第四話・山賊の塒
山を下り始めた俺は、先ほど見つけた小さな煙の立ち上っていた場所を目指す。
この二日の森歩き、山登りでなれたのか、思いのほか軽快に進む事が出来た。
途中、見つけた果実を齧りつつ休憩する。
爺婆から貰って読んだ本の知識と技能『鑑定』のおかげで、味はともかく食べられる物がはっきり分かるのは地味に助かる。
この山は人手があまり入っていないようで、森の恵みがそこかしこに点在するし、しっかり正体は確かめていないが動物の気配も少なからず存在した。
もう、その気になればこの山の中だけで暮らしていけるんじゃないか?
チラリとそんな事も考える。
「さて、俺の方向感覚と時間感覚が狂っていなけりゃ、夕方にはあの煙の場所にたどり着けるかな?」
手にした果実を齧って捨てると、俺は休憩を終えて立ち上がる。
この世界に来て爺婆以外の人とまともに話が出来るのは初めてだな。
俺は、少しばかりの期待を込めて再び歩き出した。
……
…………
………………
人と話ができる。
そんな期待を持っていた時もありました。
今、俺は周囲を武装した男達に囲まれている。
順を追って話そう。
山下りを再開した俺は、予想通り夕方には目的地だった煙の立ち上っていた場所へとたどり着いた。
そこは山の斜面にぽっかりと穴の開いた洞窟の入り口で、入り口には武装した男が二人、見張りの様に立っていた。
いや、様にではない。
実際、見張りだったのだろう。
久しぶりに人に出会う嬉しさで、俺の注意力が散漫になっていたのも否定しない。
洞窟の入り口付近はここの人達が森を切り開いたのか、開けた広場の様になっている。
その広場と森の境目で、俺は罠に引っ掛かっていた。
罠と言っても、掛かった獲物を捕獲する様な類のものではなく、音を立てて見張りに侵入者の存在を知らせる類のものだ。
とにかく、その罠に引っ掛かった俺は、早速洞窟の入り口を守る見張りの男に気付かれてしまったというわけだ。
「警戒!警戒!侵入者だ!」
洞窟の入り口で警戒の声を上げる男の声に、俺は近付いて声をかける。
「待ってくれ!誤解だ!俺は人間だ!……いや、怪しい者ではないとは言えないが、敵意はない!話を聞いてくれ!」
こちらを警戒して武器を構える男達に、俺は敵意は無いと示すために手を上げながら近付いていく。
すると、続々と洞窟の中から剣や斧で武装した男達が出てくる。
その数は十数人、結構な人数だ。
「何だ、コイツ?化け物!?豚鬼か?大鬼か?」
男達が敵意をむき出しに武器を構えて、洞窟に近付いた俺を取り囲んだ。
「一匹か?この辺りには、豚鬼の群れや大鬼が住んでるなんて話は聞いた事が無いぞ?」
「一匹でのこのこ出てくるとは、馬鹿な奴だ!」
「返り討ちにしてやるぜ!」
俺を取り囲んだ男達が口々に声を上げる。
「おそらくは、群れからはぐれたか追い出された個体だな!よぅし!構うこたぁない!相手は一匹だ!ぶっ殺せ!」
男の一人が声を張り上げる。
それを合図に、俺の周囲を取り囲んでいる男達が一斉に襲い掛かってきた。
俺は、慌てて腰に下げていた鉈を手に取ると、切りかかってきた男の剣を受け流す。
続いて襲い掛かる手斧の男の攻撃を、飛び退いて避ける。
「待ってくれ!俺は戦う気はない!話を聞いてくれ!」
すると、俺の背後から別の男が切りつけてきたので、手にした鉈でその剣を弾く。
(これはヤバい!こいつら、本気で俺を殺すつもりなんだ!クソ!俺はこんな所で殺される気なんてさらさら無いんだよ!)
次々と襲い掛かる男達の攻撃をさばいていた俺は、覚悟を決める。
「先に手を出したのは、お前らだからな!」
俺は、襲ってきた男の剣を払うと手にした鉈を振り下ろす。
「ギャァ!」
振り下ろした鉈が、男の頭をかち割る鈍い手ごたえが手に伝わる。
(くそ!鉈じゃ戦いにくい!)
