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勇者に攫われちゃいました ~魔王なお兄ちゃん大激怒~  作者: 鈴木涼


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19

 翌日、再び一人で街を散策していたメマは、昨日と同じ人物に声をかけられる。


「あ、紛らわしいメマじゃん」

「ビム?」

「オレの名前覚えてんだ!」


 嬉しそうに笑うビムの姿に、昨日これでもかと隣ではしゃいでいたのだから当然だ、とメマは思うが口を瞑った。

 ビムの隣にはやはり兄がおり、メマは彼をしばらく見つめると、首を傾げながら彼の名を口にした。


「……マリオ?」

「マルコだよ……」

 名前は思い出せなかったようだ。


 弟とは反対に影が薄く、あまり覚えられていなかったマルコは、悲しそうに自身の名を教えると暗い空気を漂わせた。確かに気弱そうな青年のマルコより、ずっと隣で騒がしかったビムの方が印象には残るだろう。


「お前また一人なのか?」

「うん」

「えー、危ないんじゃねーの?」

「だいじょうぶ」


 思いのほか優しいビムは、メマの安全を気にしているようで、少し話すと「じゃあ今日も一緒にいてやるよ」と勝手に決めてしまった。

 またか! という表情を隠せないマルコだったが、結局のところ良心が働くと、弟の決定を覆す気は失せたようだ。


「小さい子一人でうろつくのは危ないし、今日も一緒に過ごそうか、メマ」

 お節介な二人の提案に、メマは『あそんであげてもいいか』と上から目線で頷いた。


 以降、メマが外に出るたび、なぜかこの兄弟とバッタリ出くわし共に行動する、というのがメマの冒険の定番となっていた。

 歳の近さからか馴れ馴れしく接してくるビムに、最初は苦手意識を抱いていたメマだったが、教会での子供たちとの交流が活きたのか、次第にメマも共に過ごすことを楽しむようになっていた。

 もちろん、表情には出ないが。


 ビムもまた、何があっても笑わないメマを最初は変な奴だと認識していたが、今ではすっかり仲良し気分である。

 ただ一人、マルコだけは幼い子供に振り回される日々を送り続け、毎日ヘロヘロだった。


 一方、勇者一行の修行も順調に進んでいるようだった。

 それぞれ自分に試練を課す勇者たちは、日々の修行で体つきや精神面が以前よりも少し逞しくなったように見える。帰宅すると食事をしてすぐに就寝するという健康的な生活を送っているため、メマとの交流は必然的に少なくなっていった。


 これまで構ってくれていた勇者たちが死んだように眠る日々がつまらないメマは、夜になるとヌラと他愛もない話をして過ごすことが多くなり、段々ヌラと心を通わせていく。


「ビムがね、お野菜きらいなんだって」

「そうなんですか……?」

「うん、サンドイッチのお野菜とって、ゴミ箱にすてたの。マリオおこってた」

「そ、それはいけませんね……メマちゃんもそんなことしたらダメですよ……?」

「メマはしないよ。お兄ちゃんがダメって言ってた」

「ふふ……それならよかったです」


 この日も、皆が寝静まった頃、メマとヌラはリビングの食卓に着いて話していた。

 出会って数日、夜になると二人で話す日々を送っていたからか、ヌラの態度も落ち着きいたようだ。こうしてメマの一日の報告を、微笑みながら聞くことができている。辿々しい喋り方も治まり、何とも聞きやすくなった。


「それでね、マリオがね……」

 もはやマルコは、メマの中で『マリオ』となってしまい、簡単には直せそうにない。


 聞き上手なヌラへ話したいことが次々と湧いてくるメマは、表情こそ変わらないが、何度も何度も「あのね」「それでね」と繰り返している。

 そんな話したがりなメマに、ヌラはフッと優しい笑い声を漏らした。


「メマちゃん、お二人とはもうすっかりお友達ですね……」

「……おともだち?」


 聞き馴染みのない単語に疑問を抱くメマは、その意味をしばらく考える。しかし、考えたところで何も分かりはしなかった。


 メマは友達という言葉を知らない。

 急速に成長する魔族しか存在しないダークネスで、メマが親しくなった者など、兄を除けば四天王くらいしかいないのだ。四天王は友達というより、メマが赤ん坊の頃からずっと城に住み着いていた、家族と言う方が正しい。


