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意外にもすぐに人間の子供たちと打ち解けたメマは、その愛らしい容姿で一瞬にして男児たちの心を射止めていた。男児たちは恥ずかしいのか、メマへ話しかけるのを躊躇し、離れたところからチラチラと熱い視線を送っている。
そんな彼らを差し置いて、溌剌とした女児たちはすぐにメマへ一緒にあそぼうと声をかけ、腕を引いた。
花畑に座り、みんなで花を集め冠を作ると、それをメマの頭へ被せて笑う。幸せそうに微笑む彼らに、メマもまた花冠を作ってみる。
表情にこそ出ないが、楽しいという感情はメマの瞳から伝わってくる。
「天使ですわ……」
思わず呟いたマリアの声に、皆うんうんと深く頷いた。
子供たちと戯れるメマをほのぼのと見つめる勇者一行は、「そういえば」というノートの声でメマからノートに視線を移す。
「メマって十歳なんだね。もう少し下だと思ってた」
「確かに、見た目も口調もなんだか幼いわよね」
「小柄ですからね、メマさん。そこも愛らしいのですが」
「孤児なんだから仕方ないさ。これからたくさん栄養を摂らせてあげればいい」
ノートの言う通り、確かにメマの見た目は十歳にしては小柄だった。言葉もたどたどしいので、実年齢より幼く感じるのも仕方ない。しかし、メマの小さな身長は単純な個体差であり、話し方も個性である。栄養は特に関係がない。
メマの兄、ルシファーが栄養面も教育も人並みに怠らないので、メマに心配すべき点はない。ただ妹への心配が過剰なルシファーは、作物の育たないダークネスの食事に、メマに必要な栄養分が足りていないのでは、と常に不安を抱いていた。
結果、メマの食事に使う材料を自ら調達し、食事を作るという奇行に走っているのだが、それはまた別の話である。
「お待たせしました」
勇者一行が暫し和やかに話していると、マリアの元へ行方不明届の履歴確認をしてくれていた神官長が戻ってきた。どうやら確認が終わったらしい。
「それらしき履歴はこれだけでした……」
残念そうにマリアへ幾つかの羊皮紙を手渡す神官長は、内容を確認するマリアと勇者たちの顔から気持ちを察する。
「メマさんの特徴に似た行方不明者は何名かいるようですが……赤い瞳という部分だけは合致する者がいないようですわね……」
「お兄さんらしき人もメマと同じ赤い瞳だから結果は同じ、か……」
眉を下げて残念そうな表情を浮かべる勇者だが、まぁ当然だ。なぜならメマが行方不明になったのは三日前であり、その元凶は勇者なのだから。
届を出すとしたら、それは勇者によって妹を攫われた魔王ルシファーなのである。
「ねぇ、僕思ったんだけど、もしかしたらメマのお兄さんは既に……」
「ちょっとやめてよ! 可哀想じゃない!」
「いや、だってさ……赤い瞳なんて珍しい特徴で、情報共有を徹底してる教会になんの情報もないなんておかしいでしょ……」
「…………」
新たな妄想を繰り広げるノートとアリサに、その場にいた皆が表情を強ばらせた。
メマの兄は既に亡くなっているのでは?