絶命して倒れ掛かってくる男の手から剣を奪い、その死体を別の男の方へ向けて蹴り飛ばす。
受け身のままじゃ駄目だ。
そう考えた俺は、相手から奪った剣を構えて周囲を囲む男達に反撃するべく踏み出した。
蹴り飛ばされた死体とぶつかって態勢を崩した相手の懐に飛び込み、奪った剣を振るう。
一太刀で相手の首を切り落とし、続けてそばの男に切りかかる。
素早く反撃に出た俺の動きに驚いて棒立ちになった男に、容赦なく剣を叩き付ける。
一撃を受けた男が、絶叫を上げて倒れこんだ。
俺は倒れた男を一顧だにせず、さらに踏み込んで次の相手に剣を振るった。
そうして、襲い掛かってきた男達を全員切り捨てる。
少々の返り血を浴びたものの、俺は大した怪我もなく男達を返り討ちにする事が出来ていた。
「ハァハァハァ……。何とかなったか……」
俺は、戦いの最中に折れた剣を投げ捨てると、周囲に倒れる死体を一瞥する。
正直言って気分が悪いが、殺されるよりはましだ。
そう考えて、嫌な気分を頭から振り払う。
それから周囲を見渡して、他の男達よりマシな服を着ている男の死体に歩み寄る。
他の連中の薄汚れた格好と違い、こいつだけ他より上等な服と武器を装備をしていた。
死体のそばに転がる剣を手に取って、洞窟の方を見る。
よくよく見れば、洞窟の奥から灯りが漏れていた。
この連中は、この洞窟で暮らしていたのだろう。
ならば、生活に必要な物資の類が洞窟の中にあるはずだ。
そう思った俺は、警戒しながら洞窟の中に足を踏み入れる。
中に入ってみると、洞窟の入り口とは違い奥の方は人の手が入っていて歩きやすく整備されている。
入り口には複数の松明が、奥へと続く洞窟の壁には所々にランプが吊るしてある。
洞窟の奥へと進んでいくと、広い空間に出た。
中央には火が焚かれ、そばにはまだほのかに湯気を立てる大きな鍋が置いてある。
天井には穴が開いており、焚火から上がる煙がそこから外に出ているのだろう。
昨日の夕方、俺が見たのはその煙で間違いない。
焚火の周囲にはいくつもの敷物が敷いてあり、少し離れた場所には毛布が丸めて置かれて山になっている。
周囲を見渡すと、奥に続く通路の他に入り口に布を下げて区切られた六つの出入り口があった。
奥の通路の入り口に近付く。
奥にも通路が続いており、壁にはランプがかけられている。
この広間と奥へと続く通路では壁の状態が違う。
広間の壁は自然の洞窟然としたごつごつした岩肌であるのに対して、奥へと続く通路の壁は表面が比較的滑らかだ。
どうやらここの洞窟は、自然の洞窟をさらに掘り進めて住居に改装したものらしかった。
「結構、奥まで続いているな」
チラリと奥の通路と広間の壁に掛けられた布を見比べる。
その布の奥にもまだ続きの通路があるのだろう。
洞窟に入ってからまだ他の人には出会ってないが、さっきの男達の様な者があの布で仕切られた先から出てこないとも限らない。
もしそうなら、このまま奥に進んでそこにも人がいれば、最悪挟み撃ちだ。
その危険があるのに、布で仕切られ奥の確認できない通路を放置しておくのは危険だと思う。
意を決した俺は、手早くそれらの通路を確認する事にした。
手始めに、洞窟の出入り口から一番近い位置にある布で仕切られた通路から順番に、その奥を確かめていく。
最初に入った通路は、すぐに広い部屋になっていた。
部屋の中にはいくつも木箱が置かれている。
俺は木箱の一つに近寄ると、その蓋を開ける。
木箱の中には、瓶がぎっしり入っていた。
そのうちの幾つかを手に取って順に確かめる。
これは、ワインの瓶だ。
俺は、他の木箱に目を向ける。
その中を確認してみると、木箱にはパンや干し肉、乾燥野菜やドライフルーツといった保存食が入っている。
どうやら、この部屋は食糧庫らしかった。
その部屋の内容に安堵した俺は、食糧庫から出ると次の通路に入っていく。
こちらには、様々な武具や幾つもの木箱が収納してあった。
剣や槍、斧や弓といった物の他に盾や鎧もある。
中には血で汚れたと思しき汚れが付いたものなどもある。
おそらく、この部屋はあの男達の武器庫といった所だろう。
その部屋を出て、中央の焚火を挟んで向かい側にある四つの通路も順番に確認していく。
そちらの通路もすぐに部屋になっており、四つの内の二つには、複数のベッドが置いてある。
