22
*
突如として魔獣の大群が押し寄せてきた王都ソロモンでは、幼いメマとビム、そして唯一の青年であるマルコがとある家屋の奥に潜んでいた。
魔獣の目につかないよう家屋の中に逃げ込んだ三人だったが、魔獣の激しい攻撃で壁はあっという間に崩れてしまい、意図せず外観が露わになってしまった。小さな棚の裏で、家屋に浸入する魔獣たちの低い唸り声に、兄弟は体を震わせる。しかし縮こまりながらも、兄弟はメマを守ろうと必死に抱きしめていた。
「兄ちゃん……こわいよ……」
恐怖で思わず口にするビムは、今にも泣き出しそうな声で兄を見上げる。
「大丈夫……大丈夫だからね……」
震える手で弟とメマを抱くマルコもまた、恐怖と不安に満ちた瞳をしている。幼い二人を守らなければ、と使命感が働いているようだった。
そんなマルコの不安を煽るように、グルルゥ……と唸り声は少しずつ三人に迫る。
メマは、怯えながらも必死に自分を守ろうとする兄弟の腕に包まりながら、魔獣の方へ顔を覗かせた。
(……お兄ちゃん、落としちゃった)
メマが見つめる先には、人々を追い回す魔獣たちの足元に、ぽつんと転がる魔王人形。先ほど兄弟と家屋へ逃げ込む際、落としてしまったのだ。
(お兄ちゃんがふまれちゃう……)
兄の救出に行きたいメマだが、兄弟に強く抱き締められているため、行けそうもない。『行かせてくれ』と言えるような状況でもなかった。
恐ろしい魔獣の大群が攻めてきたというのに、呑気なメマは魔王人形救出のために、兄弟からどう離れるべきかと悩んでいた。
「メ、メマ……ビム……僕がいるから大丈夫だよ……だから絶対に離れないで……」
メマがまったく怯えていないことなど知る由もないマルコは、自身も恐ろしいというのに、震える声で幼い子供たちを励ましている。そんなマルコの腕に抱かれ、メマは似ても似つかない兄ルシファーの姿を重ねた。
震える手や声からマルコの必死な思いが伝わり、メマの胸はほのかにあたたかい。
兄とはみんな等しく優しいものなのか、とメマの瞳はキラキラと輝いた。どう見てもそんな状況ではないが、メマには関係がない。
メマが瞳を輝かせたそのとき、「うわぁ!?」「ヒッ……!?」という兄弟の声が聞こえたことで、メマはようやく周りの状況に気が付いた。
魔獣が三人のすぐ目の前まで迫っていたのだ。腹を空かせた魔獣たちは、縮こまる彼らを見て涎を垂らしている。
「に、逃げよう!!」
急いで立ち上がったマルコは、一番幼いメマの手を引いて走り出した。メマはその手に抗うことなく身をゆだねる。だが、兄に続くように走り出したビムは、途中で足を滑らせ転んでしまった。マルコは弟が転んだことに気付いて振り返り、ビム! と声を上げる。
「に、兄ちゃん……!」
マルコへ向かって手を伸ばすビムに、数体の魔獣が勢いをつけて迫る。さすがのメマも、ビムの危機に目を見開いた。
――瞬間、メマの視界に地面を蹴る金髪が映る。風を切って疾走する見慣れた金髪は、ビムに向かう魔獣たちを次々となぎ倒す。
男の姿に、ビムとマルコは瞬く間に表情を明るくさせた。
「「ゆ、勇者様ぁ……!!」」
「よかった……君たち、怪我はないようだね」
金髪に聖剣を構える勇者ユリウス。彼の登場に、兄弟は安堵の息を吐いた。
勇者はマルコに手を繋がれるメマの姿を捉えると、同じく安堵し、再び魔獣に視線を戻す。
「メマも無事だな。そのまま彼のそばにいるんだぞ」
「勇者、どうしているの?」
「修行中に街の様子がおかしいことに気付いて、駆け付けたんだ」