そう言いたげに、子供たちと戯れるメマを同情的に見つめる勇者一行。勘違いも甚だしく、自身らを誘拐犯とその仲間だとは微塵も思っていない。
そんな仲間たちに、リーダーである勇者は決意の込もった声で訴える。
「……メマが異国で生活していたなら、この国の教会に情報がないのも無理もないはずだ。途方もないが、旅を続けるうちにいつかお兄さんを見つけられるかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってよ! まさか……メマを僕たちの旅に連れていくわけじゃないよね!?」
なんとなく理解しつつも信じられないノートが聞き返すと、勇者は静かに肯定した。
「メマを旅に同行させる」
「「「!?」」」
何を言っているのか、とリーダーの発言に驚愕する仲間たちは、すぐさま反論の声を上げた。
「そそそそんなことしたら、せっかくメマを魔王から助け出せたのに見つかるかもしれないよ!? 僕の追跡遮断魔法は最強だけど、万が一の可能性もあるんだからね!?」
「そ、そうよ!! 確かにメマちゃんと旅ができたら楽しいだろうなぁ~とは思うけど、危険すぎるわ!!」
「私たちの目的は魔王討伐ですから、その道中でメマさんが危険な目に遭うこともあるかもしれません。まだ小さなメマさんに、恐ろしい思いをさせてしまうのではありませんか……?」
「あぁ、みんなが言いたいことは分かってる」
反対する仲間の声に、勇者は目を伏せる。そして皆が無言になったとき、勢いよく顔を上げると、意志の硬いまっすぐな瞳で仲間に言い放つ。
「だから、僕たちがメマを守るんだ!!」
勇者の圧に、反対意見ばかりだった空気が一変する。
「僕たちは魔王を倒すための旅をしている。きっとメマにとっては危険なものだ……。魔王がメマに執着しているかもしれないから、道中で襲われる危険だってある。だけど、人として……勇者として、メマをこのままソロモンへ置いて行くことは出来ない!!」
勇者ユリウスの強い思いが、仲間たちの胸を打つ。それは、自身が勇者であるという責任感からくるものか、それとも彼自身の正義感か――まぁ、正義を振りかざすには『誘拐犯』という誰も自覚のない不名誉な肩書きが、些か邪魔ではあるが。
「魔王との戦いの際は、どうにかしてメマを奴から引き離す。もしそれでもメマが見つかってしまったら、僕たちが必ず守ろう! メマをお兄さんの元へ帰すため、僕たちにしかできないことをするんだ!」
グッと拳を握り鼓舞すると、仲間たちはリーダーの強い意志に皆ため息を吐き、そして諦めたように笑った。
「まったく……勇者ってのはみんなこうなのかな? 無謀っていうかなんていうか……」
「知らな〜い。ユリウスが正義感強すぎるんじゃない?」
「ですが、それでこそ私たちのリーダーですわ」
三人はまっすぐな心の勇者に、覚悟を決めると声を張り上げた。
「「「勇者ユリウスに賛成!!」」」
仲間たちの覚悟を聞いた勇者は、感激して表情を明るくさせる。魔王に一切の太刀打ちができなかったことは、横に置いているらしい。
「みんな……ありがとう!」
「そうと決まれば、メマを魔王から守れるくらい強くならなきゃね」
「そうだな、ノート! 明日から修行をしよう!」
「え~~~!! 十日くらい遊んでからじゃダメぇ……?」
「アリサったらなに言ってんの!? 十日なんて普通に遊びすぎでしょ!」
「うざぁ、子供のくせに大人ぶって……」
「なんだって!?」
「あらあら」
賑やかな勇者一行を、神官長はにこやかに眺める。そこへ、花冠を手にしたメマがやってきた。綺麗にできた花冠を勇者たちに見せに来たメマは、謎に士気が上がった空間で首を傾げる。
不思議そうに見つめるメマの存在に気が付いた勇者は、膝を折りしゃがみ込むと「メマ」といつもの優しい声より少し低い、真剣な声で告げた。
「メマ、僕たちと一緒に行こう」
「……どこに?」
「そうだなぁ……いろんなところ、かな」
「…………」
子供だと思ってきちんと伝えないせいで、メマにはイマイチ意味が伝わっていない。キョトンとした表情のメマだったが、自分なりによく考え答えを出した。
「お兄ちゃんがおむかえにくるまでなら、いいよ」
少し上からに感じるメマの返事だったが、優しい勇者はその真意に気付かず「そうだね」と笑う。
