間には、そのふたつを区切るようにして川が流れている」という記述があった。それがこの川だろう、と思ったのだ。


多少気を抜いて歩けるようになり、私は町に着いた後のことを具体的に考え始めていた。

何はともあれ、お金だ。お金を稼ごう。

このお腹を満たすのも疲れを癒すのも、全てはお金次第。お金さえあれば、さらにその次のことが考えられるようになる。

幸いこの世界「ロメリヤード」にはギルドというものがある。

ギルドはMMOゲームなどでも良く耳にする機関だが、ロメリヤードでもその活動内容は大して変わらない。依頼をする者と依頼を受ける者、それらを仲介する機関がギルドだ。依頼の内容は千差万別で、現代日本でもあったような便利屋的仕事から、魔物の討伐依頼まで。ありとあらゆる依頼がそこにはある……………と小説で読んでいた。

そこになら私が受けれるような依頼もあるだろうし、運が良ければサヤとミホに関する情報も入るかもしれない。幸い、私には剣道や居合の心得がある。実戦経験はないので不安はあるが、何かの役には立つかもしれない。

だから私は、「町に着いたらまずはギルドを探して冒険者登録を済ませよう」と考えていた。

ただ、ひとつだけ問題があった。

(……女じゃ、絡まれるだろうな。たぶん。いや、ほぼ確実に)

ギルドは荒くれ共の集まりやすい場所だ。

下手をしたら、物陰に入った瞬間―――――出てこれない事態が起こるかもしれない。

ここは日本とは違うのだ。女性がズボンを履いてギルドに出入りするような世界ではない。

(となると、男装するしかないかな…)

白骨死体からいただいた服装は少年のものだったし、小説の設定ではこの世界の女性は大抵スカートを履いている、となっているはずだった。だから、この格好なら男として押し通せる……かもしれない。

一瞬は「ナイスアイディア」と自分を讃えてしまったが、しかしやはりそれは通用しないだろうとすぐに考え直した。

私はそれなりに胸もあるし、仮に胸はサラシか何かで潰したとしても足腰の肉の付き方を見れば性別は簡単に分かる気がする。それに、この長く伸ばした髪だって、少年のように短くしたくない。

ここまで伸ばすのに5年間もかかったのだ。ここは譲りたくないところだ。

かと言って、こんな半端な男装でギルドへ行ったところで、

『おいおい兄ちゃん、随分ナヨナヨしてんじゃねぇか。お前本当に男か?』

『よっしゃ脱がせて確かめてやろうぜ!俺はこっちを押さえるから、お前そっち押さえとけ!』

『男か女か、楽しみじゃねぇか?なぁ、野郎ども』

――――なんてことにもなりかねない。

ゲラハハハ、なんて山賊のような下卑た笑い声を想像して、私はブルッとした。そんな事態だけは絶対に避けたい。

どうしようか、と足を止めて少し逡巡して。

それから、ハッとした。

(私、この世界…ロメリヤードに来た時、呪文を唱えてきたんだよね?)

自分で考え出した適当な呪文ではあったけど、確かに「妄想魔法『異世界往路』」と唱えた瞬間、私はこの世界にやってきたのだ。

ならば「妄想魔法『異世界復路』」とでも唱えれば帰れるのではないだろうか。

サヤとミホを置いて帰るつもりは絶対にないから今はまだ唱える気はないが、応用すれば他のことにも使える気がする。例えば、もしも男たちが襲ってきたら一撃で撃退できるようなスゴイ魔法、とかにだ。


「ヨシッ」と気合を入れると、私は手を前へとかざした。

物は試しだ。「妄想魔法『異世界往路』」の応用版を作ってやろうじゃないか。

手始めに、ファイアーボール………と思ったがそれは止めておいた。火事にでもなったら問題だ。山火事ならぬ森火事にでもなったら洒落にならない。風魔法あたりが無難かもしれない。

私は目を閉じて精神を集中させ、深く深く、イメージする。

呪文はRPGでもよくあるアレだ!


「妄想魔法『ウィンドカッター』!!」


……………………。

………。

……。

(何も起こらない…)

ダメ元とはいえちょっと落ち込んでしまった。

しかし、「ならば!」と再挑戦する。

もしかしたら呪文が悪いのかもしれないと思い、今度はもう少しイメージしやすいものにする。イメージは我が家の掃除機のダストボックス内で発生するゴミを集める竜巻技術だ!


