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衝撃的な発言に皆が耳を疑う――が、少しすると冷静になる。
「あぁ、ボケね……なんかリアルで驚いたわ……」
「数百年前に滅びたって言ってたじゃん。この人、まだ生まれてないでしょ」
「冷静に考えたらそうですわね……」
「まったく……しっかりしてくれ、モーリス」
皆がやれやれと息を吐くのを、モーリスは無視して自分語りしはじめる。
「わしはブラッドフィッシュに辿り着く以前から国を転々としておってじゃな、その頃はまだ髪もフサフサのハンサムで……」
「はいはい。ボケはさておき、ブラッドフィッシュの人たちはなんで魚の血を飲んでたの? 臭いじゃない」
軽く流したアリサの最もな質問に、一同ウンウンと頷いている。
「建国したときから妙な宗教が流行っておったんじゃ」
「魚の血を摂取し続けたことで、国民の瞳が赤くなったのか?」
「知らん。血は国民全員が飲んでおったが、わしのように瞳が赤くない者もおったからのう」
「もういいってそのボケ」
ノートの鋭いツッコミが入ったところで、真面目に話を聞いていたマリアが真剣な面持ちでボケ老人へ問いかけた。
「ブラッドフィッシュが滅びた今も、その地の生き残りはどこかにいらっしゃるのでしょうか?」
モーリスの話が本当なら、数百年前に滅びた国の血を有するメマが現代に存在するという違和感が生じることになる。とすればメマの兄とやらも、存在の有無が不確かとなってしまう。マリアはそこが気になったのだ。
しかし、モーリスは至って普通の声色でマリアの疑問を解消した。
「いくら国が滅びたといえど、その血を絶やすことなど出来はせん。わしは長男が王に着いてすぐに国を出たから、生き残りが現代に残っておるかは分からんが、その子供がおるということは生き残りは存在するということじゃろう」
彼の言葉で、マリアはほっと胸を撫でおろした。
「ありがとうモーリス、助かったよ」
有益な情報に勇者が感謝を告げると、モーリスは「良い良い」とまた金を数え始めた。すると、老人の言葉をあまり信じていなかったノートが切り出す。
「……可哀想だけど、今の話でメマが孤児であるという確信に繋がったね」
「ええ……国は滅び、親もおらず、家族はご兄妹だけ……。でしたら、やはりメマさんのお兄さまが教会に助けを求めているかもしれません。明日、メマさんを連れて教会を訪ねてみましょう」
「そうだね。いい情報があることを祈ろう」
話は次々に進んでいき、勇者がメマの様子を窺うため振り向くと、先程まで後ろにいたはずのメマの存在がないことに気付いた。
「メマ!?」
慌てて辺りを見回すと、魔道具の並ぶ棚でとある商品を眺めるメマが視界に映った。よく分からない人間の国の話に飽き、静かに商品を物色していたらしい。
安心しつつ息を吐いた勇者は、魔道具を見つめるメマの方へ歩み寄った。瞳のようなガラスが付いた小型魔道具を、メマは手に取り一生懸命に覗いている。
「それが気になるのかい?」
勇者が膝を折り問いかけると、メマは「これなぁに?」と実に少女らしく質問する。
「画像作成装置じゃ。写した物を即座に絵に残し印刷されるから、画家を呼ぶより早く済むと貴族の間で流行っとるらしい」
質問が聞こえたモーリスが、金を数えながら魔道具の説明をする。そして「数枚撮ってみたらよい」と試し撮りを促した。
興味津々なメマは言われるがまま魔道具を覗き、目の前にいる勇者を画角に収めると、上部にある突起を押した。
すると『パシャリ』という音と共に下から紙が印刷され、そこには先ほど画角に収めたリアルな勇者の姿が絵として写し出されていた。
「おぉ、すごいな」
その画像を見た勇者が思わず声を漏らすと、仲間たちも仕上がりを確認するためメマの周りへ集まった。
「確かに画期的だね」
「絵というより、鏡のようだ」
「残したい『瞬間』を収めることが出来るだなんて、素敵ですわね」
「…………」
それぞれ感想を述べるなか、アリサは画像を見ながら無言になる。別のことを考えているらしく、皆の盛り上がりが落ち着いたころ、脈絡なく呟いた。
「この魔道具でメマちゃんを写したら、天使みたいに可愛い瞬間を多く残せるんじゃない……?」
「「「え?」」」
思いついてしまったアリサの行動は早い。
「ねぇメマちゃん!! 少し着替えましょ!!」
「……?」
よく分からないまま凄い勢いのアリサに腕を引かれ、更衣室へと入れられたメマは、着ていた服を剥がされる。そして慣れた手つきで店の商品である服に着替えさせられた。
一着目、カジュアルな冒険者ファッション。短いデニム生地のパンツに膝までのブーツ、大胆にへそを出し胸元だけを隠す布を巻いた上半身は、子供が着るには些か早すぎる。
――パシャリ。
二着目、王道お姫様ファッション。全身フリルとリボン塗れのワンピース、そして白いタイツに白い靴。白い傘も持たせれば、メマの白い肌が更に白く感じる真っ白コーデ。壁が白ければ溶けてしまう。
