18
勇者から外出の許可を得たメマは、ヌラと二人になると先ほど約束した通りヌラに髪を梳いてもらってから、一人で玄関の扉を開けた。
「や、やっぱり私も行きます……!」
心配になったヌラがついて行こうとしたが、メマが「ひとりで行けるよ」と突き放したことで、泣く泣く断念した。
「いってくる」
「き、気を付けてくださいね……?」
「ヌラは赤ちゃんとおるすばん」
「はう……」
安静に、というメマの言葉足らずな気遣いを、ヌラはきちんと受け取り悶えている。
そしてメマは、一人で短い冒険に出たのだった――。
仲良しの魔王人形を抱いて外を散策するメマは、一昨日に案内された市場へとやってきた。アリサと訪れたストロベリーキャンディーの屋台の前で、メマは躊躇なく立ち止まる。
赤く瑞々しいストロベリーが兄と自分の瞳にそっくりで、また見たくなったのだ。
「おっ? この間の嬢ちゃんじゃねぇか!」
店主の親父が、見本で飾ったストロベリーを眺めていたメマの姿を発見して声を上げた。サービスと言って二個連なったストロベリーキャンディーをメマに差し出した、サービス精神が豊富な親父だ。
親父はメマを見ると嬉しそうに「また来てくれたのか!」と笑い、またストロベリーキャンディーを無料で渡そうとしている。その動きを確認したメマは、背伸びをして台に手を置き、一生懸命に顔を半分だけ覗かせて親父へ告げた。
「おじさん、メマお金もらった」
「え? 金?」
メマへ渡すキャンディーを準備する手を止め、親父はメマの声に耳を傾ける。
「勇者がたべものはお金はらうっていってた。お金はらわないのはドロボーだって。メマ、ドロボーじゃないからお金はらう」
実は、先ほど外出の許可をもらった際、勇者からお小遣いをもらったのだ。『少ししかないけど、これで好きな物を買うといいよ』と、もはや誘拐犯というより立派な保護者となった勇者に、金の使い方や買い物の仕方などの一般常識も同時に教わった。
そのとき初めてメマは、先日のサービスを『ドロボーしちゃったのかな』と悪いことをした気分になった。親父があまりにもにこやかだからと当たり前に受け取ってしまったが、もしや間違っていたのだろうか、と。
「この前のもはらう。メマ、ドロボーなりたくない」
「いや、あれは俺が勝手にしたことだ。嬢ちゃんが気にする必要はないんだぜ?」
「でも、悪いことしたらお兄ちゃんも怒る。お兄ちゃん、怒ったらこわいから怒らせたくない」
「じょ、嬢ちゃん……」
メマが思い出したのは、兄のルシファーが怒り狂って魔法を連発し、森を燃やし尽くしたときのこと。知性のない魔物に襲われたメマが、頬に小さく傷を負ってしまい、それに憤慨したルシファーが暴走したのだ。あのときの兄を思い出すたび、メマは兄を怒らせないようにしようと幼いながら決意する。
親父は幼いメマに僅かにも植え付けてしまった罪悪感に気が付くと、そのいじらしい姿に心打たれ、少し少なめに金額を伝える。聞いた金額をメマが一生懸命に数えてコインを用意している間に、親父はストロベリーが三つ連なったキャンディーを手に取った。
覚えたての計算に苦戦しつつも、親父に教わりながら無事に支払いを済ませたメマは、キャンディーを受け取ると大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「……ストロベリー多い?」
「いやいや、ちゃんと嬢ちゃんから貰った金額分だぞ」
明らかにはったりだったが、金額の相場も人情とやらも知らないメマは、そんなもんか、と素直にその言葉を信じた。
「ありがと、おじさん」
「おうよ、また来な。嬢ちゃんのために美味しいキャンディーをたくさん作って待ってるからよ」
「うん、メマこのキャンディーすきだから、またくる」
ばいばい、とキャンディーを大事に持ち去っていくメマの後ろ姿を眺めながら、親父はニコニコと呟いた。
「今どきあんないい子がいるんだなぁ……あの子の兄貴はいい教育してるぜ……」
関心の息を吐く親父は、自分が褒めた相手が魔王だとは露ほども思わない。
ストロベリーキャンディーを落とさないよう慎重に歩くメマは、ゆっくり座って食べられる場所を探し歩くうちに、勇者アラステアの像の前へ辿り着いていた。
