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「――さて、ノートのおかげでしばらくは安心できることだし、そろそろ食事にしようか」
ノートとメマの魔法授業に一区切りがついたのを察した勇者が声を上げると、皆口々に「お腹空いた〜」「肉にしようぜ」などと気を緩める。ゾロゾロとジャックの家を出る人間たちを、メマは追うべきか迷った。
「ほら、メマも行こう」
振り向いた勇者が手を差し出すと、メマは攫われたと自覚しながらも、なぜか悪人に見えない彼の手を躊躇なく握る。子供の脚に歩幅を合わせる勇者の隣を、メマは顔を窺いながら歩いた。
日が暮れた王都を歩くメマは、ダークネスと同じ暗さの中に灯る色とりどりの明かりを不思議そうに見るうちに、一つの建物に辿り着いた。中へ入ると、活気のある人々の声と狭苦しくも良い香りの漂う空間が広がっていた。世間知らずなメマは、その独特な雰囲気に不思議な気持ちを抱く。
(変な匂い……でもみんな笑ってる……)
なぜかぐうと腹から音が鳴る。初めてのことに、メマは目を丸くした。
勇者と共に中央の席に着いたメマがキョロキョロと周囲を見回していると、ひとりの店員が駆け寄りメニュー表を差し出した。
「この後、メマのことや魔王討伐について会議をしよう」
「それならサクッと食べられるものがいいね」
勇者とノートの会話から、そばに居た店員がメニュー表に並ぶたくさんの文字の中から「すぐにご用意が出来るものとなると、贅沢ミートサンドでしょうか」と提案し、その文字の部分を指差す。勇者は即決で人数分のミートサンドを頼むと、メニュー表を返却した。
「あ、おい。俺は関係ねーし別の頼ませろよ」
注文を受け去っていく店員を引き止めようとするジャックに、「てかさぁ」とジト目のアリサが口を開いた。
「そもそもなんでジャックだけなのよ。ヌラはどうしたの」
「実家に帰ってるんです~」
「あらあら、また喧嘩したのですね」
「ちげーよ。ちょっと報告行ってんの」
「なんの報告……まさか離縁のか……?」
「ちげーつってんだろ」
ガヤガヤとした空間に混ざり会話を楽しむ勇者一行を、メマが静かに見つめていると、隣に座るマリアが「メマさん」と呼びかける。
「?」
「恐れなくても大丈夫ですよ。神はいつだって我々の味方ですから」
「???」
見たことのない空間が物珍しいだけのメマに、何を勘違いしたか同情的な言葉をかけてくるマリア。メマは意味の分からない言葉にさらに頭を混乱させるが、同時に彼女の言動に既視感を覚える。
メマがマリアを見つめ誰かを思い出していると、先ほどの店員が食事を持って戻ってきた。メマの興味は、目の前に出された食事へと瞬時に移り変わる。
「……これなぁに?」
「メマ、サンドイッチを知らないのかい?」
勇者の問いかけにコクリと頷く。パンの間に草と分厚い肉が三枚も挟まれた、その名の通り贅沢なサンドと、セットで運ばれてきた茶色の物体に興味津々のメマの質問を、勇者は不思議に思った。人間の国では結構メジャーな食べ物だからだ。
だが、メマは瘴気の漂うダークネスに長く住まう者だ。人間の国のように健康的な野菜や家畜が育つ環境ではないため、彩りどころか美味な食事自体が少ないのである。
そんなメマの御国事情など知る由もない勇者一行は、メマのキラキラと輝く瞳から、やはり勝手な想像をするのだった。
「そっか……メマちゃんは孤児だから、サンドイッチを知らないのね……」
「サンドイッチは比較的安価な食べ物ですが、貧民街に住む者にとっては高価なものです。知らないのも無理はありませんわ……」
「一体、メマとメマのお兄さんは今までどんなものを食べてたんだろう……」
味は微妙だが肉も魚も食べたことのあるメマだったが、その無知さからもはや孤児と決めつけられてしまった。けれど勇者たちのそんな話には耳も貸さず、メマは自身の顔ほどのサンドイッチを一生懸命に両手で握り、一口食べるとその美味さに感動していた。
溢れ出る肉汁とシャキシャキの野菜、少し焼き目のついた柔らかくもしっかりとした食感のパンの美味さは、食事に特段楽しみなどなかったメマの価値観を密かに変えたのだった。
*
食事を終えてジャックの家に戻ると、勇者は満腹感でウトウトするメマを二階の寝室へと連れて行った。女子専用部屋の奥の寝台にメマを寝かせると、その額を優しく撫でる。
「いろいろあって疲れただろう? 眠るまでそばにいるから、今日はもう休もう」
額から感じる勇者の温かい体温に兄を思い浮かべたメマは、緩やかに落ちてくる瞼に抗いながら考える。
(……きっと、すぐにお兄ちゃんがお迎えにくる……。だから、それまで人間の世界で遊んでても……いっか……)
自身を攫った勇者も何だか妙に憎めないし、その仲間たちもよく分からないけど優しいし、ご飯は美味しいし……。ぼんやりとした頭で今を楽しむことを決めたメマは、この日のサンドイッチを兄と共に頬張る想像をしながら、穏やかに眠りについた。
夢の中では、優しい兄が『美味しいな、メマ』と優しく微笑んでいた。




