13
翌日、朝日の眩しさに再び目を細めるメマの手を引いた勇者は、仲間と共に王都ソロモンの西側、セントリック教会を訪れた。
広い王都の中に一つしかないセントリック教会は、中心街に位置するだけあって城のように大規模であった。併設された孤児院もその広さと行き届いた設備、そして様々な地からやって来た数十人ほどの子供たちを保護出来る環境から、巷では『深い神の懐』と呼ばれている。
セントリック教会の正門を潜った面々は神官長を訪ねて、マリアを筆頭に聖堂に入る。
「まぁ、マリアではありませんか」
「お久しぶりです、神官長」
上部にあるステンドグラスから眩い光が差し込む聖堂で、神を象徴する十字架を眺めていた神官長と呼ばれる女性は、マリアを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「突然訪ねてしまい申し訳ありません。急用がございまして……」
「いいえ、気にしないでください。貴女が帰ってきたと知ったら、皆喜びますから」
マリアに対し母のように微笑みを浮かべる神官長は、勇者たちの姿を視界に入れると、丁寧に腰を折って挨拶する。
「勇者様とお仲間の皆さんも、ようこそお越しくださいました」
「神官長、お久しぶりです」
勇者に続き他二名も挨拶をすると、神官長は一人一人に丁寧に頭を下げ、最後メマの姿を確認した。
「あら……」
「……?」
メマを視界に入れた途端、神官長は珍しいものでも見たかのような声を漏らしたが、すぐに微笑みを見せ腰を下ろした。
メマの目線に合うよう地面に両膝を付けたかと思うと「初めまして。あなたのお名前は?」と幼い子供と接する口調で問いかける。
「……メマ」
「メマさんですか。可愛いお名前ですね」
「!!」
初めて他者に名前を褒められ気分がよくなったメマは、神官長への警戒心は早々に解いてしまう。頬をピンクに染めながら、表情は何処か自慢げだ。相棒のようにメマの腕に抱かれる魔王人形も、どこか誇らしげに見える。
「この子は勇者様の親戚の子……というわけではなさそうですね」
「はい。ブラッドフィッシュという滅びた国の子孫かもしれないそうですわ」
「まぁ……」
マリアは勘のいい神官長に、メマの事情と昨日モーリスから仕入れた大昔の国について話す。そして、表情に同情の色を見せる神官長へ本題を切り出した。
「実は、この子のお兄様を探しているんです」
「お兄様?」
「メマさんのたった一人のご家族です。どこにいるかは分かりませんが、行方不明だったメマさんの捜索依頼を出しているかもしれません。ですので、何か情報がないかお調べいただきたいのですが……」
「でしたら、行方不明届の受付履歴を確認してみましょう」
快く情報提供の許可を出した神官長は、素早く部下たちへ指示を出し、自身も履歴の確認に向かう。
ホッとした様子のマリアや勇者たちを見ながら、メマは疑問を抱く。
自分はつい最近、行方不明になったのだが……と。しかしメマが口に出さないせいで、人間たちの誤解は拗れるばかりであった。
そうだわ、と部下たちに続いて聖堂を出ようとした神官長は、振り向いてマリアに提案する。
「履歴の確認には少し時間が必要です。もし良ければ、メマさんを孤児院の子供たちの元へお連れしたらどうかしら? 年齢の近い子も多いので、ただ待っているより彼女も楽しめるのではと思うのですが」
「はい、そういたしますわ」
神官長の提案に頷いたマリアは、結果が分かるまでの間、孤児院でメマを遊ばせることにした。
孤児院の建物に向かう途中、色とりどりの花々が咲き誇る庭園で、走り回る子供たちの楽しげな笑い声が響いた。
「今の時間は自由時間のようですわ」
「本当だ。みんな気ままに遊んでいるな」
訳ありの子供たちを優しく見つめる勇者たちに反し、メマは聞いたことのない子供の笑い声に体をビクつかせ、勇者の後ろへ隠れてしまった。
魔族の国ダークネスでは、子供は生後一年程で成体となる。魔族の体は根本的に人間とは異なるため、人間のように決まった栄養分を摂らなくとも最小限の栄養で体は育つ。成長速度も人間と比べると、驚くほど速い。
しかし、元人間であるメマの成長速度は、純粋な魔族の成長速度とは違い、人間寄りであった。ゆえにメマの周りには幼い子供がほとんどおらず、いるのは優しくしてくれる大人ばかり。子供の笑い声で溢れた空間に居合わせた経験など皆無だった。
