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世界の見る夢は。  作者: 木谷 亮
迷い込んだ世界
11/20

私へのエール

ペティエールはしつこかった。

思わずミドルネームにスッポンを入れてやろうかと思うくらいに、そりゃあもう、しつこかった!


「先ほどの剣舞は本当に素晴らしかった!その見た目にその剣技!君は最高の芸人になれる!我が一座でその夢を追ってみないか?!」


(いや、だから芸人目指してないから!)


思わず心の中でツッコミを入れる。

さすが一座を率いる男というべきか。芸に関しては目の色が変わるらしい。


あの後、興奮しきったペティエールが私の肩を掴んでガクガクと揺するのを何とか振り払って、私はひたすら断り続けていた。

私が依頼で受けたのは、あくまでアシスタント。

舞台に立つなんて、とんでもない!

ペティエールたちはプロの芸人たちだ。

そんな人たちと肩を並べられるほどの技術を私が持っているとは到底思えない。

私だって、ちゃんと自分の身の程は分かってるのだ。


しかし今まで紳士的だったペティエールが嘘のように思えるほど彼の勧誘はしつこく、それは舞台の設営が終わってお客さんが賑々しく入り始めたあとも続いていた。


「だって勿体ないじゃないか、それだけの腕を眠らせておくなんて!君の剣技は魅せることができる剣技だ。私はあんなに美しい剣捌きを初めて見たよ……!」

「だーかーらー私はアシスタントで雇われただけです!私ごときが舞台に立つなんて無理ですってば」

「いいや君は己のことを良く分かっていない。確かに顔やその髪色の珍しさだけだったら私も諦めたさ!初めて会ったときだって、芸はできないという君の言葉を聞いてすぐに話を切り上げただろう?私はこの一座の座長として君の剣技を見て、そしてその技術を評価しているんだ」


ペティエールの猛攻に、私は疲れた顔を隠しもせずにため息をつくと、もう何度となく述べた断り文句を再び口にする。


「無理です。とにかく無理です。私はそもそも冒険者なんです」

「いいじゃないか~~、ちょっとくらい冒険者から芸人になったって……」

「それ、ちょっとくらいっていう話じゃないですよ」


開演時間も間近に迫り、舞台裏のテントから客席を覗いてみると、もうかなり人は集まっていた。

ポルムとヒュリアが呼び込みもやってくれたのだ。

お客さんの呼び込みは本来私の仕事なのだが、どうやら二人は座長であるペティエールが私に張り付いているのを見て、状況を察して動いてくれたようだ。

しかし私とて雇われた身である。

このままではお給料を貰えるような仕事を何もせずに終わってしまう。


「ペティエールさん、ほらお客さんがいっぱいですよ!座長が司会なんでしょう?もう行かないと」


私が促すと、さすがにタイムリミットを感じたのだろう、ペティエールはすごすごと着替えをするために馬車の中へ入っていった。

その背中には哀愁が漂っていたが、こればっかりはどうしようもない。

私は装備が貧しかろうがお金が無かろうが、あくまで冒険者なのだから。


ペティエールがいなくなってようやく自分の仕事ができるようになった私は、急いで自分に与えられた衣装に着替える。

いくらアシスタントとはいえ、お客さんの前に出るのだ。

死体から貰った色あせた服のままではマズイということで、私は衣装を借りることになっていた。


(さすがに「死体から貰った」ってことは言ってないけどね)


