第二話・生き延びるために
荒い呼吸を繰り返していた俺は、一先ず命の危機を脱したことに安堵のため息を吐いた。
目の前の騎士風の男は、俺を殺すために来たと言っていた。
こんな立派な鎧を着た身分の高そうな男が、絶対に一人で来る事なんかはないはずだ。
そう思った俺は、小さな採光用の窓辺へと近付き、呼吸を落ち着けて外の様子を窺った。
すると案の定、外から複数の声が聞こえてくる。
「おいっ!いつまで待たせるつもりだ!さっさとあの塔の化け物を殺して、屋敷に帰るぞ!」
「申し訳ありません、坊ちゃま。彼はまだ、件の化け物とやらの首を持ち帰ってきてはおりません!」
まだ若い男性と年配の男性と思われる声が聞こえてくる。
窓から顔を出せばその様子も分かるのかもしれないが、下手なリスクを冒すつもりもない。
俺は黙って、外の会話に耳を澄ませる。
「おいっ!貴様っ!俺様は、もうこの領地の領主だぞ?坊ちゃまなどと呼ぶな!領主様と呼べっ!」
「ハッ!申し訳ございません、領主様!」
この塔の下の方からは、ガチャガチャと複数の足音も聞こえる。
どうやら、相手方は複数人、それもこの塔を取り巻く様にいるようだ。
さて、これからどうすればいいものか……。
さっきから、視界の中に映りこむ画面がうっとおしい。
事態は急を要するが、今は目の前に浮かぶこの画面からどうにかするか。
俺は、先ほどから目の前に浮かぶ画面を改めて確認した。
「これは、メッセージウィンドウなのか……。何だ?レベルアップしている?」
その画面には、俺のレベルが10から11へとレベルアップした事が表示されている。
メッセージを確認した俺は、画面を閉じるとチラリと部屋の片隅に目をやる。
先ほどの男をそこの壁に叩き付けて殺した事で経験値が入り、俺はレベルアップをしたらしい。
「何なんだ、この世界は?ここは、PVPで経験値が入るゲームか何かなのか?」
いや、記憶が確かなら、ここは俺の住んでいた世界とは別の異世界。
俺は、神の祝福とやらのおかげで異世界転生してるらしい。
その証拠に『アイテムボックス』と念じると、目の前にぽっかりとした黒い空間が現れるのだ。
この黒い空間の中に、俺がキャラクリエイトをした時に獲得したアイテムが入っている。
中から、転生時に獲得したアイテムを一つ取り出す。
これが、アイテムボックスの中に9個ある事は、これまでの生活の中で確認している。
「これがあっても、この状況を打開する手助けにはならないんだよな」
俺が手にしているのは、転生時に獲得したアイテム、『祝福の鐘』だ。
その効果は、『現在ステータスはそのままに、レベルを10下げる』だ。
今までは俺のレベルが10だったので、効率を考えて使っていなかった。
レベルが11に上がった今なら、このアイテムでレベルを丁度1まで下げられる。
「考えても仕方ないし、せっかくだから使っておくか……」
手に持った『祝福の鐘』を頭上に掲げて振る。
音がするものかと思っていたが、鐘を振っても一切音は鳴らない。
その代わり、鐘を振った直後、キラリと光って鐘が細かな光の粒子となり俺の体に降りかかった。
メッセージウィンドウが開く。
どうやら、無事にレベルダウンしたようだ。
とは言え、これで状況が良くなったわけではない。
その時、外の状況が変化する。
「もういい!俺様は、もう待てん!お前達も、さっさとあの塔に突入しろ!行って、あの塔にいるとかいう化け物を殺して、その醜い首を持ってこい!」
「ハッ!かしこまりました!」
外から、ガチャガチャという複数の慌ただしい足音が聞こえてくる。
「まずいな。連中、この塔に踏み込んでくるつもりか」
様子からして、目的はこの塔にいる化け物、つまりこの俺を殺す事らしい。
俺は、この塔の構造を思い出す。
今、俺がいるのはこの塔の三階、頂上だ。
すぐ下に二階があってもう一つここより広い部屋がある。
そのさらに下、一階は高い天井をした倉庫のような場所になっていた。
外の連中が上がってくるとしたらすぐだ。
とっとと逃げ出したいが、ここからではどうにもできない。
ならば、やることは一つだ。
迎え撃つしかない。
俺は部屋を見渡すと、床に落ちていた剣を拾い上げる。
ずっしりとした鋼の剣だが、思ったよりも軽く持つ事が出来た。
その磨かれた刀身に、くっきりと俺の姿が映し出される。
肩幅のある大柄な体格、ざんばら髪の黒髪、えらの張った四角く大きな顔、剛毛の太く濃い眉、ぎょろりとして吊り上がった大きな黒い瞳、潰れた大きな豚っ鼻、唇は分厚く大きく、笑うと発達した犬歯が見えて牙の様だ。
今まで自分の顔を手で触って確認した事はあるが、こうして改めて見ると確かに化け物だった。
「っと、いけない。早くしないと、俺を殺しに来た連中が踏み込んでくる」
俺は、急いで一つ下の階へと降りて行った。
そこは殺風景な部屋で、粗末なベッドの他には机と椅子が一組置いてあるだけだった。
この部屋も、上の部屋と同様に外を望める小さな窓があるが、どちらにしろそこから出る事は無理だ。
それに、外に出ても周りを囲まれて一斉に襲い掛かってこられたらひとたまりもない。
どう迎え撃つべきか考えていると、階下へとつながる扉からガチャガチャと複数の足音が聞こえてきた。
……
…………
………………
扉が勢いよく開かれて、武装した複数の男達が部屋へとなだれ込んできた。
皆簡素な鎧姿で、その手には短い槍を握りしめている。
男達は部屋に入った瞬間、半円状に広がると槍を構えて室内を見渡した。
