記憶の病から彼女を救うために
彼女である美波は記憶が失くなる原因不明の病気にかかっている。この病は消したい記憶がある者がかかる割合が多いらしい。
彼氏である俺は、美波の失われた記憶の意味を探るべく動き出すことになった。美波の記憶が少しずつ失われ始めたのは小学6年生の時だったらしい。それから少しずつ病は進行している。現在中学2年生。2年もの歳月が経っている。この病を治すためには原因を突き止め、本人に認識させることしかない。このまま放置すると最期は死が待っているということだった。美波を助けたい。
俺は最近美波と付き合うことになったが、交際の事実を秘密にしている。
美波との交際のきっかけは、記憶が失くなる病にかかっているということを打ち明けられ、助けてほしいと相談されたことだった。そして、誰にも交際の事実は伝えないでほしいということも美波からの交際条件だった。
「6年生の時に小学校の校庭に埋めたタイムカプセルを掘り起こせば何か手掛かりがあるかもしれない」
美波が提案する。
「でも、あれは20歳の成人式の時に掘り起こそうっていう約束だったよな」
でも、これは何か手掛かりがつかめるチャンスだ。
「大丈夫だって。美波の手紙だけ拝借しよう。たしか、埋めた場所は遊園地だったよな。でも、あの遊園地、廃業になったらしいな」
当時、遊園地に埋めたのは、同級生の親が経営していたといういきさつだったような気がする。タイムカプセルを埋めた場所は20歳になるまでにそのままにしておいてほしいと約束した。たしか、メリーゴーランドの近くに埋めた。あの時、美波は何を思っていたのだろう。手掛かりがつかめるかもしれない。
人がいない家は傷むのが早いと聞いたことがあるが、まさにそれだ。古びたメリーゴーランドに錆びたコーヒーカップ。色あせた建物にはヒビと蜘蛛の巣がいっぱいだ。不気味と表現したほうがいいかもしれない。騒音はなく今は静か。かつては光を浴びていたはずの場所は影となっていた。廃墟マニアにはウケがいいらしいけれど、原則立ち入り禁止だ。不思議な錯覚に陥る場所だ。まだ昼間だから怖くはないが、メリーゴーランドの馬の目が不気味にすら感じる。欠けた遊具、色。この世界は全てがどこかしら欠けている。
少しばかり大きなスコップを持って掘り起こす。6年2組の想い出が詰まった箱が出てくる。35人の想いが詰まった箱が出てくる。
美波の手紙を開封する。
『この小学校に引っ越して来る前に私のお母さんが再婚して、新しい家族ができました。楽しい家族になれたらいいな。ここでも新しい友達ができるといいな。未来の私は家族とずっと愛し合えていますか?』
「美波って再婚して転校してきたんだっけ。旧姓のことも家庭の事情も知らなかったな」
俺は初めて彼女の家庭の複雑な家庭の事情を知る。彼女はうなずく。
「もしかして、再婚が心の傷になってるのかもな。新しいお父さんって小学6年生にはきついよな。たしか、美波には兄弟がいたよな?」
「義理のおにいちゃんはいるよ。6年生の時に母親が再婚した時に兄弟になったの」
美波の表情が陰る。
「このメリーゴーランド、よく乗っていたなぁ。年間パスポートを買ってね、家族みんなでよく来ていたの。お兄ちゃんなんて高校生なのに、家族で休日もよくいっしょに遊びに行っていたなぁ」
錆びたメリ―ゴーランドに手をかける。
すると、廃遊園地だったはずなのに――急に光が灯る。まるで、2年前の賑わいの時同様の明るい音楽と共にメリーゴーランドが動き出した。先程まで、錆びて怖く思えた馬はきらきら輝き、新品同様だ。
「ようこそ、記憶の扉へ」
知らない少年がメリーゴーランドの前に立っていた。
「君は誰だ?」
「俺は、記憶の番人」
10代くらいの同世代のような少年がにこやかにほほ笑む。
「美波ちゃんは、2年前に記憶の扉を叩いてしまった。そう、この遊園地が賑わっていた頃だったな。場所はちょうどここ。メリードーランド前」
美波に向かって少年は話しかける。
「覚えていない」
美波は全く身に覚えはなさそうだ。
「それはそうだろう。俺は、君と記憶の取り引きをしたのだから」
「そうなのか?」
俺は、その事実に驚きを隠せなかった。
