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ひとり背筋を伸ばし鼻を高くするノートに、皆が視線を集中させる。
「さっき魔王と対面したときは体が震えて何も出来なかったけど、仮にも僕は天才と言われてるんだ。その程度のこと、メマが空間移動装置でこの地に降り立ったときには対策していたよ」
「えぇ? そのときは木にぶら下がってたじゃない」
「あのねぇ、アリサ……ぶらさがってても魔法は使えるの!」
魔王との戦いで魔法の才能が活かせなかったり、アリサと幼稚な言い合いをしたり、ジャックに揶揄われたりと今のところいい所無しなノートは、皆に分かるよう説明する。
「魔王のメマに対する執着が不自然だということは僕も疑問に思ってたんだ。だから魔王が追跡してくる可能性も踏まえて、メマに追跡遮断魔法を付与した」
「追跡遮断魔法って……かなりの高等魔法じゃないか」
さらりと告げられた言葉に目を丸くする勇者。それに続くように、マリアもうろ覚えの知識を口にする。
「昔は使われていたらしいですが、不明点も多く今はもう使える人間が限られていると聞いたことがありますわ」
「そんな魔法が使えるのか。さすが天才なだけあるな……」
「ふふん」
追跡遮断魔法とは、その名の通り対象の物質の追跡を遮断する魔法だ。対象が生き物ならばその魂の移動の痕跡を消し、気配は最小限に抑え、特に遠方からではその存在を探ることが困難になる。足跡や自然と抜け落ちた髪の一本も抹消していくため、昔は犯罪や脱獄の際によく使われていた古代魔法である。
軽い歴史と共に意気揚々と説明するノートは、ボケッと目を点にしているアリサを見て笑みを浮かべる。そんなノートに眉をひくつかせるアリサは、苦し紛れの嫌味を吐いた。
「ノートったら、そんな犯罪紛いの魔法にも手を出してたのね」
当然、先駆者の作り上げた魔法を尊敬するノートは怒りの声を上げた。
「はぁ!? この魔法は大昔の歴史的魔法使いが生み出した素晴らしい魔法なんだけど!?」
「あたしそんなの知らなーい」
「なっ……常識でしょ、このバカ女!!」
「バカぁ!? 人にバカって言う方がバカなんですけど〜!!」
「そういうところがもうバカ!! ほんっっっとバカ!!」
ノートとアリサの何ともくだらない喧嘩が再開されると、他の三人は呆れながらもいつもの光景に微笑みを浮かべた。
「つまり、魔王が嬢ちゃんを追ってきても、ここには来ないってことだよな?」
「……どうだろう。ノートのおかげでメマが魔王に見つかる可能性は少し下がったが、あの異次元的な力を持つ魔王のことだ。いつ何があってもおかしくない」
「そうですわね。追跡遮断魔法の解除方法も心得ているかもしれません」
「おいおい……この家に嬢ちゃんが隠れられるスペースはねーぞ。ましてや魔王なんて、家自体が吹っ飛ばされるんじゃねーか」
「そうならないよう、僕らも気を引き締めないといけないな……」
背後で取っ組み合いの喧嘩をする二名を放置して、大人三人は真面目な話を進める。すると、喧嘩を中断したノートがまたも横入りする。
「あ、それに関しても安心して。僕以外に魔法の解除が出来ないようにしておいたから」
アリサの髪を引っ張る手を離したノートは、ボサボサになった頭を整えながら告げた。真面目な顔をしていた大人たちは、再び顔を強張らせる。
「『しておいた』って……まさか、魔法式を自分流に組み替えたのか……?」
「そのまさかだよ。伊達に天才の名をほしいままにしてないからね」
アリサと接するときの子供らしさを、ゴホンッと咳払いで封印したノートは、冷静な態度で自身の類まれなる魔法技術を説明した。
魔法とは、予め決められた魔法式を頭の中でイメージすることによって発動することが出来るもの。魔力を持ち魔法使いを目指す者は、まずその魔法式の暗記から始める。
魔法一つ一つに魔法式は存在し、それらを全て暗記することは至難の業と言える。更には魔法式の複雑な記号全てに意味があるため、誤って覚えると全く別の魔法が発動してしまうのだ。運良く魔力を持って生まれても、それらを苦痛に感じ、魔法使いを諦める者も後を絶たない。
そんな中、ノートは僅か十歳という若さで基本魔法全ての魔法式を暗記した。そして十一歳になる頃には、更に複雑難解な古代魔法の魔法式まで頭に入れてしまった。
その偉業を成すだけでも天才と謳われるに相応しいが、ノートは追跡遮断魔法の魔法式に自身が考えた別の魔法式を組み込むことで、追跡遮断魔法の強化に成功したのだ。
これは、ノートをただの『天才』という肩書きで呼ぶにはあまりに偉業すぎる発明である。
「既に完成された魔法式を組み替えるなんて聞いたことがない……。特許を申請すれば承認されるんじゃないか……?」