「隊長、二階を制圧いたしました!二階には件の化け物はおりません!この部屋には隠れる場所がありませんし、恐らくはこの上の部屋に立て籠っているものと思われます!」
部屋に押し入り周囲を警戒する男達の内の一人が、振り向く事無く大声で報告する。
すると、後から入ってきた鎧姿の男が口を開く。
「よろしい、分かった!すると、アイツも上の部屋に行ったのか。そうであるならば、既に件の化け物とは遭遇しているはず……。なのに何故、アイツは戻ってこん!まさか、化け物相手に不覚を取ったか?情けない奴め!……まぁ、良い。アイツが失敗して死んだというのなら、この私にも出世のチャンスが来たという事。ここの化け物をぶっ殺して手柄とすれば今より出世できる。……良いか、お前ら!化け物はこの上にいるはずだ。心してかかれ!」
「ハッ!」
鎧姿の男の言葉に、警戒態勢の男達が威勢良く返事をする。
そうして、男達が動き出そうとした瞬間、俺は隊長と呼ばれた鎧姿の男の頭上に飛び降りた。
この部屋の天井はそれほど高くはない。
男達が部屋に押し入った瞬間、俺は飛び上がって天井の太い梁にぶら下がっていたのだ。
全体重を乗せて、鎧姿の男の上に圧し掛かる。
「グェプッ!」
鎧姿の男が、くぐもった声を上げて潰れる様に床に倒れる。
ガシャガシャンッという大きな音に、上階へ続く扉を見ていた男達は背後を振り返って呆気に取られている。
その隙を見逃さず、俺は手にしていた剣を出鱈目に振り払っていた。
剣が肉を切る感触、叩き潰す感触が、いくつも俺の手に伝わってくる。
「ギャァ!」
「ウワァ!」
悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。
しかし、俺にはそれにかまっている余裕などはない。
ここでやらなければ、反撃されて俺は殺される。
容赦なく、力任せに剣を振るう。
しばらくして、ようやく俺は侵入者を全員倒していた事に気が付いた。
むせ返る様な血の匂いに、気分が悪くなる。
しかし、レベルアップを知らせるメッセージが表示される事で、かろうじて目の前の惨劇から目をそらす事が出来ていた。
「また、レベルアップしたのか。それも一気に10レベルも……」
レベルアップの影響か、体の奥から力が漲ってくる様な気がした。
これは、チャンスだな。
俺は、素早く『アイテムボックス』を開いて『祝福の鐘』を取り出すと、鐘を振ってレベルを下げた。
それから小窓に駆け寄ると、外の様子を窺った。
「お前達、どうした?早く、化け物の首を持ってこい!いつまでもこの俺様を待たせるな!今日の夜は舞踏会があるのだぞ!舞踏会に、主催者であるこの俺様が遅刻などするわけにはいかんのだ!さっさとせんか!この役立たずのウスノロ共め!」
若い声だったが、全くひどい物言いだ。
親の顔が見てみたい。
などと考えている間にも、階下へ続く扉の方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
振り返って部屋の惨状を確認する。
これでは、またこの部屋に相手を誘い込んで不意打ちするという手は使えそうにない。
やむなく、俺は階下へ続く階段へと足を踏み入れた。
しかし、階段をわずかも降りる間もなく、武装した相手と鉢合わせてしまう。
「うおぉ?こっ、この化け物め!」
その男は、俺の姿を見るなり手にした槍を構えて突き込んでくる。
俺は、慌てて手にした剣で鋭い槍の穂先を受け流し、返す刀で男に切りかかる。
まともに剣を受けた相手が、血飛沫を上げて倒れこみ階下へ転がり落ちていった。
その後を追う様に、俺も階段を駆け下りる。
しかし、数段下った所でまたしても武装した男に鉢合わせる。
その後ろには、男に続くように階段を上がってくる男達の姿があった。
俺は、無我夢中で槍を避け、剣で切りかかり、次々と階段を上ってくる男達を切り伏せていく。
そうして何人切り捨てた事だろうか。
一階まで下りた俺は、周囲を確認する。
今の所、ここには他に人はいない。
それまでの戦いで再びレベルアップしていた俺は、三度目となる『祝福の鐘』を取り出して使用する。
それから、外につながる扉のそばによって、そっと外の様子を窺う。
まだ、外には人の気配が複数あった。
塔の出入り口を遠巻きにして見張っているようだ。
しかし、外の連中にこれ以上塔の中に踏み込んでくる様子はない。
その時、またしても外から声が聞こえてきた。
「ええい!あれだけの人数で踏み込んでおいて、まだ化け物の首が取れんというのか!」
苛立たし気に怒鳴る身なりの良い若い男に対して、何やら話しかける相手がチラリと見えた。
その人物は、丈の長いローブを着込みフードを目深に被っており、その顔はうかがえない。
ローブの人物が、塔の方を指さして何やら言っている。
「そうか!塔に入って駄目ならば、破壊してしまえば良いのだな!いくら化け物と言っても、住処の塔が崩壊すればどうしようもあるまい!よしっ!良いぞっ!さっさとやってしまえ!」
身なりの良い若い男の方が、興奮した様に塔を指差してローブの人物に指示を出す。
ローブの人物は、身なりの良い若い男に一礼すると、塔に向かって両手を掲げる。
その手には、曲がりくねった杖の様なものが握りしめられている。
何をするのかと様子を窺っていると、ローブの人物がしわがれた声を張り上げた。
「これより、魔法でその塔を破壊する。入り口を固めている兵士は退避せよ!」
魔法?