「妄想魔法『サイクロン』!」


……。

……これも駄目なようだ。

じゃあこれならどうだ!と私はポーズを変えて手を振りかざす。


「妄想魔法『かまいたち』!」


……。


「妄想魔法『風切り』!」


……。

……。


「妄想魔法『とにかくすごい風』!」


……。

……。

……。



結論から言うと、何も起こらなかった。

他にもゲームや漫画にあるような各種魔法を唱えてはみたものの、発動する気配すらない。

火事になっても後は知らん!とばかりにファイアーボールも唱えてみたが、やはりマッチ一本の火も出なかった。

(うーん、駄目かぁ………そもそも妄想魔法って自分で付けといてナンだけど妄想魔法って何な―――――妄想?)

何かが頭にひっかかっている気がする。

唸りながら、必死に思い出そうとする。なにか…なにかを見落としている気がするのだ。

(そもそも私、なんで妄想魔法って付けたんだっけ?えーと、あの時は確か……)

『カオルはその妄想力が魔法みたいなものだよね』

ミホの言葉が、ふいに頭に浮かんだ。

妄想力が、魔法みたいなもの。

そうだ。そう言われたのをあの時思い出したからこそ、「妄想魔法」という言葉を頭につけて唱えたのだ。

私は、小さな頃から異世界に行きたいと妄想してきた。そして、「妄想魔法」を唱えた。だから、妄想魔法が―――発動した?

(いや、馬鹿な。そんなの、殆どこじつけじゃないの)

でも、と私は考えた。

もしもそれが本当だったなら。

(私が妄想してきたことなら、現実に魔法として使える………?そういえば、ファイアーボール使いたいとか、そういうのって妄想したことなかったかも。いっつも異世界に行く魔法とか、そんな魔法ばっかりで)

私は今まで妄想してきた内容を思い返す。

妄想なんて、たくさんしてきた。大きなものから小さなものまで、そりゃもう、様々とだ。

その中でも、今の私の役に立ちそうな妄想を必死で思い出していく。

(えぇと、異世界に行きたいっていうのと、魔法使いたいっていうのがイチバン思ってたこと。これはもう達成しているのよね。妄想魔法として発動してるんだから。あとは………)

ふと思い当った。

これならば、今の自分にとって最高に役に立つ魔法だ。あとは、無事発動さえしてくれればいい。

(できるかな……ていうかできないと困る!)

私は一旦深呼吸をすると、右手をそっと胸に当てて、小さく呟くように呪文を唱えた。

どうか発動して、と願いながら。

「……妄想魔法『性別チェンジ』!」


――――――それは一瞬のことだった。

体が…、体の造りそのものが、コンマ数秒で変えられていく。

胸がしおしおと萎み、代わりに筋肉が胸を覆い始める。

全身が固くなっていく感覚。背も少しばかり伸びた気がする。丸みを帯びた頬も、まるでエステを受けたときみたいにキュッと引き締まっていった。

そして最後に。

「う、うあーー……股間変わった」

下半身に妙な感覚がしたのち、違和感のある何かが、自分の股間にぶら下がっているのを感じた。

その…………………アレだ。

アレがなくなってアレが増えたというか。

「えーっと……成功?」

ともかく多分、これで私は立派な男性になれたわけである。

「………自分のモノながらちょっと恥ずかしいけど、確認は必要よね…」

そう言いながらすかさずズボンの前を寛げて股間を外気に触れさせると、私の目はしっかりばっちりと己の下半身を確認していた。

うん。ちゃんとある。

2年前彼氏と別れる前に見て以来の、オトコノコ様だ。いや、2年前に見たオトコノコ様よりも立派かもしれない。

別れた彼氏が聞いたら男泣きに暮れそうなことを考えながら、私はズボンを上げて丁重にそれを仕舞い直した。パンツだけは自前の女物なので多少変態くささが漂うが、こればかりは仕方ない。トイレは絶対に個室に入ろう。トイレに個室…あるよね?たぶん。

ともかく、これでギルドに行っても安心だ。

あとは柄の悪そうなやつに近寄らないようにだけ気をつければ、目をつけられることもないだろう。


もう森の出口は見えている。町まではあと少し。

町に着いたらギルドに登録して、稼いで稼いで稼ぎまくって、そして―――――ご飯を食べるのだ!

グゥゥゥと悲しげな音を立てるお腹に手を当て、私は決意を新たにしていた。


こうして、私は男として過ごすことになったのだった。




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