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メマを抱き王都ソロモンへやってきた勇者一行は、着いて早々知り合いの家を訪ねた。
「おっ? 久しぶりだなぁ、勇者殿」
「『勇者殿』はやめてくれ、ジャック」
扉を開けて勇者たちを出迎えた髭の生えた男は、ジャックというらしい。彼は勇者の抱いた少女を見ると、ヘラリと笑い「いつの間にガキなんてこさえたんだ?」と冗談めかしく問いかける。
「馬鹿言ってないで早く入れてくれ。この子を休ませたいんだ」
「へーへー……」
つまらなそうに家の中へ招き入れたジャックは、勇者がそっと地面に降ろしたメマをジロジロと見ている。
「メマ、この男はジャック。老けて見えるけど僕の友人だよ」
「おい、誰が老けて見えるって?」
「王都に来たらいつもジャックの家に泊めさせてもらってるんだ。宿を取ると高くつくからね」
「聞けよ」
友人の声を無視する勇者の説明に、メマは「ふーん……」と呟いて、大きな瞳で髭面を見つめる。彼のやる気のない垂れた目元は、メマにどこかの誰かを思わせる。
「そんで、このガキは何なんだよ?」
「あぁ、それが……」
改めてジャックが問いかけると、勇者は事細かに事情を説明する。メマが魔王に囚われていたこと、孤児の可能性が高いこと、兄が存在すること。それらを聞いたジャックは「なるほどな」と現在の状況に納得した後、メマに向かって歯を見せて笑いかけた。
「そういうことなら、暫くここにいるといい。大して広くもねぇ家だが、大人三人とガキ二人くらいなんとかなるさ。何より、俺の奥さんは子供好きだからな。仲良くしてくれると俺も嬉しい」
ニッと笑う髭面に、メマはなんとなくコクリと頷く。すると、話を聞いていたノートが眉をひくつかせながら横入りする。
「その『ガキ二人』って、まさか僕も入ってるんじゃないよね?」
「嬢ちゃんの部屋は二階でいいか。女三人で仲良く寝ろよ」
「おいオッサン!! わざとらしく無視するな!!」
「ププッ……そんなことで怒るなんて、天才少年もそこら辺のガキと同じってことよ」
「何だって!? 十七にもなってまだ脳みそがガキなアリサには言われたくないよ!!」
「はぁ!? 前から思ってたけど、アンタって年上を敬うってことを知らないわね!! もっと敬意を持ちなさいよ!!」
「僕が敬いたくなるほどの人間性を持ち合わせてない君が悪いんだ!!」
「なんですってこのクソガキ!!」
「あぁもう……また始まった……」
子供同士の言い争いやそれを見て笑う元凶の髭面、そして項垂れる勇者の声が賑やかに響く中、ひとり神妙な面持ちでメマを見つめる女がいた。そんな仲間の様子に素早く気が付いた勇者は、騒がしい声を遮るように彼女へ問いかける。
「マリア、どうしたんだ?」
「実は……少し気になることがありまして……」
「気になること?」
メマを見ながら不安げな表情で言うマリアに、先ほどまで騒がしかった皆は静まり返る。
「メマさんを魔王城から救いだす直前の魔王の慌てようが、尋常じゃなかったとは思いませんか?」
マリアの言葉に、一同ハッとする。
「それまで余裕だった魔王の態度が、ユリウスさんに抱き上げられたメマさんを目にした途端、豹変しました。攫ってきた子供を奪われたというだけで、あそこまで動揺するでしょうか? 私は、まるでメマさんのことを心の底から大事に思っているような引き留め方だと思いました」
「……あぁ、確かにそうだ」
魔王城でルシファーの声を誰よりも無視していた勇者ユリウスは、一番初めに同意した。
「『その子供の家族は俺だ!』なんて意味不明なことを言っていた。単なる妄想にしては、メマを連れていかれたくないという必死さが滲み出ていたな」
「そうなんです。攫ってきただけの人間の子供をあのような形相で引き留めていたことが、どうしても気にかかって……」
自分が攫われる瞬間、お兄ちゃんはどんな顔をしてたっけ? そんなに変な顔だったかな?
メマは風魔法を発動させてこちらへ手を伸ばしていた兄の顔を思い出す。確かに、なんだかすごく焦っていたような気がする。昔、魔鳥に攫われそうになったときにも見た顔だ。
「ねぇ……もしかして魔王って、すごい幼女趣味なんじゃない……?」
「よ、幼女趣味……!?」
珍しく真面目な顔をしたアリサの発言に、驚く面々は表情をさらに曇らせる。
無駄に信憑性の高そうな条件が揃ってしまったことで、アリサは馬鹿げた妄想を繰り広げ始めた。
「きっと可愛い人間のメマちゃんを気に入って、自分の嫁にしようとしてたのよ!! 子供の頃から自分好みの女に育てて、ゆくゆくは魔族の王妃にしようとしてたんじゃない!? だとしたらあの慌てようも納得がいくわ!!」
「……メマさんは人間でも驚くほどの可愛さですから、その可能性は大いにありますわ」
「家族から引き剥がしただけじゃなく、自分の嫁に……!? き、きもちわるっ……」
「あのままあそこにいたらどうなっていたか……想像するだけでおぞましいな……」
勝手な妄想でルシファーを嫌悪する勇者一行に対し、ただひとり状況が呑み込めず冷静さを保つジャックは、とある可能性を思案する。
「なぁ、もしそのロリコン魔王がそこまで嬢ちゃんに執着してるってんなら、ここまで追ってくるんじゃないか?」
「たたた確かにぃ!!」
一番に慌てふためくアリサは、どうしよう! とリーダーに縋りつく。
「こ、このままだとメマちゃんがまたあの変態魔王に連れ去られるどころか、怒った魔王に王都中をめちゃくちゃにされるかもしれないわ!!」
「あぁ、あの時の魔王の様子は尋常ではなかったし、連れ戻しに来ると考えるのが妥当だな……。そして、僕たちの力では怒りで暴走した魔王を止めることは困難だ……」
「そ、そんなぁ……!!」
リーダーの見解に思わず絶望の声を漏らすアリサは、そのまま地面にへたり込む。
だが、ルシファーからしてみれば、メマを攫ったのは勇者側である。妹を攫われた兄が連れ戻しにくるのは当然で、メマもまたそうなるだろうと確信している。
恐れる様子のない無表情のメマに、アリサは何を勘違いしたのか、泣きそうな声で呟く。
「メマちゃん……きっと恐怖で笑えなくなっちゃったんだわ……」
メマの表情が乏しいのは今に始まったことではない。
最悪の可能性に空気が重くなったとき、得意げな声が名乗りを上げた。
「ふふっ……みんな、そんな初歩的なことを天才と謳われる僕が対処してないと、本気で思ってるの?」