メマにとっては、勇者たちと共に過ごす日々は、兄が迎えにくるまでの暇つぶしのようなもの。しかも相手は誘拐犯、近いうちに兄が助けにくるのは確実だった。
だから、メマは考えた。
兄が自分を救いにくるまで、人間の世界を存分に楽しんでもいいのでは? と。
意外に楽しいこの生活を、メマは謳歌したくなっていたのだ。
「お兄さんが迎えに来るまで、僕たちといよう、メマ」
優しく微笑む勇者にメマはコクリと頷くと、しゃがむ彼の頭へ何かを置いた。
ずっと手にしていた花冠だ。
「これ、くれるのかい?」
「うん」
メマが被せた花冠は、ホワイトクローバーという白い花が紡がれたもの。その純真な姿はまるでメマのようで、悪い意味で純粋な勇者にもよく似合ってしまう。
「ありがとう……大事にするよ」
勇者が嬉しそうに頬を染めるから、やはりメマは『憎めないな』と感じるのだった。
教会の協力虚しく、特に情報を得られなかった勇者一行は、メマを自身らの旅に連れて行くことを決めた後、帰り支度を始めた。
「さぁ、メマ、そろそろ帰ろう」
子供たちと花畑で寝転がるメマに声をかけた勇者は、花弁だらけだなぁ、とまるで自分が兄であるかのように笑う。
「もうかえるの?」
「夕日が差し込みはじめたからね」
同年代の子供たちとは随分仲良くなったようで、メマはなんだか名残惜しそうだ。
「メマちゃんばいばい!」「また遊ぼ〜!」と一緒に遊んでいた女児たちが笑顔で手を振ると、体中に花弁を纏わせたメマも手を振り返した。
残念なことに、メマに心を奪われた男児たちは最後まで声をかけることができず、メマの帰宅を知り後悔に苛まれている。
「メマさん、楽しかったですか?」
「うん。お花ってきれいでおもしろいね」
「うふふ、花の良さが分かるメマさんは大人ですね」
メマの体中に付いた花弁を落とすマリアは、綺麗になったメマの姿を確認すると、そうですわ、と何か思いついたように神官長へ体を向ける。
「神官長、もし宜しければ、最後にメマさんへ祝福をお願いできませんか?」
祝福とは、神官長クラスの神官にのみ使いこなせるという神力だ。神への深い信仰心を持つ人間が『その者が健やかで、幸せであるように』と首に下げた十字架に祈りを捧げることで、その祈りを受けた人間に神の加護が与えられる。
神に選ばれた数名の神官にのみ与えられる能力であり、そのほとんどが後発性だ。ゆえに、祝福が使えるようになったとき、神に認められた者として神官長に出世することが可能になるのだ。
セントリック教会の神官長もまた、その祝福という神力が扱えるのである。
「祝福を授けてくだされば、メマさんもきっと魔王に襲われるようなことはありませんわ」
そう願い入れるマリアだが、メマはべつに魔王に襲われたりなどしない。
「ええ、もちろん。では準備をしましょう」
マリアの頼みを快く引き受けた神官長は、『準備』と言って教会内のとある場所へ勇者一行とメマを案内した。
案内された場所は、聖堂の隣の部屋に位置する白い空間。壁に女神のようなタペストリーが飾られ、その正面にある台座には、美しく透明な水が器に溜めて置かれている。
「祝福を受ける前に、その者が邪悪な存在ではないことを証明するため、聖水に体の一部を浸していただく必要がございます。メマさん、この水に手を入れてくださいますか?」
メマを魔族だとは微塵も疑っていない神官長は、メマの肩を抱き台座の前まで連れて来ると、その水へ手を浸すよう促す。
聖水は瘴気から生まれた魔族の天敵、純粋で清らかな魂にだけ心を許すと言われている神秘の水。
人間は子供が生まれると、その子供が一番美しい魂をした赤ん坊のうちに聖水の試練を受け、祝福を授かるというのが慣例だった。穢れに敏感な聖水は、歳を取り欲望が芽生え始めると、例えまだ純粋な子供であろうと薄く濁ると言われている。
魔族や魔物にいたっては、元が瘴気という穢れそのものであることから、その身を浸すと聖水は強い拒否反応を示し、落雷のような刺激を与え攻撃する……つまり、メマにとっても聖水は天敵なのだ。
「さぁ、メマさん、手を……」
どうぞ、と聖水へ導かれるまま、知識のないメマは何も疑わず手を伸ばした。
魔族歴十年のメマの手は、ゆっくりと聖水へと伸びていく――。




