第一話・始まりの日
目の前に突き付けられた冷たい鋼の輝き。
冷たく硬い石の床が体温を奪うのか、底冷えする寒さが全身を襲う。
否、この寒さは床の冷たさではない。
命を脅かされる恐怖が感じさせる極寒の寒さだ。
「坊ちゃま、どうかお覚悟を願います。……奉じた主のお子様を手にかけるのは不忠であるとは重々承知。しかし、これも我が新たなる主様のご命令。本来であれば、貴方様こそを主と仰ぐべきである我が身の不明は、恥じ入るばかりでございます。恨むのであれば、御父上ではなくどうぞこの私めを……」
俺はみっともなく床にへたり込み、目の前で剣を突き付ける立派な鎧を着こんだ騎士らしき大男を見上げていた。
厳格そうな厳つい顔には、苦渋の表情が浮かんでいる。
男は小さく息を吐くと、突き付けていた剣を振りかぶる。
それを見た瞬間、俺の脳裏には走馬灯の様にこれまでの事が思い出されていた。
……
…………
………………
フワフワとした奇妙な浮遊感。
見渡す限りの白一色の世界で、俺は目覚めた。
「ここは……一体、どこだ?俺は、どうなったんだ?」
ぼやけた思考で、何があったのかを思い出そうとする。
いつも通りブラックな職場でこき使われて、クタクタになって深夜の帰宅。
帰りの途中のコンビニで買ったビールとつまみが、俺の人生の唯一の楽しみだと言っても良い。
残業続きで疲れた体を引きずる様にして家路へ急いでいた俺は……。
俺は、その後どうした?
記憶が混濁した様に、肝心の事が思い出せないもどかしさを感じる。
「迷える者の魂よ。残念ながら、不幸にも貴方は死んでしまいました。ですが、喜びなさい。幸運にも貴方は神に選ばれて、その祝福を受ける機会を与えられました。神の祝福を受けて新たなる世界に転生し、そこで人生を全うしなさい」
その時、辺りに響く様などこから聞こえてくるかも良く分からない『声』が聞こえてきた。
(はっ?えっ?死んだ?転生?)
俺の思考を読んだかの様に、その『声』は続ける。
「そうです。不幸な事故で、貴方は死にました。しかし、貴方は神の祝福を受ける栄誉に選ばれたのです」
『声』がそう言うと、目の前に突如としてスクリーンの様なものが浮かび上がった。
鈍く光る画面には、名前やレベル、能力値、特徴、技能といった表示がある。
「何だ、これは?」
俺の疑問に答えるためなのか、どこからともなく再び『声』が聞こえる。
「貴方が認識し易い様に、神の祝福を具象化しました。目の前の画面をご覧なさい。その画面を操作して、貴方が望む姿を形作るのです。それが、貴方への祝福となるでしょう」
そう言ったきり、『声』は聞こえなくなった。
俺は、じっと画面を凝視する。
『声』の言う通りなら、この画面を操作して祝福とやらの内容を決めるようだ。
画面をよく見ると、色々な項目の浮かぶ画面の右下に『未使用CP:150』という表示があるのを見つけた。
俺に分かりやすく具象化したと言うが、これはなんというかまるでゲームのキャラクリエイトのような画面だ。
……確かにゲーム好きの俺には、都合が良いのだろう。
友達付き合いもなく、週末の休みに酒を飲みながらゲームに没頭するくらいしか楽しみの無い俺にとって、この画面は確かに分かり易い。
俺は画面に手を伸ばすと、試しに名前欄に手を触れる。
……いや、反応が無いじゃないか。
肩透かしを食らった気分で、その下の『レベル』の項目をタップしてみる。
すると、項目が光ってダイヤログボックスが開き数字の入力画面が現れる。
試しに適当な数字を入力する。
すると、入力した数字がステータス画面に反映されて、右下の未使用CPがマイナス表示で真っ赤に染まる。
「何だ?未使用CPの表示が赤くなったぞ。……これじゃ、駄目って事なのか?」
未使用CPの表示の隣にあるOKボタンが、グレーアウトしている。
レベルの項目を元に戻すと、未使用CPの赤い表示が元に戻る。
次に能力値の項目をタップしてみる。
能力値表示が白く輝き、『10』という数字の横に上下ボタンが表示された。
能力値はSTR・VIT・DEX・AGI・MND・HP・MPの七種類だ。
こちらも色々と数値を弄って試していく。
しかし、まだ確認していない項目もあるので、数字は元に戻しておいて次の項目に目をやる。
続いては、『特徴』だ。
項目をタップするとウィンドウが開き、画面一杯に様々な名前の『特徴』リストが表示される。
各特徴の名前の左側にはチェックボックスが表示され、ウィンドウの右端はスクロールバーになっている。
