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勇者に攫われちゃいました ~魔王なお兄ちゃん大激怒~  作者: 鈴木涼


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「僕の名は勇者ユリウス! 魔王、貴様を倒しに来た!」


 魔王城中に響く大声で宣言したかと思うと、勇者を名乗るユリウスは青い光を放つ剣を構え、玄関ホールの中央階段で呆然とするメマを見た。


「人々の安寧を脅かす魔王、覚悟しろ! …………って、君人間じゃないか!?」

 つい先程まで威勢良く振舞っていた勇者だったが、人間と姿のそっくりなメマに分かりやすく動揺の色を見せた。

 勇者の後ろに控えていた人間たちも、勇者の声に反応しメマを覗き見ると、小さな少女の姿に声を上げる。


「えっ!? こんなところになんで子供が!?」

「まぁ……! なんてこと!」


 十歳になったばかりのまだ幼いメマは、唐突に現れた人間たちを不思議に思いながら、見知らぬ彼らをただ無表情で見つめていた。

 メマは瘴気を浴び続けてもなお人間の姿そのままで、大きな瞳と白い肌、そして薄く色付いた頬と同じ色をしたピンクの髪はとても愛らしく、まるで小さな花の蕾のような少女であった。ルシファーのように特別な能力にも目覚めなかったメマには魔力もなく、魔族らしい目立った特徴もない。