言ったらドン引きされる自信だけはタップリとあるので、そこは黙っておいている。


貸して貰った衣装は、他の皆のものよりはデザインこそ大人しいが、それでも充分に派手な服だった。

蔦が絡まるように銀色の刺繍がされている真っ白な上着。

丈の長いその上着を腰の黒ベルトでキュッと締め、緩めの白ズボンを履いた上から黒の編み上げブーツを履く。

首周りにはシャラシャラとした銀色の飾りが付けられ、私が動くたびに首元がキラキラと光を放つのがとても美しく………いかにも舞台衣装で困った。

本当はもう少し目立たない服が良いのだが、あまりわがままを言うわけにもいかない。


私は仕上げに長い髪の毛をポニーテールにすると、舞台裏のテントを出た。

手には集金箱。

舞台が始まるまでは会場の隅で待機して、舞台が始まった後はひとつの演目が終わるごとに集金箱を持って客席を練り歩くのだ。

ちなみに金額は固定ではない。

お客さんが「この金額なら出してもいい」と思える額を貰う。それがこの一座のやり方だった。


そんなやり方でお金が儲かるのだろうかと思い、聞いてみると「お金をたくさん出してもいい、と思わせるような演技をするのが仕事だから」という答えが返ってきた。

驚いたのは、まだ子供と言ってもいいポルムまでもが同じように話していたことだ。

彼らは比較的人数の少ない一座ながらもプロ意識の強い集団なのだと私はとても感心していた。


「カオルくん、その衣装とっても似合っているわ」


テントを出たところでヒュリアに声をかけられる。

その声に振り返ると、ふんわりとしたワインレッドの衣装に身を包んだヒュリアがニコニコとこちらを見ていた。

いつもは耳横で束ねられている髪の毛も高く結いあげて金色の飾りをたくさん付けており、普段は天然キャラなヒュリアがとても大人びて見える。


「ありがとうございます。…ってあれ?ヒュリアさんはこんなところにいていいんですか?そろそろ舞台始まりますよ」


ほら、と私は自分の仕事アイテムである集金箱を示して見せる。

するとヒュリアは「あらあら」と顎に手を当て、困った顔をした。


「聞いてないかしら?今日は前座にあなたを入れるそうなのよ。だから私はあなたを呼びに来たの」

「………は?」

「前座なら、演技が終わった後であなたに集金のお仕事もして貰えるし。ちゃんとギルドを通して追加金も払うから安心して舞いたまえ!…って座長が言っていたのだけれど」


その様子じゃ聞いてなかったみたいね?と言われ、私は驚きのあまり開いた口を塞げなかった。


初耳だ。

何もかも初耳だ。


(くっ!ペティエールさんが頼んでも私がウンと言わないと思って、ヒュリアさんを使ったわね?!)


遠くからペティエールの朗々とした声が聞こえる。

開幕の挨拶のようだ。


「あら、もう始まってしまうわ。とにかくカオルくんも行きましょう?」


ヒュリアに促され、もう断れそうにない状況を察した私はしぶしぶとテントに戻った。

もちろん納得はしていないがこの状況で無視するわけにもいくまい。


(忘年会芸を大勢のお客さんの前で披露しろってどんな拷問!)


頬を膨らませながらテントの中に入ると、マイトが例の細剣を持って待っていた。

この細剣さえなければこんなことにはならなかったのに…と少しばかり恨めしげな目で剣を睨みつけてしまう。

この剣をこの一座に置いて行ったカシーナさんとやらにも恨みが向いてしまいそうだ。


「よぉ、災難だったな」


マイトが宥めるように私の肩をポンポンと叩く。

その言葉に、私は口を尖らせると不満を吐き出した。


「本当、災難以外の何物でもないですね」

「はは。座長も芸のこととなるとすげぇからな。でも、俺もお前の剣舞ならイケると思うぜ!その衣装も似合ってるしさ。どこぞの貴族様みたいだぜ」


そう言って爽やかに笑ったマイトは、いかにも軽業師らしい布地の少ない舞台衣装に身を包んでいた。

割れた腹筋を見せつけるようなデザインに「これだから細マッチョ男は」などと半ば八つ当たり気味に思いながらも、自分も性転換魔法で細マッチョ男になっているのだと思い出して、少しばかり溜飲を下げた。


「……私は結構不本意なんですけどね。宴会芸で前座しろって新手の苛めだったりしないですか?」

「んなことねぇって。ま、もし盛り上がらなくても気にするなよ。2番手の俺の引き立て役になってくれればそれはそれで問題なし」

「いっそ、その剣で刺して差し上げましょうか?」


私はニッコリとわざとらしい笑顔で笑いかけながら、毒舌を吐く。

その笑顔を見て、マイトは顔をひくつかせた。


「おまっ、怖ぇって!」

「って逃げること無いじゃないですか」


ズザザザザッと後ずさっていくマイトを見て、そういえば最近どこかでこんな光景を見たなぁと記憶から引っ張り出して、すぐに思い当った。


(あ。ノインさんから逃げる騎士団員さんたちだ)


普段はキリッと誇り高く立つ彼らの、あの真っ青になった顔は早々忘れられるものじゃない。

それに酷似したマイトの行動に、私は何となくムカッとした。


(そんなに怖いか!)


私はムカムカとモヤモヤが一緒になったような気持ちを胸の奥に押し込めるように「ふぅ」と一つため息をつくと、軽く首を振った。

ヒュリアがしきりに舞台を気にしている。そろそろ時間切れだ。


「まぁいいです。剣ください」


手をサッと出した私に、マイトは物陰からそっと顔を出す。


「………刺したりしないか?」


(おまえは小動物か!)