残りの二つは、ベッドが一つと机と椅子が一組づつ置いてあった。
部屋にはこれといったものは置いておらず、人影もない。
これなら、奥へと続く通路に足を踏み入れてもその後ろから襲われる心配はない。
「よしっ!なら、奥の通路を確認してみるか」
広間から洞窟の奥へと続く通路は、途中で折れ曲がっており先は見通せない。
俺は、慎重に奥へと足を運んで行った。
頼りないランプの灯りに照らされた通路の奥へと進んだ俺は、通路の曲がり角で足を止める。
角の先から通路へ灯りが漏れているのが分かる。
奥には複数の人の気配もあるようだ。
俺は、そっと曲がり角の先の様子を窺う。
その先は布で仕切られており、灯りはその隙間から漏れていた。
その時、布の向こう側から声が聞こえる。
「どうにも報告が遅いな。手下どもは、一体何をしているんだ?」
「なぁ、お前さん、様子を見に行っちゃどうだい?」
「何言ってんだ。そんなに外の様子が気になるってんなら、お前が見に行けば良いだろ?一々俺を使いっ走りにしようとすんな!そうだろ?お頭!」
野太い声としわがれた声、甲高い声と、聞こえてきた男の声は合計三つ。
他に声はない。
どうやら、この布の向こう側に三人いるようだ。
俺はそっと布に近付き、隙間から中の様子を窺う。
「何を言う。儂はここの参謀役だぞ?それこそ、肉体労働はお前さんの役目じゃろ?」
「喧嘩売ってんのか?あっ?やんのか、コラ!」
「おい!二人共やめんか!伝令がないって事は、大した事じゃないんだろ?だったら、そのうち誰かが報告に来るってもんだ!」
しわがれた声と甲高い声が言い争いを始めようとするのを、野太い声が制止するのが聞こえる。
隙間から見えるのは、テーブルを囲んで座るローブの男と体格の良い男だった。
しわがれた声の主は手前に座るローブの男で、野太い声の主は奥に座る体格の良い男だ。
奥の大男がお頭なのだろう。
そしてもう一人、ここからでは見えない位置に甲高い声の主がいるようだ。
さて、どうするか。
幸い、まだ中の男達はこちらに気付いた様子はない。
今なら不意打ちが出来るだろう。
(よし。一気に畳みかけるか!)
覚悟を決めた俺は、一度深呼吸をすると布に手をかけ一気に開く。
その気配に振り向くローブの男と向かい合って座る痩せぎすの男にめがけて、続け様に剣を振るう。
「ギャァ!」
「ギエェ!」
思わず耳を覆いたくなる様な叫び声を上げて、ローブの男と痩せぎすの男の二人は床に倒れ伏した。
俺は、目の前のテーブルを奥に座る体格の良い男に向けて蹴り飛ばす。
「何者だ、テメェ!」
椅子を蹴り倒して立ち上がった男は、テーブルを弾き飛ばして腰の剣を抜く。
俺の顔を見た男が驚いた表情で叫ぶ。
「ばっ、化け物?」
「化け物とは失礼な」
これでも正真正銘本物の人間だ。
「何?喋った!人様の言葉を喋る化け物かよ!」
カチンときた俺は、容赦なく男に切りかかる。
その一撃を受け止めて、男がよろめく。
「クソ!何て力だ!この化け物が!」
俺の一撃を受け止めきれずバランスを崩した相手に、躊躇なく剣を突き出す。
男の胸に深々と剣が刺さり、男は驚愕の表情を浮かべる。
「バッ、バカな……。この、化け、物が……」
ドサリと音を立てて男が倒れ伏す。
しばらくその場で周囲の気配を探る。
今の音に対して、他に増援が現れる気配は無い。
そこまで考えて、俺は息を吐いて緊張を解く。
その時、この部屋の奥、布で区切られた先から微かに音がした。
俺の心に再び緊張が走る。
そっと、部屋の奥の布に近付く。
奥は灯りがないのか、暗くて中の様子がうかがえない。
俺は意を決して、布の仕切りを開いた。
「きゃっ!」
小さく悲鳴が上がる。
薄暗い部屋の中には幾つかの木箱が置いてあり、その横は鉄柵で区切られた部屋、いわゆる牢屋の様な造りになっていた。
牢屋の奥では、四人の年若い女性が身を寄せ合って震えている。
その顔立ちは、四人ともまだ少女と言ってもよさそうだ。
一人は色鮮やかなドレスを着ており、おそろいの地味な格好の衣服を着た三人はその一人を庇う様にしている。
奥に庇われている女性が、か細い声を上げた。
「誰?一体何があったのですか?」
誰?
「貴方は誰なのですか?名を名乗りなさい!」
地味な格好をした三人の内の一人が、震える声でしかしはっきりと俺に問いかけてくる。
名前?
そういえば、俺はこの世界では誰なんだ?
