プロローグ
はるか昔、自然発生した瘴気から魔王は生まれた。魔王は自身と同じ人ならざる者を集めて国を作り、自身らを魔族と呼んだ。やがて絶えることなく生まれ続ける瘴気で魔族の人口はみるみるうちに増え、次第に国は栄えていった。
そして国を発展させた魔王は、次第に人間の国へ興味を持つようになる。
人間の国には、美しい青空や緑の草花、個性溢れる色鮮やかな食事、季節や土地柄に合わせた催しなど、魅力的な文化が数多く存在する。瘴気に囲まれ、家畜も育てられないほど淀んだ空気と、常に暗い空の下で過ごす魔族よりも、人間たちは遥かに輝いた生活を送っていた。そんな活気のある人間の国に憧れを抱いた魔王は、人間と交流を持てば魔族の国も光の差し込む美しい国へと変わるのではないかと希望を持った。
しかし、魔王が人間の前に姿を現すと、人間たちは皆その異質な姿に恐れ慄いた。魔王の姿形や纏う空気が通常の生き物とは明らかに違うものであることから、恐れを抱いた人間は魔王を攻撃した。あらゆる魔法や武器を使い、魔王だけでなくただ生きているだけの魔族すらも攻撃してくる人間に、争うつもりなどなかった純粋な魔王は絶望した。
争いを望まなかった魔王は同族たちを守るため、魔法を用いて国を目立たぬ地に移動させた。恐怖という感情のままに攻撃を絶やさない人間から、逃げるように。
――暗闇に包まれた国、ダークネス。
瘴気に弱い人間があまり立ち寄れない森林に移動したダークネスは、人間から魔族を守るため、魔王によって特殊保護魔法の結界で覆われた。人間は一度ダークネスへ入ればどのような魔法を用いても外へ出ることが困難となり、一生抜け出せないまま空気中に漂う瘴気によってやがて人ではなくなってしまうのだ。
その魔法は魔力量の消費がかなり激しいことから、魔力に限りのある人間には到底扱えず、解除も不可能。けれど魔族は自由に国を出入りできた。それによって、人間たちの恐怖を煽り、攻撃を止めさせようとしたのだ。
外からの攻撃が止めば魔族の危機は落ち着き、また平和な日々がやってくる。臆病な人間はおいそれと侵入しては来ないだろう、と考えた魔王の策だった。
魔王は自身の治める国と民を、ただ純粋に愛していた。
彼の思惑通り、人間はダークネスへの攻撃を止めた。しかしそれは一時的なもので、しばらくすると再び攻撃し始める。人間に仇なす邪悪な魔王を討ち取るため、というでっち上げの名目で、各国で戦いに長けた人間から一人を選び『勇者』という存在を作り上げると、それをダークネスへ送り、魔王と戦わせたのだ。一度入れば外へは出られないと理解していたにも関わらず、懲りずに送り続けてくるのだから悪く言えば生贄である。
当然、戦いを望まない魔王は各国から攻めてくる勇者一人一人を説得しようと試みたが、人間たちが都合よく歴史を捻じ曲げてしまったために話が通じない。仕方なしに応戦し、相手を殺さず魔族としてしまうことで勝利し続けてきた。
そんなとき、人間の国から逃げてきたという一人の若い男が魔王を訪ねてきた。
とある国の王族だったという男は、信じていた人間に裏切られ、あらぬ罪を着せられ国を追い出されたと言う。もはや人への想いなど朽ち果てた、自分をこの地に住まわせて欲しい……そう頼み込む男を、魔王は「どうせもう外へは出られまい」と容易く受け入れた。
男は数日経つと背に黒い羽が生え始め、人間の頃にはなかった強い魔力をその身に宿した。魔王は魔族となったその男をまるで息子のように世話した。男もまた、そんな魔王に父のように接した。
元人間である男との交流で魔王の人間に対する見方が変わり始めた頃、数年ぶりに勇者を名乗る人間がとある魔道具を持って魔王の前に現れた。『空間移動装置』という特殊な魔石を組み込んだ魔道具は、脱出不可能だったダークネスからの撤退を可能にする代物だ。
自身を『アラステア』と名乗った勇者は、その魔道具を使い、敗北しても隙を見て帰還するという荒業を使って何度もしつこく魔王に挑み続け、最終的に勝利を獲得したのだ。
魔王は勇者によって倒されたことで、可愛がっていた元人間の男に次の魔王の座を明け渡した。
「どこまでも愚かな人間たちだったが、お前のような男もいるのだから、人間が皆愚かとは限らないのだろうな」
そう最後に言い残した魔王が消えると、男はほどなくしてダークネスの新たな王として君臨した。
ようやく魔王を倒し平穏を手に入れた人間だったが、新たな魔王が誕生したことで再びダークネスへの攻撃を始めた。新たな魔王となった男は、戦いを挑む勇者たちを容赦なく打ちのめした。
人間に裏切られた経験のある男は初代魔王のようには優しくなく、勇者たちの息の根を止めることも厭わないという覚悟で戦いを受け続けた。
そうして男が魔王となって数百年後、男は全ての運命を覆す新たな出会いを果たす。
ダークネスの森林に、生きた人間の赤ん坊が迷い込んだのだ。小さな寝息を立て眠る赤ん坊の傍らには、同じく人間らしき亡骸がある。それらを発見した男は、人間が赤ん坊を連れてどこからか逃げてきたのだろうと推測する。
男はその赤ん坊を拾い上げると、魔王城へと連れ帰り、自身の家族として迎え入れた。
赤ん坊の性別は女、魔王が付けた名は――メマである。