 不思議そうに見つめるメマへ、ヌラはあたたかい微笑みでその意味を教える。

「お友達というのは、仲良しな人のことを言うんですよ……」

「なかよし……おともだち……」


 ふわふわとした不思議な感覚に陥ったメマは、『お友達』という言葉を静かに噛み締める。

 その言葉は、なぜだかメマを嬉しく感じさせた。


 二人がやわらかな空気を漂わせながら、食卓で会話を楽しんでいると、大あくびをしながら水を飲みに来たジャックがその光景に笑みを浮かべた。


「なんだ、嬢ちゃんはまだ起きてたのか」

「まだ眠くないらしくて……」

「ほぉ、眠れないなら俺が添い寝してやろうか?」

「や、やめてあげて……」


 軽口をたたくジャックは、コップへ水を注ぐと流れるように妻の隣へ座り、まだ膨らみの小さな腹を優しく撫でる。


「体調は平気か?」

「平気よ……メマちゃんがいると、不思議と元気な気がするの……」

「そうか。なら、嬢ちゃんにはずっとここにいてもらわねーとな」

「ふふっ……無茶を言わないであげて……」


 幸せそうな夫婦のやりとりを見ていると、メマはまた不思議な感覚に陥る。なんだか既視感のあるような、あたたかくて優しい、そして愛の込められた二人の声――それは、大好きな兄が自身へ向ける声と同じものだった。


『メマ』


 兄が自分を呼ぶ声が途端に恋しくなったメマは、肌身離さず持ち歩いている魔王人形を強く抱き締める。

(お兄ちゃん、まだかなぁ)

 そんなメマの想いは、ひたすら悲しみに暮れているだけの兄ルシファーに届くことはない――。


 翌日もまた、メマが一人で街を散策していると、いつものように親しくなった兄弟と出くわした。


 だが、いつもビムがメマを見つけるのに対し、今回はメマが遠目に二人を発見したのだ。話しかけようと思い近寄ると、何やら露天商の男と取り込み中のようだった。


「うちの宝石は逸品揃いだよ! 君たちも母親へのプレゼントにどうだい?」

「えー? ちょっと高いな〜」

「安いのもあるよ!」


 男は地面に敷いた布へ箱に入った高価そうな宝石を並べ、それらを売るため必死であった。必死でなければ、どう見ても金持ちには映らない子供に、丁寧に接客などしないだろう。


「…………」

 いつもは気の弱そうなマルコだが、顎に指を当て一つの宝石を真剣に眺める様子は、いつもとどこか違って見える。その瞳が見つめるのは、鮮やかな青が美しく光る、まるで青空のような宝石だった。

 そんなマルコの見つめる先に気が付いた店主の男は、意気揚々と売り文句を吐いた。


「お兄さん! お目が高いね! その宝石はクリアスカイライトといって、希少石に登録されている珍しい物だよ!」

「へぇ、これがですか……」


 クリアスカイライトとは、その名の通り澄んだ空のような美しい色をした宝石だ。その希少さゆえに、小粒一つ手に入れるだけで、国中で大きな騒ぎになってしまうほど。

 宝石の希少さを自信満々に語る店主は、表情を大きく動かしてマルコの反応を窺っている。


「想像通り、やっぱり綺麗ですね」

 そう店主へ言うマルコの目は、笑っているようで笑っていない。


 なんだか様子のおかしいマルコが、遠目から眺めるメマには別人のように映る。その声と表情には、昨日までの気弱さが感じられないからだ。

 少しの話しかけづらさから、メマはしばらくの間、彼らのやりとりを見守ることにした。


「クリアスカイライトを知ってるのか? お兄さん物知りだね〜!」

「はい。本で読んだことがありますから」

 分かりやすく煽てる店主に、マルコは控えめな態度は変えず、宝石のうんちくを語りはじめた。


「クリアスカイライトは、アンダナムス国という南の国の鉱山で発見された石で、発見されてから数十年、未だ数える程度しか見つかっていないと本に書いてありました。五大希少石のうちの一つであるこの宝石が、まさかこんなところで見られるとは驚きです」

「本当によく知ってるなぁ、お兄さん」


 博識なマルコの知識に、店主は感心の声を出し、そして切り替えるように笑顔で続ける。


「そう! これは少し前にどこかのお貴族様が売りに来てようやく手に入れた宝石なんだ! お兄さんとそこのボクじゃ到底買えるような代物じゃないが、見るだけなら好きなだけ見てくれ!」