問われた俺は、この世界に転生してからの記憶を掘り返してみる。
生まれた直後に見えた豪華な内装の部屋。
上等な仕立ての服を着た父の姿。
幽閉するためと言い、塔を建設したという財力。
醜いと忌避した俺を殺すのではなく、幽閉してまで世話をさせ続けた事情。
俺を世話してくれた爺婆との会話。
そして、俺を殺しに来た騎士風の男の言った言葉。
それらを総合すれば、俺は相応に高貴な身分の生まれなのだろう。
「名前……」
しかし、俺には自分の名前を呼ばれた覚えが一切ない。
ハッと気づいてステータスを表示する。
よくよくステータス画面を見てみるが、名前の項目は空白だった。
前世の俺には『愛染 存人』という名前があった。
しかし、この世界では名前さえない。
そうか、俺は生まれてから名前さえ付けられずに捨てられたわけか。
何となく悟ったような気分で、そっとステータス画面の名前欄に触れる。
すると、ポップアップウィンドウが開き、名前入力のダイヤログボックスが表示される。
姓名入力欄?
突然の事に呆然とする。
すると、牢屋の中から再び毅然とした声がかけられる。
「ちょっと、貴方!何をボケッとしているのですか?問われたのですよ?名を名乗りなさい!」
その声にハッとする。
そうだ、名前……。
俺は目の前のダイヤログボックスに触れる。
すると、新たに文字入力の画面が開く。
姓と名、二つの入力枠がある。
この世界の俺には、名前がない。
どうするべきか。
少し迷った俺は、姓の欄に『アイゼン』、名の欄に『アルト』と入力する。
そうじゃないかとは思ったが、予想通りに漢字入力はできなかった。
入力を終えた俺は、最後にOKボタンをタップする。
すると、警告メッセージが表示される。
「一度入力すると再入力はできません。よろしいですか?」
その表示に、俺はYESボタンをタップする。
「新たな名前を設定しました」
メッセージが表示され、ステータス画面の表示が更新される。
「アイゼン・アルトじゃないのかよ!」
俺は思わず叫んでいた。
ステータス画面の名前表示には『アルト・アイゼン』と表示されていた。
いや、それなら入力順は『姓・名』じゃなくて『名・姓』だろ!
俺はステータス画面の理不尽さに内心で悶絶する。
その時、先ほど名前を問いかけてきた女性が、今度は怒った様な声で三度問いかけてきた。
「貴方!さっきから、一体何をしているのですか?こちらの問い掛けを無視するなど、無礼にもほどがありますよ?いいから早く名を名乗りなさい!」
彼女達には、俺が表示させているステータス画面が見えていないのか?
とにかく、これ以上怒って騒がれてはたまらない。
それに、身なりといいこちらに問いかけてくる雰囲気といい、彼女達はどこか高貴な身分の令嬢とそのお付きの者達なのだろう。
これ以上、礼を失する態度も問題だろう。
そう思った俺は、小さくため息を吐くと牢屋の前まで歩み寄る。
そして、跪いて彼女たちに目線を合わせながら、名前を名乗った。
「無事か?……いや、ご無事ですか?俺の名前は、アルト・アイゼンだ。……いや、です」
ようやく俺の名前が聞けたからか、それとも俺の態度が良かったからか、牢屋の中の四人から緊張が解けるのが分かった。
「アイゼン家ですか?聞いた事がありませんね。どこの手の物ですか?私達を助けに来たのでしょう?」
先ほどから俺に話しかけてくる地味な服装の女性は、訳が分からないとでもいう様に眉根を寄せて問いかけてくる。
「いえ、この状況は成り行きです。残念ですが、特段、貴方達を助けるために来たわけではありません」
俺がそう答えると、牢屋の中の四人はあからさまに落胆した表情を浮かべる。
「ですが、いつまでも牢屋の中というわけにもいかないでしょう。今出して差し上げます」
そう言って、俺は牢屋にかかった錠前に剣を叩き付ける。
甲高い金属音がして、錠前が壊れる。
俺は、壊れた錠前を外して、牢屋の扉を開けた。
「さぁ、どうぞ」
扉の前を退いて道を譲ると、牢屋の中の四人は恐る恐るという感じでそっと牢屋の外に出てくる。
まず、地味な格好の三人。
よくよく見れば古めかしいメイド服の様に見える。
そして、四人目は色鮮やかなドレスを着た女性。
遠目に見た時も若いと思ったが、四人とも思った以上に若いようだ。
それに四人とも整った顔立ちの美人だった。
そんな事を俺が考えていると、少女達は牢屋の扉をくぐり灯りの下へと出てきた。
そして、顔を上げて薄明りに照らされる俺の顔を見て息を飲む。
一瞬の間を開けて、四人はそろって悲鳴を上げた。
「キャァ!」
「化け物っ!」
「イヤァ!こっちに来ないでぇ!」
「だっ、誰か!誰か、助けてぇ!」
俺は、鼓膜を突き破るかの様な甲高い四人の悲鳴に思わず両手で耳を塞いでいた。