「やべーガキだな……」
「ガキって言うな、おっさん」
ノートの天才ぶりに若干引き気味の勇者一行とジャックだったが、皆ようやく肩の力を抜いた。強化された追跡遮断魔法を付与されたメマは例え魔王でも簡単には見つけられまい、と安堵したのだ。
――そして、ノートのこの行動はルシファーを絶望の淵に立たせるほど悩ませることとなる。
一方、肝心のメマはというと、ノートが説明した魔法の仕組みに関して、ある疑問を抱いていた。
「ノート」
「ん? どうしたの、メマ?」
名を呼んだメマがローブの端を小さく引っ張ると、ノートは驚きながらも嬉しそうに応対した。小さなメマの目線に合わせ、半ズボンから覗く膝を少し曲げる。
「まほうしきってなに?」
「あぁ、メマには難しかったね」
メマの純粋な質問に、二つ歳が違うだけのノートは、まるで幼い子供に教えるようにやわらかい声で説明する。
「魔法式っていうのは、魔法を使うために必要な陣のようなものだよ。昔は人間の魔力が弱かったから、使いたい場所に直接式を書いて魔法を発動させていたんだ。今は強い魔力を持った人間が多く生まれた影響で、頭の中で魔法式を想像するだけで魔法が発動できるようになったんだよ」
否、天才魔法使いノートのする説明というのは子供には伝わりづらい。説明を聞いたメマの頭の上には、疑問符が飛び交っている。
「つまり、魔法式がないと魔法は使えないってこと」
再度、メマの様子に微笑みながら端的に説明したノートに、メマは大きな瞳をまっすぐ向けてもう一つ質問する。
「じゃあ、イメージだけでまほうを使うのってすごいの?」
「え? どういうこと?」
質問の意味が理解できないノートを見つめ、メマは以前兄と交わした会話を思い出していた。
メマが知性のない魔鳥に襲われたとき、助けにきたルシファーが凄まじい勢いで魔法を放ったのを見て、メマは兄に聞いたのだ。
「おにーちゃんのまほうはどうやってでてるの?」
すると、魔族になってから才能を開花させたルシファーは、なんでもない顔でメマの疑問に答えた。
「なんかテキトーにそれっぽいのをイメージしたら出るぞ」
「それっぽい?」
「火炎魔法なら物が燃えるところを、氷結魔法なら物を凍らせるところを、風魔法なら風の吹くところをイメージするだけだ」
あまりに抽象的な説明だったので、メマは首を傾げた。生憎メマには魔力が目覚めなかったため、どれだけイメージしても兄のように魔法を放つことは出来なかったが、以降メマの中で魔法の認識は、『なんかテキトーにそれっぽいイメージをしたら出せるもの』というものになっていたのだ。
だからこそ、ノートの魔法式に関する説明にメマは疑問を持った。お兄ちゃんが言ってたことと違うじゃないか、と。
「まほうを使うイメージをしたら、まほうが出るってきいた」
「どうやら変なデタラメを誰かに教わったようだけど、もしメマが言ってるのが『魔法式無しで魔法を発動する』ってことなら、それは不可能だよ」
「?」
やはり理解が及ばないメマは、さらに疑問符を浮かべる。無知な子供への説明に「うーん……」と頭を悩ませるノートは、疑問を抱く少女へそもそもの魔法の原理について話しはじめる。
「あのね、魔法っていうのは非科学的に感じるかもしれないけど、全てに原理があって存在するんだ。水魔法なら水の原理、風魔法なら風の原理とかね」
魔法でいう原理とは、その魔法を形作る仕組みや素となるものを指す。全ての現象に存在する科学的な原理を魔法という非科学的な枠にはめ、攻撃や防御として繰り出すことはこの世の神秘とも言える。しかし実際は、魔法にも魔素や魔力というエネルギーが関係してくるため、これも科学に基づいた現象なのだ。
「確かに、そういう原理を余すことなく理解していれば、魔法式なしでの魔法の発動も決して不可能じゃない。原理からイメージした魔法は魔法式で管理された魔法よりも、更に強く発動できるだろうと僕も考えたことがあるよ。けど、僕ら人間には体の中に溜めておける魔力量が限られてる。その限られた魔力量では、原理からイメージした濃度の高い魔法を放つことは実質不可能なんだ」
ノートの長くて小難しい話に「ふーん……?」と微妙な相槌をうつメマは、『不可能』の部分だけ理解した。
では兄はなぜテキトーな想像で魔法が使えるのだろうか。幼いメマに新たな疑問が浮かんだところで、天才魔法使いは「まぁ……」と付け足す。
「未知の魔力量を持つ魔王なら出来るのかもしれないけど……。実際、魔法を放つ速度も威力も凄かったし」
「!!」
兄を褒められたと感じたメマは、一気に瞳を輝かせる。『お兄ちゃんはやっぱりすごいんだ!!』という気持ちを笑みは浮かべず表情いっぱいに表現した。しかしノートはそんなメマを見て、「メマは魔法に興味があるんだね」と微笑ましく言うだけだった。