――パシャリ。
三着目、先ほどと正反対な小悪魔ゴシックファッション。幾重にも重なった黒いフリルに、胸元で存在感をアピールするでかリボン。全身黒いのでピンクの髪と無表情が際立って、妙な危うさを醸し出す。
――パシャリ。
「あーもう!! 可愛すぎて止まんない!!」
ハァハァと荒い息を吐きながら、画像作成装置のボタンを押し続けるアリサ。
可愛いメマを絵に収めたい衝動に駆られ暴走するアリサを止めたい仲間たちだったが、アリサの着せ替えたメマがあまりに愛らしく、制止が効かないのか皆して天を仰いでいる。
「そんなに撮るなら買っておくれ……」
小さく呟くモーリスの切実な声は彼らの耳には届かず、興奮状態のアリサは勢いで店前に出る。
「この画像を店前に貼り出せば、こんな装置バカ売れよ!」
そう言って、アリサは許可なく店の外壁にメマの画像を貼り付け騒いでいた――。
満足したアリサがようやく画像作成装置を手放すと、着せ替えから解放されたメマの視界に子供向けのおもちゃが映りこんだ。魔王と勇者の人形である。
勇者人形はやはり現勇者であるユリウスの姿で、それはそれは勇ましく凛々しい顔立ちだ。そして一体どのように知ったのか、魔王人形の顔はルシファーそっくりで、鋭い目つきの悪い顔をしている。
だが、メマにとっては最愛の兄である。悪い顔をしていようとも、兄の人形はメマの瞳を釘付けにした。
メマの視線の先にある人形に気付いたノートは、ゲッ……と呟いてモーリスに問う。
「ちょっと、なんで魔王の人形もあるのさ」
皆が憧れる勇者を人形にするのは理解できる。しかし人間に仇なすと言い伝えられている魔王まで人形にして、いったい何になるというのか。誰も買わないから利益などないだろう、とノートは訴える。けれどモーリスは、そんなことはないと主張した。
「人形はそれぞれを戦わせて遊ぶんじゃ。ヒーローの人形だけあっても、その強さを証明する相手がおらんと楽しくないじゃろう。どんなおもちゃも、必要悪というものがある……それに、悪者を悪いものと感じるかどうかは人それぞれじゃ。悪者が好きな子供もおるんじゃよ」
モーリスが説明すると、大人びたノートは「分かんないなぁ……」と不満そうに呟く。
「さぁ、そろそろ帰ろうか」
窓から差し込みはじめた夕日に目を細める勇者が告げると、皆は次々にモーリスへ別れを告げ店を出る。それなのに、メマは勇者の声が聞こえているにもかかわらず、おもちゃの棚から動かない。
「…………」
「メマ?」
改めてメマを呼ぶ勇者は、メマの腕によって大事に抱かれた人形を発見する。目つきの悪い魔王人形だ。
人形を抱いて離さないメマに、勇者は優しく問いかける。
「それ、ほしいのかい?」
「…………」
勇者の問いに、無言のメマは小さく頷いた。
この場に、可愛いメマのおねだりに拒否できるような人間など存在しない。
優しい勇者ユリウスは、気付いたら「これ買うよ」とモーリスへ金を差し出していた。
「札が一枚足らん」
「知り合いのよしみで頼むよ」
「……仕方ないのう」
「ありがとう。代わりに今度、魔道具を買いに来るよ」
勇者らしくない値切りをしたユリウスは、メマの頭をポンポンと撫でた。
「勇者、ありがと」
「ふふっ、いいよ。それより名前で呼んでほしいな」
「……勇者?」
「うーん……まぁいいか、それでも」
メマが勇者をまっすぐ見ると、勇者は微笑みえくぼを見せる。その特別なえくぼが、彼が人々に慕われる理由なのだろう、とメマは幼いながらに考えた。
「……メマ、といったか」
人形を購入した勇者がメマを連れて店を出ようとすると、再び金を数える手を止めたモーリスがメマに声をかけた。初めて彼に名を呼ばれたメマは、不思議そうな瞳でモーリスを見る。
「奇妙な名じゃのう。名の由来は聞いたことがあるか?」
「ゆらい?」
唐突な質問にメマが疑問符を浮かべると、モーリスは「メマという名はどうして付けられた?」と分かりやすく質問し直した。
変なの、と思いながら、メマは昔兄から聞いた自身の名の由来をそのままモーリスへ伝えた。
「赤ちゃんのメマがお豆みたいだったから」
「豆……? うーん……よく分からないな」
聞いていた勇者がその由来について考えていると、モーリスは懐かしそうに小さく微笑んだ。
「あの方らしい安直さじゃ……」
「?」
モーリスの呟いた言葉がどういう意味かは、メマにも勇者にも分からない。しかしメマは、なぜかモーリスに他の人間とは違う感覚を抱いた。
それは、まるで古くからの知り合いに出会ったような、不思議な感覚。
「またね、おじいちゃん」
メマが魔王人形を強く抱き別れの言葉を告げると、モーリスはゆるりと手を振り、そして何かを思い出したかのように勇者を引き止める。
「……そういえば、人形の代金は貰ったかのう?」
「本当にしっかりしてくれモーリス……」
どこか不思議なボケ老人、モーリスと勇者の人形代金支払い有無に関しては、しばらくの間言い合いが続いたのだった。