それにしてもメマは普通だなぁ、と笑う勇者とメマの会話に、兄弟は驚愕の表情を浮かべた。
「メマ、勇者様と知り合いなのか!?」
「もしかして……ドラゴンを倒したお兄さんって、勇者様のこと!?」
「魔法使いじゃなかったのかよ!」
「ん? なんのことだ?」
慌てはじめる兄弟に問い詰められても、メマは動じない。寧ろ勇者の方が、身に覚えのない内容に混乱していた。
そして勇者に続くかのように、いつもの面々も集まりだす。
「魔法使いのノート様よ!」
誰かの声のした方を見ると、魔法の天才ノートが強力な結界を作り、そこに人々を誘導している。魔獣も結界に突進するが、なぜか弾かれている。
「さぁ、早く! ここは僕たちに任せて!」
声かけしながら自身も魔法で攻撃するノート目掛けて、建物の上から矢が飛んできた。
「ちょっ、危ないだろ! アリサ!」
「うるさいわね! ノートがそこにいるのがいけないんでしょ!?」
見上げるノートの視線の先には、弓矢を構えるアリサがいる。怒りながらも、いくつか矢を標的に命中させているようだ。
「もっとちゃんと狙ってよ! 味方に当てたら元も子もないでしょ!」
「集中してんだから黙ってよガキんちょ!」
「誰がガキんちょだって!?」
「お二人とも、おやめなさい!」
状況を考えずいつもの言い争いをはじめる二人に、普段は温厚なマリアも声を荒げる。
「私たちは民の見本となるべき勇者パーティーの一員なのですよ! 人々が危険に晒されているこの状況で、喧嘩なんて以ての外ですわ!」
「「……ご、ごめんなさい」」
怪我人の救助を率先して行うマリアの注意に、二人は小さくなり謝罪する。そしてマリアは勇者に向かい、声を張り上げた。
「ユリウスさん! こちらはノートさんの結界があります! そちらのお子様とメマさんをお連れください!」
「あぁ、分かった!」
華麗な剣技で魔獣を怯ませた勇者は、転んだままのビムを抱き上げ結界に走る。それを見習ったマルコも、メマの腕を引いて後に続こうとした。
しかし、メマはその手を振り払う。
「メ、メマ!?」
焦るマルコは、振り解かれてしまった小さな手を追いかけようとした。だが、メマはポテポテと急ぎ足で反対へ進んでいく。
「メマ! どこへ行くんだ!?」
「メマさん!?」
勇者とマリアもメマを呼ぶが、メマは一目散にとある場所を目指した。
魔王人形が転がっている、その場所まで。
目的の兄を捉えたメマは、直前で立ち止まる。魔王人形を拾うのを阻むかのように、魔獣がメマを睨んでいるのだ。
すぐそこに兄がいるというのに、一向に退く気のない魔獣へ、メマは率直に気持ちを伝える。
「どいて」
「グルルゥ……」
「……じゃま。お兄ちゃんのこと、ふんだら怒るよ」
若干ムッとした表情になるメマは、背後で勇者たちが心配の声を上げているのに聞きもしない。それどころか、一歩ずつ魔獣との距離を詰めている。
見かねた勇者が、ビムをマリアに差し出して走り出す。けれど、魔獣は今にもメマに襲いかかりそうで、勇者の距離ではきっと間に合わない。
「あのね、メマ、お兄ちゃんをひろいたいの。メマのじゃましないで」
メマは変わらず魔獣に意味のない説得を試みている。
ついに、一歩踏み出したメマの足が、魔獣の射手距離に入る。その瞬間、魔獣はけたたましく声を張り上げ、メマへ向かった。
「グオオォォォッッ!!」
「「「メマ――!!」」」
皆の声が、一人の少女の名を叫ぶ。
魔王のつけた、メマの名を――。




