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「わっ!?」
「きゃあ!!」
「あらあら」
それぞれ個性に合った声を漏らし、空中から地面へ落下する勇者一行。無事にダークネスから人間の国へ戻ってきた彼らの内の一人が、尻餅をついて不満を訴える。
「いったーい!! なんで空中に転移するのよ!!」
一人の若い女が涙目で声を上げると、木の上にローブが引っかかり、宙ぶらりんになっている少年がやれやれと呟く。
「うるさいよ、アリサ。そのくらいのことで騒がないで」
「痛いんだから仕方ないじゃない! ……って、なんでノートはそんなとこに引っかかってんのよ! バカにしてるの!?」
「どこからどう見たらバカにしてるなんて発想になるのさ! これだから頭の弱くて感情的な君は苦手なんだ!」
「なんですって!? 喧嘩するなら降りてきなさいよ、クソガキ!」
「降りれないんだよ! 見たら分かるだろ!」
上と下で言い争う二人を、勇者に抱えられ優雅に地面へ降り立ったメマは傍観する。
「アリサ、ノート、喧嘩はやめるんだ」
「そうですわ。子供の前でみっともないですよ」
「ユリウス……マリア……」
「ご、ごめぇん……」
二人の大人に叱られたことで、言い争う声は静まった。
腕の中にいた子供を優しく地面へ降ろす勇者は、大丈夫かい? とあたたかい眼差しで問いかける。たった今、子供を家族から引き離した人間とは到底思えない微笑みだ。
一体何が起きたのかよく分からないメマは、大きな瞳をパチパチと瞬かせる。そして初めて浴びた陽の光に驚き、小さな手で自身の瞳を覆った。
(目が焼けちゃうよ……)
常に暗闇に覆われているダークネスでは目にしたことのない明るさに、メマは困惑していた。しかしそんなメマの行動を目の当たりにした勇者一行は、別の解釈をするのだった。
「泣くほど怖かったのか……」
メマの目元を手で覆うという動作は誰が見ても涙する子供にしか映らず、同情的な勇者一行は皆メマに対し慰めるような態度を取った。
「……そうだよね、怖かったよね。もう大丈夫よ……!」
メマを優しく抱きしめる、弓を背負ったアリサと呼ばれていた派手な女。
「君が元気になる魔法をかけてあげる、ほら!」
魔法で鮮やかな花畑をその場に作り出す、木の枝からようやく降りてきた、ノートという魔法使いの少年。
「神はいつでも善良なあなたを見守っていますよ」
聖母のような微笑みで祈りを捧げる、神官服のマリア。
そして、メマの何気ない行動一つ一つに悲劇的な理由を生み出す男、勇者ユリウス。
彼らは可愛い少女の見た目をした魔族、メマを人間だと勘違いしている。故に家族であるルシファーから引き剥がした、れっきとした誘拐犯となったのだが、誰もその事実には気付かない。
「君の名前は?」
自身が誘拐犯筆頭であるとは露ほども考えていない勇者は、まるで好青年のように優しい声でメマに名を問う。
「メマ」
「メマ……? 不思議な名前だね」
「この辺では聞いたことないよ」
「もしかしたら異国の血が混ざっているのかもしれませんわ」
メマの名を聞いた勇者一行は口々に想像を膨らませるが、メマの名付け親はルシファーである。その独特な感性から付けた名であるために、同じ名は恐らく存在しないだろう。
ようやく目が慣れてきたメマはゆっくりと目元を覆っていた手を下ろすと、眩いばかりの陽の光と、魔法使いの少年が咲かせた色とりどりの花々を視界に映す。見たことのない光景に、メマは途端に瞳を輝かせた。
「…………ここ、どこ?」
不思議そうにキョロキョロと辺りを見回すメマに、勇者は安堵の笑みを浮かべる。
「よかった。泣き止んだみたいだね」
最初から泣いていない、と言えるような積極性は、閉鎖的なダークネスで育ったメマにはない。そのため、メマは疑問があっても押し黙ってしまう。
「ここはアラスタ王国の王都、ソロモンに繋がる道さ」
「あらすた?」
まだ人間の国について勉強したことのないメマは、聞いたことのない国名に疑問符を浮かべた。メマの唯一知っていることといえば、初代魔王を討ち果たした勇者の名が『アラステア』であるということだけだ。