あのローブの奴は、魔法使いか!
俺が息をひそめて見守っていると、ローブの男から何やら言い知れない力の様なものを感じる。
次の瞬間、ローブの男が声を張り上げた。
「岩弾!」
ローブの男の頭上に、いくつもの岩の塊が出現し、男が手を振り下ろすとそれを合図にしたかのように塔をめがけて飛んでくる。
「おわぁ!」
俺は慌てて床に伏せた。
轟音が轟いて塔が揺れ、粉塵が舞う。
いや、揺れただけではない。
崩れた石の欠片が俺の頭上に降り注ぐ。
俺が顔を上げて部屋の奥に目をやると、壁にはぽっかりと大穴が開いていた。
「やばい!崩れる!」
とっさに俺は、破壊された入り口から身を躍らせて外に転げ出した。
少し遅れて、背後の塔が音を立てて崩れていく。
舞い上がった砂埃が落ち着くと、俺の周囲を槍を構えた男達が取り囲んでいた。
「おぉ!出てきたな、化け物め!よくも今まで、のうのうと生きてきたものだ!ここでこの俺様が成敗してくれる!爺、やれっ!」
爺と呼ばれたローブの男が杖を構えて声を上げる。
「皆の者、油断はするな!逃げられぬように取り囲め!」
ローブの男の号令に、槍を持った男達が俺の周囲を取り囲む様に散らばっていく。
すると、再びローブの男から得体のしれない力を感じる。
「雷撃!」
ローブの男が叫ぶと、俺の目の前にいた男達がサッと場所を開ける。
その直後、ローブの男が掲げる杖から眩い光が迸った。
俺はとっさにその場を飛び退る。
瞬間、俺のいた場所を光が舐めるように走った。
バリバリッと空気が震える音が響く。
「ぬぅ!感の良い化け物め!ならば、これはどうだ!火球!」
今度は、炎の塊が飛んでくる。
炎の塊は俺のそばに着弾すると、爆音を立てて燃え広がる。
とっさに身を投げ出した俺を、炎と衝撃が襲う。
(熱い、痛い!)
地面を転がった俺が立ち上がるのを見て、周囲を囲む男達から動揺したような声が上がる。
(このままじゃ、やばい。あの魔法使いをどうにかしないと!)
ローブの男が三度手を振り上げる。
それを見た俺は、手にした剣を逆手に持ち替えて振りかぶると、勢いよくローブの男に向けて投げつけた。
狙い過たず、投げつけた剣がローブの男の胸に突き刺さった。
胸を貫かれたローブの男がよろよろと後ずさったかと思うとドサリと倒れる。
すぐそばで血を流して倒れる男の姿を見て、身なりの良い若い男が悲鳴を上げる。
「ヒィィ!だっ、誰か!誰か、助けろ!」
「領主様をお守りしろ!」
「逃げろ!」
「撤退だ、撤退!」
槍を持った男達が、身なりの良い若い男を庇う様にして後ずさっていく。
身なりの良い若い男をそばに止めてあった馬車に押し込み、繋いであった馬に鞭を入れる。
馬は一声嘶くと馬車を引いて走り出す。
槍を持った男達は、こちらを睨み付けながらも足早に後ずさり、距離が開いた所で一目散に馬車の後を追う様に走り出した。
俺は、しばらくの間注意深く周囲に他に敵がいないか確認し、やがて緊張を解くと男達が去って行った方角に目をやる。
俺のいた塔は、森の中に切り開かれた広場のような場所に立っていた。
襲撃者達の姿はもう見えない。
さて、これからどうするべきか……。
ここには、もういられない。
どのみち塔は崩れてしまい、住む場所はないのだ。
それに、襲撃者達の去って行った方向には、気がかりな事がある。
俺は意を決すると、馬車の消えた方角へ向けて歩き出したのだった。