 まるで周りにアピールするかのように声量を上げる男の魂胆は分かりやすい。

 彼ら兄弟をダシにして、周りにいる人々の注目を集めたい、という邪な魂胆が。

 だが、この行為は特段珍しい行為ではない。ずる賢い商人ならみんな行う販売促進のための手法だ。


「なんだなんだ?」「珍しい宝石ですって?」と店主の周囲には瞬く間に人集りができ、メマのいる位置からは、兄弟の姿が見えなくなってしまった。

 人集りの中で変わらず店主と会話を続けるマルコは、クリアスカイライトの入った箱を持つと、ガラス部分から覗くようにして中にある宝石を凝視した。

 なぜだか店主は、マルコのその行為に少しの焦りを見せはじめる。


「お兄さん、も、もういいんじゃないか?」

「一つ質問なんですが」

 箱を返すよう手を伸ばしたが、マルコの声で店主は渋々と手を引っ込めた。


「これをあなたに売った『どこかのお貴族様』とは誰なんですか?」

「い、いや……それは個人情報じゃないか。教えられないよ」

 不躾な質問を投げたマルコに、店主は分かりやすく目をそらしながら、当たり障りない返事をする。


「あ、そうですよね。すみません、気になってしまって……」

「ハハッ、全然いいさ。それよりも、そろそろ宝石を――」

 置いてくれ、と続けようとした店主の声に被せるように「実はですね」とマルコが声を発したことで、店主はまたも口を噤む。


「この間、どこかで聞いたんですよ。クリアスカイライトはその希少さゆえに、現在は指定博物館や宝石加工を行っている特定の施設でしか扱いがない、と」

 探るようなマルコの目に、店主は簡単に動揺の色を見せたが、すぐに『こいつは面倒な客だ』くらいの認識で誤魔化した。


「いやぁ、聞き間違いじゃないか? 実際ここにあるわけだからね」

「なるほど、確かにそうですね。あともう一つ聞きたいんですが、これクリアスカイライトにしては少し安くないですか?」

 納得させたと思ったらまたべつの質問を投げてくるマルコに、店主は少し面倒そうに「中古品だからね」と答える。


 その答えにまたもマルコは納得したような態度を見せるが、その目はいまだ何かを疑っているようで、店主はついに声を上げた。


「何を疑ってるのか知らないが、それは歴としたクリアスカイライトだ! その美しい青空の色が証拠だろ!」

「……なるほど」


 マルコはその声に、待っていましたとばかりに口元を緩ませる。隣のビムも兄の表情の変化に気付き、ニヤリと笑みを浮かべた。


「あなたはクリアスカイライトの名前の由来しか知らないんですね。実物を見たことはない」

「なっ!? そんなわけないだろ! 現にここに――」

「クリアスカイライトの名前は、アンダナムス国の空の色から名付けられました。その眩いほどに美しい空色が、宝石の色と瓜二つだったからだそうです。どんな本にも明確な色の記載がないことから、話だけ聞いて〝澄んだ青空の色をした宝石だ〟と想像する人は多いですし、僕もそうでした」

「お、おい!! 一体何が言いたいんだ!!」


 意味深な話を続けるマルコに逆上する店主に、ビムは滑稽なものを見つめるみたいに、呆れ笑いを浮かべる。

 兄の勝利を確信した、そんな笑みである。


「僕、見たことがあるんですよ。父と博物館に行ったことがあって」

「……えっ」

「僕も実物を見るまで知らなかったんですけど、本物のクリアスカイライトって……澄んだ『夕焼けの色』なんですよ」

「…………は?」


 何を言っているんだ、という感情を隠せない店主がつい聞き返すと、マルコはその場にいる全員が理解できるよう丁寧に説明した。


「本でも『空色』という表現が多かったので、僕もこんなふうに青空のような宝石を想像していたんですが、空色って別に青空だけではないじゃないですか。この宝石が初めて採掘されたのは夕方だったそうで、夕日が沈む直前の空が宝石と瓜二つだった、という理由で『澄んだ空の色』と名付けられたらしいですよ。紛らわしいですよね」


「う、嘘つけ……」

「あと、本物のクリアスカイライトはたとえ中古品だったとしてもこんなに安くないですよ。本物の価格帯を知らなくて価格設定を誤ったんでしょうけど、この値段じゃ没落貴族の人間でも買えてしまいます。本物なら貴族であろうと購入を躊躇するほどの高価格ですから」


 だけど綺麗な偽物ですね、と微笑むマルコだが、大勢の人の前で偽物だと暴露されてしまった店主は赤っ恥である。


「も、もういい! 全員どっか行け!」

 ざわざわと周囲を囲んでいた人々を無理やり追い払うと、地面に敷いていた布で商品を掻き集め、店主は走り去っていった。

 その雑な扱い方から察するに、恐らく商品のほとんどが偽物だったのだろう。


「やったな! 兄ちゃん!」

「ちょっとやりすぎたかなぁ……」

「んなことないって! どうせいつかは恥かいてただろうし!」


 楽しそうに話すビムと、少し申し訳なさそうないつものマルコの姿が、人混みが散っていったことでメマの視界にようやく映る。声だけを聴いていたメマは、小走りで兄弟の元へと足を進めた。


「あ、メマ!」

 そしてやはりビムの方が兄よりも先にメマの存在に気が付くと、得意げに先ほどの出来事の感想を求める。


「見てたか? オレの兄ちゃんすげーだろ!」

 自慢げに胸を張るビムだが、人集りの中で彼らが話していた内容は、メマには少々難しかったようだ。

 キョトンとした顔で、メマはビムに問いかける。


「ふたりとも、なにしてたの?」

「えー!? 見てたんじゃなかったのかよ!!」

 大袈裟に落胆の声を上げたビムは、改めてメマへ事の経緯と兄の素晴らしさを解説した。

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