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勇者に攫われちゃいました ~魔王なお兄ちゃん大激怒~  作者: 鈴木涼


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16

 頼りない主がようやく口を開いたことで、三人はルシファーへ顔を向ける。ネイオンの瞳を見ないよう目を閉じていたヴァイスも、目を開いてメガネを上げた。


「メマを拾った瞬間に、完璧な対策はしてある」

「……聖水の対策、ですか?」

「そんなことできるんですか〜……?」

「否、そのようなことは不可能だ……」


 主の言葉に純粋に目を丸くする部下と、完全否定する部下。否定しているのは、もちろんカリオスだ。一方、メマが傷付かないという明確な根拠がほしいヴァイスは、さらに突っ込んで聞く。


「拾った瞬間、ということは十年前に対策をしたということですか? 一体なぜ……」

「万が一のことを考えて行動しただけだ。か弱いメマには必要だろうと」

「それはシンプルに素晴らしいですが、一体どんな対策をしたのですか?」


 ルシファーの言う対策が本当に対策となっているのか、と聖水に対しても異常なほど信仰心のあるカリオスは、会話を聞きながら懐疑的な表情を浮かべている。


 ルシファーはぐったりとしながらも突っ伏していた顔を起こすと、自身の過保護なまでの防御魔法と、メマの魂について説明をはじめた。


「まず、メマにかけた防御魔法は三種類ある。一つは物理攻撃を抹消する標準防御魔法、もう一つは物理攻撃を跳ね返す攻撃型防御魔法、そして最後の一つが保存魔法だ」

「保存魔法? 防御魔法と保存魔法は別物なはずですが……」

「厳密に言えばそうだが、魔族のメマにとっては最強の防御魔法と言える」


 保存魔法、それは対象物質の品質を保つというその名の通りの魔法であり、魔法式も比較的覚えやすいことから、魔法使いの殆どが最初に覚える初歩的な魔法だ。人間の農家等が取引先へ商品を卸す際、魔法使いと契約して家畜や野菜、果物に保存魔法を付与してもらうというのは一般的に行われている手法である。


「保存魔法は何重にも付与することでその効果が上がる。人間は魔力が足りないらしく多くて三重程度しかかけられないようだが、俺がやってみたところ軽く十はできた」

「は?」

 天才かよ、と言いかけたヴァイスだったが、いやはや最初から天才だった、と思い直したのか口を閉じた。


 ルシファーの天才ぶりに若干引き気味のヴァイスと違い、ネイオンはワクワクとした表情で「魔王様すごいな〜……」と呟いている。

 恐らくあまり想像はできていない。


「保存魔法は物質の品質を保つことしかできないが、ゆえに体の部位や内臓という見えない物に付与ができれば最強の魔法と言える。一生衰えないんだからな」

「ですが、それと聖水とどんな関係が……まさか……!」

「?」


 少ない説明でいち早く理解したヴァイスと、何が何だか分からないネイオン。そして、ヴァイスと同じく早々にルシファーの言葉の意味に気が付いたカリオスは、声を震わせながらルシファーへ問いかけた。


「その保存魔法を『メマの魂』に付与した、と仰るのか……」

「そうだ」


 ルシファーの迷いのない返答に、カリオスはヨロヨロと体を崩れさせ、地面に座り込む。

「そ、そんなことが可能なのか……」

 首にかけた十字架を握り締め、小さく体を震わせている。


「俺やカリオスと違い、拾ったばかりのメマの魂は、まだ魔族に染まりきっていない人間の赤ん坊特有の、穢れ一つない美しいものだった。いつ人間が攻め入りメマを攻撃するかも分からないから、城へ連れ帰ってすぐ、メマの魂へ十もの保存魔法を付与しておいたんだ」


 天才、ルシファーにのみできる荒業だった。普通の魔法使いなら、人体含む内臓はおろか、目にも見えない魂なんてものに保存魔法を付与することなど到底できない。魔力が足りないどころか、人間が信じる神の禁忌とも言える行為だからだ。