「我らが誇り、勇者アラステアが初代魔王を倒したあと作った国なんだ」
「アラステア……」
その名を聞いたメマは、僅かに眉をひそめた。
勇者アラステアは初代魔王を倒したあと、国へ帰り王から褒美を与えられることになった。だがアラステアは何を望むでもなく、魔王のいなくなったこの先は自由に暮らしたい、と王に申し出た。
そうして彼は旅を始めるが、長い間共に過ごした仲間たちも同行し、やがて地図にも載らない見知らぬ土地に辿り着く。海に面したその土地を気に入ったアラステアは、そこに小さな国を作りたいと夢物語を語った。
その夢物語は、善良な性格のアラステアを気に入った他国の王族と仲間たちによって瞬く間に叶えられた。アラステアの名を文字りアラスタ王国と名付けられたその国は、海に面した土地柄から漁業が発展し、今では様々な国の商人が海を渡って商売に来るほどの大国となったのだ。
「勇者アラステアは人望がある人だったらしい。『魔王を倒した勇者』という肩書きだけじゃなく、心優しい性格と他国との交流も積極的に行う行動力が王として認められ、この国をここまで発展させることができたと言われている。ここなら、きっと君の家族を探し出すこともできるはずだよ」
一連の歴史とアラステアについて教えられたメマは、頭をポンポンと撫でる勇者をキョトンとした顔で眺めると、小さく呟いた。
「……お兄ちゃんが言ってたはなしとちがう」
「「「お兄ちゃん?」」」
メマの口から不意に出た『お兄ちゃん』という単語に、勇者一行は一斉に反応する。
「お兄ちゃんは『アラステアは悪い人』って言ってた。『やさしい王様』なんて言ってなかった」
ルシファーから聞いた勇者アラステアの内容と、人間たちに言い伝えられている彼の歴史が違うことを、メマは不思議に思ったのだ。
しかしそれも無理もない。メマは魔族であり、アラステアは兄の父親同然だった存在を討ち取った人間だ。そんな憎き男、アラステアについて、ルシファーがメマに美しく語るはずなどない。
「一体どうしてそんなことを……いや、長く時が経てばそう解釈する人もいるか」
メマの疑問に勇者は顔をしかめることもなく受け入れたかと思うと、ところで、と話を切り替える。
「メマにはお兄さんがいるのかい?」
「うん」
「お母さんやお父さんは?」
「いない」
「そうか……」
勇者はメマの端的な返答に眉尻を下げ、仲間たちを見る。
「この子は孤児なのかもしれないな」
「そのようですわね……」
「唯一の家族と引き離されるなんて……可哀相に……」
「魔王のヤツ、サイテーッ!」
勝手な解釈をする勇者に、他の面々も同意の姿勢を見せ憤る。
「メマ、お兄さんが今どこにいるか分かるかい?」
膝をついた勇者に問いかけられるが、自分の現在地もよく分からないメマは首を振る。兄の居る方角すら見当もつかない。
「となると……そのお兄さんは今頃メマを必死に探しているかもしれないな……」
「もしかしたら教会に行方不明届を出しているかもしれませんわ。教会は身分や出生に問わず行方不明者の届出を受理しておりますから」
神官服の女――マリアはそう勇者に告げると、メマへ視線を移し微笑みを向けた。その目元は細すぎて、開いているのかいないのか、幼い瞳では判別など出来ない。
「メマさん、私はマリアといいます。今はユリウスさんたちの旅路に同行していますが、普段は神官をしています。お兄様の情報を集めてみますので、何か特徴を教えていただけますか?」
「とくちょう……」
神官マリアの問いかけに答えるため、メマは真剣に考えた。兄の特徴とはなんだろう、と。
そもそもさっき会ったではないか、などとは決して口には出さないメマである。
「目が赤いよ。メマとおそろい」
兄がこの世の基準であるメマには、特徴と言えるほどのものが大して浮かばない。唯一の特徴として、魔族の中でもあまり見かけない瞳の色を答えた。
メマにとって、本来は他人であるはずの兄との繋がりを感じられる、唯一の共通点。
「赤い瞳か……確かにメマの瞳も赤いな」
「ほんとだ! 珍しいわね!」
興味津々な様子でメマの瞳を覗くアリサ。他の面々もその後ろから覗いているが、先ほど相対した魔王ルシファーの瞳が赤かったことを思い出す素振りはない。