しかも相手は人間の子供だ。元は人間だったとはいえ、物心ついた頃から魔族として生きてきたメマにとっては未知の生物である。
初めて相対した無垢な生物を、メマが警戒するのも無理もないことだった。
「メマ?」
自身の後ろに隠れるメマに優しく声をかける勇者だが、人間の子供を恐れるメマの体は固まり、信頼しきった大人の体から離れる気配はない。
「メマは大人しい子だから、少し怖いのかもしれないね」
すぐそばで見守っていたノートが的確にメマの心情を言い当てると、なぜだかすぐに喧嘩を売りたがるアリサはまた不要な言葉を吐いた。
「歳近いんだし、ノートが子供との遊び方を教えてあげればいいじゃない」
あんたも子供なんだからさ、と悪気有りで続けるアリサに、やはりノートは青筋を立てる。
「アリサこそ、五つも歳下の僕よりガキくさいんだから行っておいでよ」
売られた喧嘩をすぐに買うノートと、分かっていて喧嘩を売ったアリサは睨み合う。
いったい何度このやりとりを見ればいいのだろうか……と勇者は頭を抱え、ため息を吐いていた。
そんな三人に気を惹かれたメマが見つめていると、マリアが地面に膝を付き、メマへ目線を合わせる。
「メマさんはおいくつですか?」
突如として問いかけられて、メマは薄く開かれたマリアの瞳をジッと見る。
「……十って言ってた」
「それは『お兄さまが』ですか?」
こくり、と頷いたメマへ、マリアは「そうですか」と微笑みかけると、そのままの優しい声で続ける。
「メマさん、あそこで楽しそうに走り回っているのはみなさん孤児なんですよ。メマさんと同じようにご兄妹がいて、そのご兄妹と生き別れになった子もいます。今のメマさんの寂しい気持ちを一番に理解してくれるのは、きっと彼らです」
諭すように言うマリアは、メマを孤児だと完全に信じきっている。彼らと違い、メマには大好きな家族がいて魔王城という立派な家もあるのだが、よく分かっていないメマは真剣にマリアの言葉を受け止めた。
メマとマリアは、楽しそうにはしゃぐ子供たちを眺めながら、穏やかに会話を続ける。
「……みんな、メマといっしょ?」
「はい、メマさんと一緒です」
「…………」
今は笑っている子供たちを見つめ、メマは何かを思う。メマの体が無意識に勇者の背から出てきたことで、マリアは微笑みを浮かべた。
「同じ境遇の彼らにご自分の不安や寂しさを話してみてもいいですし、逆にメマさんが彼らを癒してあげてもいいのです。メマさんがどのように彼らと関わろうと、きっとすぐにあなたを受け入れてくれますよ」
そう言ってメマの頭を撫でたマリアは、善良な者の魂を持つ神官らしく、実にあたたかな笑みを浮かべていた。
メマはその表情を見ると、なぜだか似ても似つかない兄の微笑みを思い出した。
『お前は、俺の暗闇を灯してくれた蛍のような存在だ』
いつか眠る直前にルシファーが呟いた言葉。
重い瞼に抗えずぼんやりとその言葉を聞いていたメマの額に、愛を込めたキスを落とす兄は、唇を離し目が合うと、緋色のオーラを纏いながら優しく微笑んだ。
いつも強く格好良い兄の、家族にしか見せない柔らかな微笑みを目にしたメマは、『ほたるってなぁに?』という質問をする前に、健やかな眠りに落ちてしまった。まさか、兄と離れ離れになる日が来るとは夢にも思わず。
なんだか少し寂しいような、何かが足りないような気持ちのメマは、マリアの子供たちへ向ける慈愛が兄と重なった。美しい、無償の愛――。
今の自分と同じような心を抱えた子供たちがあの場にはいるのか。そう思ったメマは、勇者の後ろから完全に体を出し、小さな足取りで子供たちの元へ歩きはじめた。
「メマさんは、素直な良い子ですわ」
不安なメマの少し覚束ない足取りを見守るマリアが呟くと、勇者は爽やかな風に髪を靡かせ、同じようにメマを見守った。
「お兄さんがメマを心から愛していたから、素直に育ったんだろう」
「この三日で気付きました。メマさんは愛が『当たり前に与えられるもの』ということを知っています。きっと、たった一人の家族であるお兄さまが何度も愛を伝えたのだと思いますわ」
「素敵なお兄さんだ」
爽やかな風は咲き誇る花々を優しく揺らし、メマとメマを見守る勇者たちへ朗らかな空気を作った。
マリアと勇者の正しいけれど矛盾した発言は、風で遥か遠くまで飛んでいき、誰かの鼻を擽らせるだろう。