 そのせいで、勇者たちはメマを人間の子供であると勘違いしたらしい。


 勇者一行は速やかに構えていた武器を下ろし、メマの方へ歩み寄ると、優しく窺うような声で問いかける。

「君はどうしてこんなところにいるんだい……?」

 幼いメマは疑問符を頭の上に浮かべながら、質問の意図を一生懸命に考える。

 忙しい兄のため、魔鳥の卵を取りに行きたくて外へ向かっている途中であったメマは、その瞬間に閃いた。

 この人間たちは『メマがこの玄関ホールにいる理由』を聞いているのだ、と。


「外に出るの」

「外?」

「あそこから外に出たいの」

「っ……!」


 勇者たちが入ってきた玄関扉を指さすメマは、簡潔に告げた。

 幼い少女の言葉足らずな返答に、心優しい勇者ユリウスは何とも悲劇的な想像を膨らませたようで、顔を強ばらせる。

「もしかして……魔王に囚われているのかい……?」

 膝を折り、メマの目線に合わせた勇者の放った言葉は、仲間の人間たちを驚愕させる。


「攫われたってこと!?」

「幼い子供になんて酷い……」

 皆メマの意図しない方向へ捉え、同情的な視線を向けてくる。


「外へ逃げたいんだね……大丈夫。僕がここから逃がしてあげるよ」

 盛大な勘違いをしたまま優しく頭を撫でる勇者に、メマはイマイチ会話が噛み合っていないような気配を感じ、首を傾げた。

 しかしまだ幼いメマは考えるばかりで否定の言葉を口にしないため、彼らは勘違いに気付かない。やがて勇者はメマの頭から手を離すと、凛々しい顔で仲間たちに告げた。


「人間の子供がいる以上、ここで派手な戦いはするべきじゃない。この子を連れて一旦退散しよう」

「そうね……。この子が魔物になったら大変だもの」

「一体どれくらいの期間ここに囚われていたのか分からないが、幸いこの子はまだ人の姿を保てている。きっと数日程度なんだろう」


 今ならまだ間に合う、という勇者の言葉に仲間の三人はそれぞれ頷きながら顔を見合わせる。メマは随分昔に人ではなくなったため、無意味であるとも露知らず。


「そうと決まれば、魔王が来る前に直ちに帰還を――」

「誰が来る前に何をするつもりだって?」

 ――勇者が帰還を行おうと空間移動装置を懐から取り出そうとした瞬間、とある男の声が勇者の言葉を遮った。


「何やら騒がしい声が聞こえると思ったら……新しい勇者が現れたか」


 禍々しいオーラを纏って現れた黒ずくめの男は、中央階段上の宙に浮かぶ。背に生えた烏のように黒い羽は、どこか神秘的にも映る。

 彼の登場で、空気の色は暗く淀んだ。


「そ、その姿……貴様が魔王ルシファーか!!」

 首筋に汗を滲ませる勇者の声に、男は「如何にも」と頷いた。

 魔王ルシファーは、静かに目を伏せると勇者の目の前に立つメマへ視線を移した。


「……お前、こんなところで何をしているんだ」

「外出るの」

「ダメだ」

「どうして?」

「どうしてもだ」


 無表情の兄妹が淡々と言い合うのを、勇者は怪訝な顔で見つめる。二人の会話をそのまま受け取れば『駄々っ子と駄々を拒否する保護者』にしか見えないのだが、絶賛勘違い中の勇者には別の意味に聞こえてしまうらしい。

 勇者は下ろしていた剣を再び構えると、メマを守るように前へ立った。


「……何のつもりだ」

 突然妹との会話を邪魔されて、ルシファーが苛立ちを込めた声で問う。勇者は凛々しい顔つきになると、「それはこちらのセリフだ!!」と声を荒らげた。

「こんなに幼い少女を攫うとは、一体どういうつもりなんだ!!」

「…………はぁ?」


 溢れんばかりの正義感を振りかざした勇者に、質問の意味が分からないルシファーは声を漏らした。

「何を言っているんだ、お前は」

 心底意味が分からない、という気持ちを全面に押し出した表情でルシファーが問いかける。しかし勘違いをしている勇者は「なんて奴だ……自分の罪にも気付かないとは……」と何とも憎そうにルシファーを睨む。


 勇者の妙な態度に更なる苛立ちを覚えたルシファーは、眉をひくつかせながら勇者を睨み返した。そして小さく息を吐くと、黒いオーラを全身から溢れさせる。


「よく分からんが……まぁいいだろう、折角遊びに来たんだ。特別に遊んでやる」

 ルシファーの言葉に緊張感が走る勇者一行は、それぞれの武器を握りしめ、息をのんだ。瞬間、ルシファーの瞳は、勇者の後ろであっけにとられているメマを映した。


「……だが、まずは返してもらうぞ」

 パチンッとルシファーの指が鳴り、姿が消える。

「消えた……!?」

 混乱し辺りを見回す勇者一行は、その瞬間メマへの注意がそれていた。

 それに気が付いた勇者が急いで振り向くが、既にメマの姿はなく、再び宙に浮かぶ魔王が現れた時にはメマはその腕に抱かれていた。


「人質にするとは卑怯だぞ!」

「だからお前は何を言っているんだ……」


 勇者の怒気を含んだ声に、俺の妹なんだが? という気持ちで呆れたように息を吐くルシファー。勇者一行がメマを人間と勘違いしているとは露ほども思っていないのか、戯言のように扱っている。