「……でも、赤い瞳の人種というとどこになるの? 少なくともこの辺の国にはいないよね?」
「うーん……」
ノートの問いに、自国以外の知識が疎い勇者たちは暫く考えるが、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「……分かりませんわ。とにかく、教会で行方不明者の記録を調べてみます」
「そうだな。僕らの浅い知識よりまずは教会に聞いた方が良さそうだ」
「そもそもこうやって違和感なく言葉も通じるってことは、メマちゃんやお兄さんにその血が混ざっているってだけで、暮らしてたのはこの国なのかもしれないわ」
「確かにその線もあるね」
「よし、明日からみんなでメマのお兄さんの情報を探そう」
速やかに進む勇者一行の会話に、メマは『なぜ兄を探すのか』とイマイチついていけない。探すも何も、引き離したのは自分たちだろうと言いたげな瞳で彼らを見つめる。
首を傾げながらも静かにしているメマに、
「あー! もう我慢できなーい!」
と唐突に声を上げたアリサが脈絡もなく抱きついた。
「初めて見たときから思ってたけど、メマちゃん可愛すぎ! こんなちっちゃくて肌もツヤツヤな美少女、見たことない!」
アリサはそう叫ぶと、ふわふわとした髪を靡かせながらメマに頬ずりをする。
「メマちゃんがこんなに可愛いんだから、お兄さんもすっごい美形に違いないわ!」
「アリサ! メマが苦しそうだからやめなよ!」
「キャッ!? 何すんのよ!」
無抵抗のメマを激しく抱き締めていたアリサを拘束魔法で縛ったノートは、呆れながら代わりにメマへ謝罪する。
「アリサが驚かせてごめんね。僕はノート、魔法使いだよ」
子供ながらもどこか大人びて見える少年、ノートは体よりも長い杖を携えている。
「ノートはこのあいだ十二になったばかりの天才魔法使いなんだ」
「私たちと旅に出るまでは魔法専門学校の講師もしていたのですよね? 尊敬しますわ」
「そ、そんなに褒めても何も出ないよ……」
勇者とマリアのベタ褒めに、ツンとしながらも照れている魔法使いノートをジトリとした目で見るアリサは、「完璧主義で嫌味な奴よ」と付け加える。
「アリサ? 今何か言った?」
「いーえ、べつに?」
バチバチと火花を散らしながら睨み合うノートとアリサの様子を、メマはじっと見つめる。そんなメマに、勇者は「あの二人は仲良しなんだよ」とこっそり耳元で囁いた。
「それじゃあ、最後は僕だね」
三人がメマへの挨拶を終えると、勇者ユリウスは無知な少女の前に跪き、優しい声で改めて自身の名を告げる。
「僕はユリウス、アラスタ王国の現勇者だ」
「勇者……」
兄から何度も聞いた『勇者』という名を、メマは思わず呟いた。
メマが教えられた勇者とは、一方的に魔族を攻撃する悪者であり、魔王である兄の敵なのだ。
「勇者はお兄ちゃんをころしちゃうの?」
「え?」
唐突なメマの問いかけに、勇者は戸惑ったように声を漏らした。正義の味方と謳われる勇者にそんな質問をする者など存在しない。しかし純粋なメマは、目の前の男が兄を攻撃するのではないかと不安に思った。
なぜそんなことを思ったのか、と表情に滲む勇者だったが、すぐに微笑みを浮かべて否定する。
「そんなことしないよ」
「ほんとに?」
「約束する。勇者として、必ず君をお兄さんの元へ帰してあげるからね」
瞳をまっすぐ見てハッキリと約束してしまった勇者の真摯な眼差しに、メマは安堵し頷いた。
だが、メマが勇者を信じたのも束の間、
「二度と君を魔王なんかに渡さないからね」
と早くも勇者に裏切られる。メマは勇者の発言が二転三転していると感じ、密かに眉をひそめた。
メマの心情など知りもしない勇者は、再びメマを抱き上げると皆に告げる。
「まずはメマを連れてソロモンに帰ろう」
小さなメマをしっかりと抱く勇者は、道向こうに見えている街を指差した。
「僕たちの旅立ちの街、王都ソロモンへ」
そうして、勇者たちはメマをルシファーからさらに遠ざける。
兄に教えられた〝悪者〟である勇者に抱き上げられ、見知らぬ街へ連れて行かれる最中、メマはようやく自身の状況を理解した。
勇者に攫われちゃったのだ、と。