思わず突っ込みたくなったが、どうやら本気で心配しているらしい彼に「刺しませんよ」と私は大人の対応をすると差し出された剣をしっかりと握り込んだ。





幕裏に着くと、司会席で口上を述べているペティエールと目を合わせた。

私は剣を胸の前に掲げ、声は出さないままに「やります」と口の動きだけで伝える。

きちんと前座を務めるつもりでやってきた私にペティエールは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔になってお客さんのほうへ向きなおった。


(来ないとでも思ったのかしら)


根が勤勉かつ真面目な日本人としては、こんな状況を作られてしまってはそもそも断りにくい。

それに、ヒュリアからの伝聞ではあるが「前座を務めれば追加金をくれる」とペティエールは約束してくれたのだ。

先ほどはペティエールの猛攻に嫌気が差したのもあり「絶対舞台には立たない!」と決意を固めていた私だったが、少し冷静になって考えてみるとこんな有難い申し出はないかもしれない、と考えを改めていた。


ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ恥ずかしいのを我慢して、宴会芸を披露するだけでいいのだ。

私は元々一座の人間ではないのだから、もしも盛り上がらなくても、誰もお金を入れてくれなくてもいいじゃないか。

忘年会で披露したのと同じように、私は自分の思うがままに剣を振るえばいい。

そう思えば、客席の人数を見て緊張に固まった心もだいぶ弛んだ。


それに……、と私は今どこにいるかも知れない友人たちを脳裏に思い浮かべた。


(サヤとミホを探しに行く旅費を稼ぐためでもあるんだもの。私、頑張るよ。お金貯めて、旅に出て。魔物とだって……闘う。それで、絶対二人を見つけるんだから)


そのためにも、私は今から演じるのだ。

ただの宴会芸だったオリジナル振付の一人殺陣を、芸として。剣舞として。


「それではまず初めに美しき剣の舞をお見せいたしましょう!演ずるはカオル、漆黒と純白を身に纏った麗しの剣士!彼の妙なる技を、どうぞ瞬きを忘れてご覧くださいませ!」


ペティエールの言葉に、私は舞台へと足を進めた。

私が舞台へと姿を現すと、この催しを待ちかねていた町民たちの楽しげな歓声が私の身を包む。

思っていたよりも凄い熱気だ。


私は観客たちに重々しく礼をすると、目を閉じて息を整え始めた。

緊張は、だいぶ解れた。

気負いは……かなりあるかもしれないが。

呼吸が整ったのを感じてから、私は朝と同じようにゆっくりと目を開ける。

そして――――静かに動き始めた。



剣が踊る。

刃のきらめきが、大きな光の円を作る。

激しい動きだが息は乱さない。いや、乱さないようにする。

そうして無我夢中で動いているうちに、私は観客の存在を忘れていった。


朝と同じ振付であるにかかわらず、今の私の動きは、どことなく哀しさを孕んだ演技になっていたと思う。

演技の直前に、サヤとミホのことを想っていたせいだろうか。

取り戻せないものを、取り戻そうと闘うように。

己の過ちを悔いて、それを贖罪するように。

そんな私の演技を見て、お客さんたちはどう思っただろうか。演技が終わるころになって……少しだけ、気になった。



最後に剣を一振りして演技終了の礼を取る。

礼をしてから数秒後――――――猛烈な拍手が、私に降り注いだ。

驚いてお客さんたちに目を向けると、みんな私に向かって精一杯の力を込めた拍手を送っている。

その表情はほとんどが笑顔だったが、中には泣きながら手を叩いている人もいた。


「え…」


思いがけないその反応に、私は目を瞠った。

何かを問うようにペティエールに目を向けると、彼は満足そうな顔で頷いていた。

どうやら、私の演技は大成功と言えるものだったようだ。


……私のあんな演技でも、こんなにも大きな拍手をもらえた。

お客さんたちに拍手を通じて「がんばれ」と言われたような気がして、私はもう一度お客さんたちへと深々と頭を下げてから身を起こすと、目の端に少しだけ涙を浮かべて小さく微笑んだ。


(ありがとう……)


彼らにとっては、演技に対する単純な賞賛の拍手だったのかもしれない。

それでも今の私にとって彼らの拍手は、異世界からきた私への大きなエールに感じられたのだ。

サヤとミホを救い出すために闘う覚悟を決めた私への、大きなエールに。


今日は哀しみを孕んだ演技を見せてしまったけれど。

次に彼らに見せる機会があったなら、もっと堂々とした頼もしい演技を見てもらいたい。

そう、思った。


名前の呼び方間違いを1箇所修正しました(9月12日)

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