 メマはというと、幼い故に魔王と勇者の対面が何を意味するのかあまり理解できていない。なので本来の目的であった魔鳥の卵収穫について考えていた。


「お兄ちゃん、メマ外に行きたい」

「ダメだ。どう見ても今はそんな状況じゃないだろう」

「でも行きたいの」

「これが終わったらあとで連れて行ってやるから、我慢しなさい」

「それじゃダメ。ひとりで卵をとりに行かなきゃ――」

「ダメだと言ってるだろう。わがまま言うんじゃない」

「…………」


 攻め込んできた変な勇者を前に苛立つ兄の厳しい言葉に、メマは静かに落ち込んだ。

 実に家族らしい会話をした二人だったが、勇者一行には距離があるため聞こえていない。

「その子を離すんだ! 怯えているじゃないか!」

 正義感溢れる声で叫ぶ勇者には、兄に叱られたメマの落ち込む様子が、魔王に怯えているように映るらしい。


 ルシファーはシュンとしたメマを優しく隅に下ろすと、再び言い聞かせる。

「外で遊びたいなら後で必ず連れて行ってやる。すぐに終わらせるから、大人しくそこで待ってるんだぞ。絶対に一人で行こうとするんじゃない。分かったな?」

「…………」

 不服な気持ちを表情に出さず、小さく頷くメマ。聞き分けのいいメマの頷きに安心した様子のルシファーは、再び勇者へ体を向けた。


「最後に勇者が攻めてきたのは十二年前……確か……クロム公国の者だったか?」

「僕はアラスタ王国の勇者だ」

「あぁ、史上最悪の勇者の国か……。アラスタ王国の勇者なら十五年前に一度見たきりだが、アイツはもう死んだのか」

「死んでない! 十年前に結婚して子供が出来たから引退したんだ!」

「勇者の制度も昔と大きく変わったんだな……」


 空間移動装置が発明されてからというもの、ダークネスからの生還が可能になった人間はますます大胆になり、酷いときでは三日置きに勇者が現れるということもあった。

 もちろん、魔法の才を爆発させたルシファーの力は膨大で、これまで戦いを挑んできた勇者たちは皆、彼に完全敗北している。しかし毎度トドメを刺す前に空間移動装置で逃げられるものだから、すっきりとしないルシファーのストレス値はこの数百年間で相当なものとなっていた。

 幸か不幸か、ルシファーは勇者を瀕死に追い込んだことは数しれずあれど、命を奪ったことはまだ一度もないのだ。


「――魔王!!」

 ルシファーが昔の悔しい気持ちを思い出していると、勇者は威勢よくルシファーを睨み宣言した。

「アラスタ王国の現勇者である僕が貴様を倒し、今度こそ……この不毛な戦争を終わらせてみせる!!」

「……不毛な戦争、だと?」


 威勢のいい勇者の宣言に眉をピクリと引き攣らせたルシファーは、フッ……と小さく笑い声を漏らす。漏れ出ていた黒いオーラは、さらに濃く空気を淀ませる。

「クッ……アッハハハハハ!! おかしなことを言うものだ!!」


 背中の羽を大きく広げ声高らかに笑い始めた魔王を、勇者一行は怪訝な表情で見つめている。彼らは魔王の異様な雰囲気に体を強ばらせながら、それでも尚戦う姿勢を崩さぬよう地面を踏みしめる足に力を込めた。

「お前たちは歴史の勉強もしていないのだな」

 ルシファーは笑いながらも怒りを滲ませた声で、堂々と勇者たちを馬鹿にした。


「お前たち人間が理不尽に始めた戦争……いや、襲撃だというのに……よく言ったものだ」

「一体何を言っている!!」

「何を言っているのか分からないのはこちらの方だ。勇者だかなんだか知らないが、自分たちが戦う理由すらまともに知らないとは……。全く人間というものはつくづく変わらない……」


 いつの世も変わることのない人間の愚かさよ……。ルシファーはそう小さく呟くと、赤黒く滲む瞳を細め、ようやく戦闘を始める体勢に入った。

「お前と話すと人間の愚かさを再確認できるから面白いが、お前の言う『幼い少女』とやらが待っているから早く終わらせよう」

 もはや人であった頃の自分については他人事のように感じるのか、ルシファーの煽りはただの魔族としてのものであった。首筋の汗をゆっくりと滴らせる勇者を静かに睨み、先程と同じように指をパチンと鳴らす。


「また消えましたわ……!」

「集中して! どこから来るか分からない!」

「みんな! 魔王の気配から意識をそらすな!」


 再び姿を消した魔王を探す勇者たちは、背後をとられたことに気付かない。

「――随分と鈍感だな。これでは一瞬で終わってしまうぞ」

 勇者は突如として耳元で囁かれた声にハッとする。急いで振り向くが、もう遅い。

 次の瞬間、勇者は宙を舞い、壁に体を激しく打ちつけられていた。

「グハッ……!」


 そのままの勢いで壁から地面に落ちていくリーダーを見た仲間たちは、咄嗟に勇者の名を叫ぶ。「ユリウス!!」と軽率にも敵から注意をそらしたことで、ルシファーは狙ったかのように魔法を発動させた。重力魔法で空気中の重力を加圧し、勇者一行は無理やり地面に押し付けられる。