 しかし、魔王ルシファーにとって禁忌程度の過ちは、妹を守るうえで何も恐れるものではなかった。

 過保護を通り越したルシファーの兄を逸脱した行為は若干気にかかるものの、ヴァイスはライトの反射するメガネを上げ、最後に確認する。


「……つまり、メマの魂は今もまだ赤ん坊の頃の美しい魂のまま……ということですか?」

「そういうことだ。一番穢れのない時期に魂を保存したから、生き物の魂に反応する聖水はメマに傷一つ付けないどころか、水を濁らせることすらないだろうな」

「素晴らしい……」


 メマが攫われてから威厳など捨てたルシファーに久々に関心するヴァイスだったが、ハッと何かに気付き「ですが……」と続けた。

「もし魔法が解けたらどうするんですか?」


 魔法も完璧ではない。いくら魔王の魔力が無限大でも、メマの傍にいないあいだ何があるとも限らないのだ。

 もし何かしらの方法で魔法が解かれてしまったら、結局のところ魔族となってしまったメマの魂は、一瞬にして穢れの帯びたものに変化してしまうだろう。


 だが、妹をとてつもなく愛する天才魔王は、もちろんそのことも視野に入れていた。


「解けることはないだろうな」

「なぜですか?」

「十の保存魔法を重ねた何日か後、なんか不安になって魔法をさらに重ねたんだ」

「……は?」

「初めて魔力切れになりかけたくらいだから、数は覚えてないが相当かけたんだろう」


 ルシファーの過剰すぎる過去のメマ防衛行為は、先ほどまで辛うじて尊敬の念を抱いていた部下を、一気に疑心で塗れさせた。

 口にはせずとも、ヴァイスのその表情から『気持ち悪い』という思いが汲み取れる。


 とはいえ、メマの捜索を焦る理由だった唯一の懸念事項が解決されたことで、四天王一同は安堵の息を吐いた。


「それなら、メマは暫くの間は大丈夫ってことですよね〜……とりあえずよかった〜……」

「まぁ、被害妄想の激しい人間のことですから、あまり安心もできませんがね」

「それでもメマが無事な可能性が高いなら、まだマシだよ〜……」

「おい、ヴァイスもネイオンも安心したなら早く捜索に行け。雑談なんかする余裕を持つな」


 皆がそれぞれ攫われたメマのことを考える中、一人カリオスだけは別の心情でいた。


「この世で最も穢れた種族となり、この世で最も美しい魂を持つ少女……嗚呼、なんと儚くも美しい因果か……!! 神がそれをお許しになるのなら、私はあの穢れなき魂の少女を導いて参る所存!!」


 なぜかメマまで神聖視する勢いのカリオスは、ブツブツと独り言を呟き、口元はヒクヒクと笑みを浮かべている。

 握り締めた十字架は意味を成さないただの飾りだが、カリオスにとっては神との繋がりを感じる唯一の物。神力を失ってもなお神に縋り付き、ルシファーの手が加えられただけのメマを神と結び付けてしまうのも、彼がまだ人であることを諦めきれていない証拠だった。

 まだ神は自分を見てくれている、それがこの男の支えなのだ。


「気持ちの悪いことを言っていないで早くメマを探しに行け」


 同じく気持ち悪いほどシスコンな男が文句を言っているのを、ヴァイスは冷めた目で見つめている。先ほどまで狼狽えまくりだったネイオンはというと、すでにメマへの心配が消えたらしく、悠長に思いを馳せていた。


「メマ、今頃なにしてるのかな〜……」



「こ、これは……!」


 聖水に触れるメマの手を見ながら驚愕の声を漏らす神官長は、目の前で起きている異例の事態に思わず前のめりになった。


 ルシファーが言っていた通り、保存魔法により最も純粋な赤子の魂を宿したメマを、聖水は一切の濁りも見せず受け入れたのだ。聖水は透き通った水面を美しく揺らし、メマの手を包み込んでいる。


「……なんてこと……まるで生まれたばかりのようだわ……」

 水を覗きながら感嘆する神官長の姿に、離れて見守っていた勇者一行や部下の神官も覗きにくる。そして皆、同じように目を大きく見開いた。


「す、すごい……三歳にもなれば聖水は濁りを見せると言われてるのに、迷信かもって疑っちゃうくらい綺麗だね……」

「メマちゃん、本当に手入れてる?」

「バカ、よく見なよ。ちゃんと入ってるでしょ!」

「試しに私が入れてみましょうかしら……」

「マリアが入れてすごく濁ったら問題になるんじゃないか……?」

「やめておきますわ……」


 みんなして聖水の美しさに見惚れると、メマの無垢さを改めて実感する。同時に、勇者一行の脳内からは、メマを魔族だと疑う理由が完全に消滅してしまった。


 人間たちが深く信じる聖水が、その色を変えることなくメマを受け入れたことで、『この少女は欲望も知らぬ純粋な人間なのである』と決定づけてしまったのだ。それが天才魔王の過保護な手心による必然だったとは、夢にも思わず。


「……まだ?」

 暫く水を眺めていた人間たちだったが、冷たい水に手を浸け続けることが不快になってきたメマの声で、ようやく意識をメマに戻した。


「あまりの美しさに取り乱してしまいました……申し訳ありません。もちろん祝福を与えるのにも問題はございませんので……メマさん、手を拭いてこちらを向いてくれますか?」


 傍にいた神官から手拭きの布を受け取り手を拭うと、メマは神官長の言う通りに体を向け、その純粋な眼差しで彼女を見上げた。


「……あなたは祝福を受けるに相応しい美しい魂を持っています。どうかいつまでもそのまま、穢れを知らず生きてください」

「?」


 言葉の意味を理解できず疑問符を浮かべるメマを差し置き、神官長は十字架を握り口元へ運ぶと、祈りのように囁いた。


「幸福の神、フェリシア様……どうかこの幼き純情な魂に、祝福をお与えください……」


 その真摯な声に反応するかのように、十字架は薄く輝きメマへ向けて光を放つ。光はメマの体を覆うとすぐに溶け、やがて十字架の輝きも収まった。

 メマは体にあたたかい何かを感じ、神官長へ問いかける。


「なんであったかいの?」

 唐突に首飾りが光り、自身の体へ何かを放ったのだから、不思議に思うのも当然だ。

「これは神からの贈り物、祝福です。あたたかく感じるというのなら、それは神がメマさんを包み込んでいるということでしょう」

「???」


 子供の純粋な質問への回答とは思えない曖昧な答えを告げ、神官長は微笑みを浮かべる。神という存在がイマイチどんなものなのか理解できないメマは、さらに首を傾げてしまう。


 そんなメマを、神官長はまるで神の愛し子でも見るかのように、愛おしげに微笑んで見つめている。

 先ほどまでただの優しい人間だったのに、なんだか気持ち悪い……。そう思ってすぐ、いつも神のこととなるとおかしいほどに興奮するカリオスが頭に浮かんだ。


(もしかしてそっくり?)

 神官長に妙な親近感を抱いたメマは、気持ち悪く感じるのもほどほどに、大きく手を振り別れを告げた。

 きっとここにヴァイスがいれば、『メマ、なんでも受け入れなくていいんですよ』とメマの振る手を下ろさせるのだろうが、そんな気の回る者は勇者一行の中にはいないのだった。

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