絶対評価の世界で殺人犯に恋をする
絶対評価でこの世界は成り立っている。世界の秩序を保つために導入された『人間評価カード』。これは、いかに人々の役に立てるかどうか。つまりは、世界に平和をもたらすことができるかを証明するカードだ。
点数は換金できる。つまり、貢献する者や事業を成し遂げた者は大金持ちになれるチャンスも与えるが、働かない者には点数を与えず、犯罪者からは点数を引くというやり方だ。
全員が一律に同じ点数が振り込まれる。それをうまく使い、節約しながら生活することも可能だ。
基本的に悪いことをしなければ、点数を引かれることはないけれど、大幅にプラスの点数になる者は少ない。学校の成績、ボランティア活動や芸術活動、スポーツ活動で功績を残したものにはかなりの金額になる点数が入っていた。
未成年の学生の場合は、親の人間評価が大きく人生を左右していた。
これは格差社会を積極的に作ることにより、切磋琢磨しながら優良な人間を残そうとする国の策略だ。
ため息が出るほど重い漆黒のもやに包まれた人間が存在する。
私にだけ見える力――。漆黒の人間――。彼らは殺人者、または殺人者になるであろう人間だ。
私には殺人に特化した未来予知能力がある。殺人を犯した過去がある人と殺人を犯すであろう人のオーラが見える。既に殺したことがある人は、漆黒のオーラが体中にまとわりつく。これからするであろう人の殺気は薄い黒色が体中に纏わりついている。
私の同級生に漆黒を纏った男子がいる。しかも薄黒い色味も帯びている。つまり、既に彼は人殺しであり、これから殺人を更に犯すつもりなのだろう。
漆黒の男の名は荒井狂。鋭い目つきにいつも傷やあざだらけ。
しかし、ある日事態は急変する。
「友達になってほしい」
漆黒の男がまさか私に頼みごとをしてくるなんて――。丁寧に手書きした手紙を持っている。
「これは……?」
「文字を通して愛情っていうのを知りたいんだ」
こんな怖そうな人の頼みを断ることなんて無理だ。
「よろしくな」
少しばかり笑みが見えた。
今時手紙は引くだろうと思うけれど、荒井狂の感覚が少しばかりズレているのかもしれない。恋愛には疎そうだ。
放課後、中学の帰り道の公園に荒井狂がいる。
ベンチに座っている荒井狂はそんなに怖い人には思えなかった。ごく普通の男子中学生だ。とても人を殺している人間とは思えない。公園で遊ぶ子供を見ながら微笑んでいる。
幼稚園くらいの子供から小学生まで5人の子供たちが公園で遊んでいる。
「何をしているの?」
子供たちを見つめながら荒井狂は話を始めた。
「あの子たちは俺の兄弟なんだ」
「今時6人兄弟って珍しいね」
「貧乏なのに、子だくさんでさ。親代わりしてるんだ」
ケンカばっかりの荒井狂がなんで子守りをしているのかも謎だ。でも、今まで実際ケンカをしている場面を見たことはない。ただの噂なのだろうか。ケガやあざが多いから、そんな噂が立つ。
「俺、中学卒業したら、就職だな。金ないし、本当の父親は死んだ。母親は働かないし。残り少ない学生生活に少しばかり青春っていうものをしてみたいなって」
なぜだろう。既に殺人を犯しているにもかかわらず、更に殺気に満ちた漆黒の上に灰色を纏った男に同情してしまった。
今の時代に交換手紙なんて、ましてや殺人犯が書いた手紙を読む機会なんて滅多にない。汚い字で書きなぐっているが、本人としては丁寧に書いたらしい。
『これから、よろしくな。ⅡV 14106』
何だろう? 変な記号が書いてある。二を縦にした記号と英語のV? そして、5桁の数字。意味不明だ。片隅にパセリの絵が描いてある。
何これ。もう少し、長い甘い文章なのかと思ったのだが、思いのほか短い。記号が書いてある変な手紙だ。メモ用紙にただ書いただけの手紙だった。ただの茶封筒。
仕方がない。短文でも何かしら返さないと。
『狂という名前は珍しいですね。これからもよろしくおねがいします。暗号はどういう意味ですか?』
返信の内容は――
『狂という名前は推奨されていないけれど、一応名前としては使える漢字らしい。親の愛情を感じない名前だろう? 暗号の意味はⅡにVは地図記号で田と畑。つまりお前の名字だ。「1」は英語の「i」つまり「あい」として読むことができ、「4」はひらがなの「し」、「10」は英語の「ten」から「て」、「6」は英語表記のrokuの最初と最後の一文字を取って「る」。これをつなげると「愛してる」』