「うぅ……み、みんな……」

 同じように地面に押し付けられた勇者は、苦しげな声を漏らす仲間たちの安否を気にしている。


 そんな勇者のすぐ後ろで、メマは未だシュンとした表情で戦いが終わるのを待っていた。攻撃が影響しないようルシファーによって強力な防御魔法が掛けられているせいで、勇者たちの苦しみが理解できない。呆気なくボロボロになっていく勇者たちを眺めながら、メマはやはり魔鳥の卵のことしか考えてはいなかった。


 ルシファーは無様に地面で這いつくばる勇者たちへ「ふん、つまらん」と吐き捨てると、優雅に歩き魔法を解除した。

「この程度の力で魔王に挑むなど、世の中を舐めすぎだ。出直してこい」

 堂々と敵に背を向ける魔王に、痛む体を起き上がらせた勇者は目を丸くする。

「な、なぜトドメを刺さない……?」

「どうせ隙を見て空間移動装置とやらで逃げるだろうが」


 長年の戦いで得た諦めの感情は、とうの昔にルシファーから殺す気を奪ってしまっていた。そして深く考えずに魔法を解除してしまったこの行動が仇となるとは、ルシファー自身まだ知らない。

「ゲホッ……クッ……!!」

 潰れかけていた内臓が一気に戻り咳き込む勇者の仲間たちは、自分たちの力不足を実感したのか、悔し気に眉を寄せる。無限に近いと言われる現魔王の異次元的な力に敵うほど、まだ彼らは強くない。


 自身らが駆け出しの勇者パーティーであると現実を突きつけられた勇者は、ルシファーの予想通り、胸ポケットから空間移動装置を取り出した。

「……確かに、僕たちにはまだ修行が足りなかったみたいだ」

 言われた通り、潔く帰還しようと立ち上がる勇者の元へ、仲間たちもボロボロの体で集まった。


 一台しかない空間移動装置は、使用者の体の一部に触れる者を予め登録しておいた街へ転送するというものだ。今回は勇者が使用者となり、仲間と共に帰還するらしい。

 既に敗北した勇者たちを侮るルシファーは、彼らに対して背を向け続けている。当然これも仇となるのだが、ルシファーは自身のミスにまだ気付かない。


「魔王……今は敵わないかもしれないが、僕は必ずお前を倒す。首を洗って待っていろ!」

「その立派な剣も振るえないような若輩者がよく言うものだ」


 変わらず威勢だけはいい勇者に、ルシファーは振り返り『次は殺す。覚悟しておけ』と言葉を続けようとしたときだった。

「次は殺……おい待て、お前その手に抱いているのは何――」

「この子は家族の元へ返させてもらう!!」

「やめろ連れて行くんじゃない」


 空間移動装置を持つ勇者の体に触れるのは、その仲間たち。そして、勇者の腕に抱かれた――メマ。

 勇者がメマに変な誤解を抱いていることを、ルシファーはすっかり忘れていたのだ。更には自分でメマの近くに勇者を投げ飛ばしてしまったものだから、油断するルシファーの隙をついてメマを抱き上げるのは、傷だらけの勇者といえどさぞかし簡単だっただろう。


 今更ながら焦ったルシファーは、一歩踏み出し声を荒げる。

「その子供の家族は俺だ!!」

「なに!? 妄想も大概にしろ!!」

「変な妄想をしているのはお前だろう!!」


 風魔法で暴風を吹かせ妹を取り戻そうとするが、「変なことを言うな!!」と小さなメマを大事に抱えた勇者は意地でも離さない。

「魔王、いつか必ず貴様を倒してやる!! 首を洗って待っていろ!!」

「だから!! その子供を置いていけ――!!」


 まだ話しているルシファーの声を遮るように、勇者は空間移動装置を作動させた。瞬間、彼らは何とも鮮やかにその場から消えたのだった。

 魔王の最愛の妹、メマを道連れに。


「ク……クッッッソ勇者あああああああ!! 俺の妹を返せえええええええ!!」


 魔王城を響き渡る魔王ルシファーの憤怒の声は城中の窓を破壊したが、当の勇者本人には届かなかった。

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