「なぜ、君が記憶の取り引きをしたのかを覚えているかい?」
「覚えていない」
「美波ちゃんは、忘れてしまいたいことがあったんだ。そして、ある人を記憶の病から救いたかった」
美波は全く覚えていないようだった。
「そこにいる少年は、美波ちゃんを助けたいのかな?」
俺に向かって美しい顔が問いかける。
「そうだ。俺たちは付き合っているんだからな」
「付き合っていることは秘密っていったでしょ」
「別に知られてもいいじゃないか。なんで、そこまで隠そうとするんだ?」
「……わからない」
美波は黙ってしまう。困った顔をしていた。
謎の少年は電球が灯るメリーゴーランドに乗りながら、語り掛けてくる。
「記憶の病から、彼女を救いたいんだろ? ひとつだけ手がある」
「助けたい!! 何でもします!!」
「じゃあ、君の大切な記憶をひとつだけちょうだい」
「忘れたい記憶を記憶の番人にあげたら、美波の病は完治するのか?」
「完治はするけれど、番人に預けた記憶は美波ちゃんに返すことになっちゃうんだ。それでもいい?」
「美波、俺は記憶の一部をあげてもかまわない。君は忘れたい記憶を思い出してしまうかもしれない。それでもいい?」
美波はこくりとうなずく。
「素敵な記憶玉をありがとう。これは、色で言うと、黒とピンクを混ぜた色あいだね。実にいい」
「美波ちゃんの記憶玉を戻してあげたよ」
「原因不明の記憶の病って言うのは記憶の番人、おまえのせいだったのか?」
それに反論する記憶の番人。
「俺は、正攻法で取引をしている。本人が了承した上での取引だ。この病は記憶がいらない者がそのまま放置した結果、死んでしまったとか、代わってくれる人間が見つからない場合、死んでしまったという例は割とある」
「美波ちゃんのお兄ちゃんは2年前、記憶の病にかかっていたんだ。それを心配した美波ちゃんは記憶の扉を開いてしまった。記憶の扉というのは、どこにでも発生するんだ。美波ちゃんのお兄ちゃんと美波ちゃんがやってきて、取引したのはこのメリーゴーランドの前だったね。お兄ちゃんの記憶の病を完治させるために、美波ちゃんはある記憶を消したんだ」
記憶の番人が話をしているのを遮るように、美波は頬を赤らめ「言わないで」と言った。
「美波ちゃんは記憶の病が完治した。君が記憶の病を継承して病に侵されることになってしまったね」
「どういうことだよ? 俺は、記憶の一部しか渡していないだろ」
驚きと怒りで声が大きくなる。
「たしかに、記憶の一部しか取引はしていないけれど、人は無意識に忘れている記憶も体で覚えていたりする。つまり、記憶はつながっているんだ。だから、一部でも記憶が無くなってしまうと、記憶の病にかかってしまい、少しずつ少しずつ記憶がなくなってしまうんだ」
「じゃあ、美波は義理のお兄ちゃんの代わりに記憶の病にかかってしまったということか」
「そうなるね。一応本人の了承を得た上での取引をしている。でも、正直に話せば、記憶玉が集まらないじゃないか。ちゃんと事後に完治の説明はしているよ。完治をするには、自分のために記憶をなくしてもいいと言ってくれる人を探して記憶の扉を探すようにとね」
「それをわかっていて、美波は俺を連れてきたのか?」
「そうだと思うよ。だから、他の誰にも交際していることは秘密にしてほしいと言ったのかもしれない。そして、交際の事実を一番知られたくない人が美波ちゃんにはいるよね」
困った顔、顔が真っ赤な美波。こんなに情熱的な美波は初めてだ。
「どうぞ、お兄ちゃんとお幸せに」
微笑みながら、謎めいた記憶の番人は姿を消した。あんなに明るかった証明は一瞬にして消え、朗らかなBGMも消えた。
「もしかして、美波が消したかった記憶ってお兄ちゃんを好きだということだったりして……。交際を知られたくないのもお兄ちゃんだったりして?」
冗談半分本気半分で美波の反応を見る。
「記憶の病が進行するお兄ちゃんを見ていて、心が痛んだから、何かしてあげたかったの」
「俺が記憶の病にかかってもいいのかよ」
「今後、誰かがあなたを心配して記憶の扉に立って継承くれるはずよ。交際は公にしないことも需要。あまりに進行してしまうと、自身の病の完治の方法すらも忘れてしまうから、気をつけてね」