頬が染まる。ストレートな愛情だ。私は今、とても辛い。正直に書く。
『辛いから、消えたい』
手紙のやりとりは毎日続く。
『消えたいってどういうこと? それが田畑の本当の気持ちなのか?』
白い花が描かれている。案外上手だ。
『親は会社をリストラされて、絶対評価の家族点数が激減したの。だから、うちも貧乏。私がいてもいなくても変わらない世界。むしろいないほうがいいのかもしれない。』
心の中の想いを文字にする。
『田畑が本当に望むならば、俺が支える。333224*888』
相変わらず文章以外の不思議な何かが手紙に書いてある。私には全然わからないけれど。紫の花の絵がかわいい。
「よう」
「今日も子守り?」
放課後帰宅途中に荒井狂は公園でたいてい兄弟の面倒を見ていた。
ブランコに座って会話する。
「受験、どうするの?」
「親っていうのは自分じゃ選べねーからな。絶対評価のせいで、実際損な人生を送っていると思う。でも、俺が働かねーとこの先、生きていけねーのは見えてるからな。進学予定はない」
荒井狂は遠くを見つめながら、ため息をつきながら話し始めた。
「親っていうのは絶対的な権限がある。事件が起きないと警察は手を出せないんだ。そして、グレーゾーンは児童相談所も手を出せねー。絶対評価の低い人間だと介入すらしようともしないんだ」
かわいそうな人なんだ。
荒井狂はとても危険で狂暴な人間なはずなのに、ちゃんと自立しようとしている。
荒井狂の瞳はまっすぐで一点の曇りもなかった。手紙に返事を書く。
『ケガはケンカっていうのは嘘? もしかして、虐待? この前の暗号わからなかったよ』
手紙の返信は――
『333224*888数字の通りにかな入力を打ち込むと「好きだよ」という言葉。生活態度も学校の成績も絶対評価の点数が全てだ。この世に生きるためには、逆転しないとな。128√e980。今でも、田畑は本当に消えたいの?』
毎日の手紙のやりとりは、相変わらずシンプルで、スマホでのやりとりみたいだった。でも、数学みたいな記号がまた入っている。そして、睡蓮の花の絵。
『……死んでもいいな。荒井狂君とならば――。私も、親と成績の低下で評価底辺人間だし。やっぱり私には暗号解読は難しいよ』
『128√e980の上半分を隠すとアイラブユー。睡蓮の花は信頼を意味するんだ。今夜7時にここへ来て。今までやりとりした手紙を全部持参で』
書いてあるのは音符のような形の上の部分がギザギザしている記号だ。
この記号は最近社会の教科書で見た電波塔。
胸を高鳴らせてこの町にひとつだけある薄暗い電波塔のもとへ行く。
「一緒に消えようか」
私は告白されるとばかり思っていたが、そのままうなずいた。彼とならば――。
「これは、祝杯ドリンク。飲んで」
ワイン色の飲み物はほんのり甘い。そして、強い睡魔――気が遠くなる。
荒井狂が国の職員とスマホで話し始めた。
「任務完了」
「荒井狂。今までの手紙のやりとりの証拠と彼女の殺害で絶対評価点数が大幅にアップすることが決定となった。消えたい人間を消すことは大幅に得点が加算される。しかも、点数評価の低い人間を同意の上で消すことは1000万点、つまり1000万円があなたのカードに入金される。現金として利用可能だ。以前あなたが殺した父親の分も含めると、ざっと2000万点だ」
荒井狂は私に向かって絵の説明をする。その瞳は鋭く険しい。
「花言葉でパセリは死の前兆。白い花はスノードロップ。花言葉はあなたの死を望む。紫の花のシオン。花言葉は君を忘れない。睡蓮の花言葉は滅亡。未成年が虐待する親を正当防衛で殺した場合、絶対評価が上がる。俺は父親を殺している。そして、双方の合意のもとに低評価の人間を消すことも絶対評価が上がるんだ。死んでもいいという合意の証明が必要だったんだ。この手紙は大事な証拠品。俺は当分生活できそうだよ」
優しく囁く荒井狂。まどろみの中で、気づく。次に殺されるのは私だったのだと。彼を覆うオーラはさらに漆黒に変化した。