噴水の中心に佇む石像をメマは興味無さげに素通りすると、近くにベンチがあることに気付いて、小走りで向かい腰かける。
手に持った赤い宝石をしばらく眺め、小さな一口目を頬張ると、やはりその美味さに感激し、またもメマは頬を手のひらで支えた。本当に頬が落ちてしまうような気がしているのだ。
その間、魔王人形はメマの膝の上でぐったりと横たわっており、まるでメマを失い失意に駆られている現在のルシファーのようであった。
そうしてメマがひとりストロベリーを味わっていると、どこからともなく少年らしき声がした。
「お前、ひとりぼっちなのか?」
声が聞こえたのは背後だ。振り向くと、メマと歳の近そうな短髪の少年と、ノートよりも少し年上に見える優しげな青年が、ベンチの背もたれから顔を出してメマを覗いている。
「……?」
知らない人間たちを前にメマが首を傾げると、短髪の方が「迷子か?」と更に問いかけてくる。ストロベリーキャンディーを一人で美味しそうに齧る少女は、一般的には迷子に映るらしい。
「君、名前は? 家族はどこにいるか分かる?」
何も言っていないのに、完全に迷子だと断定した様子の青年は、メマへ二つの質問を投げた。突然、知らない人物に質問を投げられたメマは、意味が分からないながらも答えてみる。
「メマっていうの。お兄ちゃんたぶんおうちにいる」
メマは本当のことしか言っていないのに、これから話が食い違いそうな予感は拭えない。
「へー、兄ちゃんいるんだ! オレと一緒だな!」
メマの返答に明るく反応した短髪の少年は、隣に立つ青年を指差し「オレの兄ちゃん!」と自慢げに紹介した。
「突然声をかけてごめんね、メマ。僕はマルコだよ」
「オレはビム!」
先ほどから溌剌とした態度でメマへ接する短髪の少年をビム、優しげな顔立ちで悪く言えば気弱そうな青年をマルコ、そして自分たちは兄弟だと二人は名乗った。メマの警戒を解きたいのか、彼らは名乗りを終えるとメマの正面に回る。
「なぁ、メマ。兄ちゃんがいる家ってどこなんだ?」
「わかんない」
「ここにはどうやって来たんだい?」
「歩いてきた」
「そっか。歩いて帰れる距離ってことだね」
キャンディーを食べながら淡々と彼らの質問に答えていくメマを、兄のマルコは着々と迷子であると決定づけていく。
「じゃあ、一緒にメマのお家を探そうか。僕らが手伝うよ」
そう言ってマルコは手を差し出すが、メマは首を横に振り拒否をした。
「かえらない。まだお外いるの」
遊び足りないのである。それもそのはず、メマはまだストロベリーキャンディーを買っただけなのだ。
「なんだよ、もしかして家出か?」
「えぇ……もっとダメじゃないか……」
幼い少女のまっすぐな瞳から意志の強さを感じたマルコが、小さくため息を吐くと、それを見ていた弟のビムは実に楽観的な提案をした。
「じゃあ、メマが満足するまでオレたちが一緒にいてやるよ! 一人じゃ危ないもんな!」
自分がいれば危険じゃない、とでも言いたげな弟の言葉に、兄のマルコは悩みつつも「仕方ないか……」と提案をのむ。
「日が沈む前には帰ろうね、メマ」
「オレたちが家まで送ってやるからな!」
お人好しな兄弟だが、実際メマは迷子ではないのでいらぬ世話である。
メマがストロベリーキャンディーを食べ終えると、兄弟は宣言通りメマと行動を共にした。市場の屋台一つ一つを見ながら瞳を輝かせるメマの隣で、なぜかビムも一緒になってはしゃいでいる。
実質ひとりで保護者の役割を務めるマルコは、好奇心旺盛なメマと何を仕出かすか分からないやんちゃな弟を、ヒヤヒヤとしながら見守り続けた。
三人が市場を巡りはじめて数刻、やがて日が暮れはじめる。
「メマ……そろそろ帰ろう……」
二人の子守りに神経を使いすぎ、疲れ果てたマルコがゲッソリとした顔で切り出すと、メマもようやく頷いた。そして迷わず帰り道を歩きはじめたメマに、兄弟は同じことを考える。
「やっぱり家出か」
「こら、そういうことは口に出すんじゃない」
配慮のない弟に小声でマルコが注意する。
二人はその後、たどり着いた家から出迎えたヌラの説明で、自分たちがとんだ勘違いをしていたのだと気付かされるのだった。




