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「魔王様、メマの行方について分かったことがあります」
「……なんだ」
王都ソロモンに魔物の大群が押し寄せ、メマが危機に瀕している頃、何も知らない魔王城では、ついに情報を得たヴァイスがぐったりと項垂れる主君へ報告を述べていた。
執務室内にどんよりとした空気を漂わせていたルシファーだったが、ヴァイスの『分かったことがある』という発言によって、途端に背筋を伸ばしふんぞり返る。
「メマの痕跡は変わらず見つけられていませんが、東側諸国という見立ては間違っていないようです。アラスタ王国を捜索していたコウモリが、勇者らしき男の姿を捉えました。金髪と青い瞳、そして腰にかけた聖剣など、あなたの仰っていた特徴と概ね合致します」
「……アラスタ王国?」
「あちらの魔法使いも、さすがに味方には追跡遮断魔法の付与はしていなかったようです。メマの居所も、勇者を追えば直に分かるかと」
「…………」
ヴァイスがやっとの思いで事態を進展させたのに、魔王ルシファーはなぜか喜ばない。それどころか、眉間に皺を寄せて苦い顔をしている。
不自然に思ったヴァイスは、機嫌を損ねつつルシファーに問いかける。
「何か気になる点でもありますかね、魔王様。私は心を読めませんので、仰っていただかないと分かりませんが」
どれだけ苦労したと思ってる? という感情が言葉の節々に滲み出る。
すると、そんなヴァイスの心の内を察してか、ルシファーは苦い顔を少しずつ部下から背けていく。
ルシファーは、今になってようやく、忘れていた大事なことを思い出したのだ。
メマを攫われる直前、勇者が自ら出身を名乗っていたということに。
『僕はアラスタ王国の勇者だ』
『あぁ、史上最悪の勇者の国か……』
はっきりと勇者の口からアラスタ王国と聞いたのに、あろうことかルシファーはメマを攫われたという事実だけに固執して、勇者の言葉など微塵も思い出そうとしなかった。
哀れな自分に気付いたルシファーは、深いため息を吐くと、戒めるように頭を抱える。
「クソッ……馬鹿か俺は……」
「急に自分を卑下するなんて、本当にどうしたのですか?」
「……なんでもない」
それより、と真剣に心配しはじめた部下を誤魔化して、ルシファーは背筋を正した。
「よくやった、ヴァイス」
失いかけていた威厳を蘇らせるように、悪の王らしく部下の手柄を褒めるルシファー。
いつもは冷静に振舞うヴァイスも、なんだかんだ言いつつも尊敬している主に褒められたら、さすがに口角を上げる。
「とんでもございません」
頭を下げながら、地面に笑みを向けている。
「このまま勇者を追跡します」
「待て」
「?」
ルシファーの制止に、メマ奪還成功率を重視するヴァイスは『なぜ止めるのか』という感情をそのまま表情に出す。そんなヴァイスの性格を理解しているルシファーは、効率を重視した力業をヴァイスに提示した。
「お前のコウモリは夜しか活動できないだろう。人間は昼間の方が活発だし、ちまちまと情報を集めるよりさっさと現地に行った方が早い」
「まさか……魔王様自ら行かれるおつもりで?」
「ああ、俺の移動魔法ならすぐに着くからな。メマを人質にとられているから、念のため他の四天王にも声をかけておけ」
「お待ちください、魔王様」
ヴァイスに引き止められて、準備を進めようとするルシファーの動きが止まる。
「魔王様の気持ちは分かりますが、我々の存在に気付かれると、メマを連れたまま再び逃げられてしまうかもしれません。我々は人間の国では目立つ姿形をしていますから、簡単に気付かれてしまうでしょう」
「変装してオーラを抑えれば、バカな人間たちは気付きもしないはずだ」
「そもそも、相手が気付く気付かない以前の問題です。こちらはメマを人質にとられている状態なんですよ? 慎重に行動し、より確実な方法を選ぶべきです」
「ヴァイス」
次第に苛立ちの増した声になるヴァイスを、ルシファーは静かに呼んだ。その声に異変を感じたヴァイスは、途端に意見を飲み込む。そして、主の顔を恐る恐る視界に映す。
抑えきれない怒りで満ちた、禍々しいオーラを纏うルシファーが、ヴァイスの瞳に映った。空気は淀み、魔王のオーラに支配される。
そうだ、この男は魔王だった――ヴァイスが思い出したように身震いすると、目の前の魔王は自分を落ち着かせるため深く息を吐いた。
「俺はメマを取り戻すためなら、人間の国を片っ端から潰していっても構わない。だがそれをしないのは、メマが巻き添えを食らって万が一怪我を負ったり、最悪死んだりでもしたら、この命尽きるまで自分を責め続けるだろうと理解しているからだ。俺たち魔族にとってあまりにも長い時間、俺は俺を許せなくなる……。他のどんなことで後悔しようとも、メマに関してだけは後悔したくないんだ」
「魔王様……」
「そして、メマを取り戻すのに『より確実な方法』というのは『俺が行くこと』だろう。ヴァイス、お前もそう思わないか?」
「……はい、仰る通りです」
恐ろしいほどの威圧感で部下を納得させるルシファーは、自身の言葉が意訳されると、
『妹が心配で心配で堪らないので早く行かせてください』
となることに気付いていない。魔王らしい立ち居姿であるが、ルシファーの頭の中は愛する妹のことでいっぱいなのだ。
その威圧感ゆえか、いつもなら意味を汲み取って鋭いツッコミを入れるヴァイスも、主の言葉に疑問を抱かない。
「魔王様の仰せの通りに」
ツッコミ不在とは正しくこのことだった。
「だが、お前の言うようにメマがどんな扱いを受けているか分からない以上、下手に手出しをするとメマに何をされるか分かったものではない。なるべく気付かれないよう細心の注意を払い、メマの無事を確認でき次第すぐに救出する方向でいこう」
「承知いたしました。それでは直ちに四天王を集め、作戦会議を……」
そうして魔王軍は、メマの救出方法を事細かに会議する。そのうちに、時間は刻々と過ぎていく――。