とりあえずウィンドウを開いてみて、まず目に入ったのが二つ、『女神の祝福セット:50CP』、『選ばれし勇者セット:100CP』だった。
「何だ、この二つを選んだら、未使用CPを使い切るじゃないか」
そもそも、セットと書いてあるが、セット内容が何かが分からない。
表示さている項目を試しにタップしてみると、チェックボックスにチェックが入る。
もう一度タップするとチェックが外れる。
『女神の祝福セット』であるとか『選ばれし勇者セット』という名前には惹かれるものがあるが、内容が不明なのがちょっと怖い。
何とか内容が確認できないものかと試しにダブルタップしてみたが、変化はない。
「いや、内容が分からないとか、仕様が不親切じゃないか?」
タタタタタッと連続でタップしてみる。
すると、唐突に別ウィンドウの表示がポップアップしてくる。
「おっ?表示が出た!ってか、何タップすれば良いってんだよ!」
不親切な仕様に憤慨しながらも、新しく開かれたウィンドウを確認する。
「何々……。女神の祝福、容貌:美形、美声、意志の強さ:強い、不運、不幸な生い立ち、救世の使命、数奇な運命、……なんじゃ、こりゃ!?」
表示された『女神の祝福セット』の内容に愕然とする。
前半四つは良いとして、後半四つは良い事無いだろと思う。
それぞれの項目にチェックが入っているので、試しに後半四つのチェックを外してみる。
すると、『女神の祝福セット』の必要CPの表示が激増した。
「あぁ、なるほど。有利な特徴と不利な特徴で相殺してもCP消費が残るってわけか……。こりゃぁ、『選ばれし勇者セット』ってのも、油断できねぇな」
試しにそちらも確認してみる。
……案の定だ。
そのまんまの『選ばれし者』は良いし、『容貌:美形』とか『意志の強さ:強い』、『勇猛果敢』なんかも、順当な所だろう。
『救世の使命』も勇者っていうだけあって、可笑しくはない。
『強大な敵』があるのも、納得だ。
しかし、これはいただけない。
『不幸な生い立ち』や『数奇な運命』は『女神の祝福セット』と同じだが、『悲劇的終焉』は嫌すぎる。
それでいて、必要CPは『女神の祝福セット』よりも重いのだ。
「さすがに、この二つは無いな……」
他にも『災厄の魔王セット』だとか『破滅の悪魔セット』とか書かれたものもあるが、論外だ。
せっかく神の祝福を受けて転生できるって言うのに、そんなものになってたまるか。
とりあえず、他にどんな特徴があるか確かめるのが先か……。
スクロールバーを操作して、リストを上から下まで順番に確認していく。
「やたらと色々な種類があるな……ん?」
気になったことがあり、リストをもう一度頭から確認していく。
……無い、……無いぞ?
『選ばれし勇者セット』に含まれている『武芸の才能』と『魔法の才能』が見当たらない。
他にも、『女神の祝福』や『選ばれし者』なども、このリストの中に無かった。
「どういう事だ?特別な『特徴』だから、単独では選べないって事か?」
画面を見ながら、しばらくの間考える。
そんな時、ふと変な事に気が付いた。
開いている画面のデザインが妙だ。
画面の左上、『特徴一覧』と書かれた部分が、まるでネット閲覧時のブラウザのタブの様に見えてきたのである。
ちょっとした思い付きだったが、『特徴一覧』と書かれた部分の右横をタップしてみる。
まぁ、予想通り変化はない。
しかし、『女神の祝福セット』の内容を開いた時だって、連打したら開いたのだ。
ここも、そういう仕掛けになっていないとも限らない。
タタタタタッ……。
「やっぱり、開いた!って、この画面、タブ表示なのかよ!」
あまりに予想通りの反応で、思わずのたうち回る。
「あぁ、って事は、こっちの『能力値』もあっちの『技能』も、これと同じ仕様か?」
試してみると、どちらの画面にも別タブがあった。
『能力値』画面の別タブには『成長率設定』が、『技能』画面の別タブには『技能熟練度補正率』が存在した。
「なるほど……。能力値は、直接数値を増やすよりも成長率を弄る方が効率が良さそうだな。技能も数が多いし、個別に取得するより技能熟練度補正率を上げておいた方が後々有利そうだ」
そうなると、特徴の種類が多い事に比べて、能力値や技能は考える事は少なくなる。
とりあえず、特徴をどうするかを重視した方が良いだろう。
そう考えて『特徴』画面の別タブを確認する。
すると、予想通りに『女神の祝福』や『選ばれし者』といった特徴がリストに載っていた。
中でも驚いたのが、『アイテムボックス』だ。
これって、技能じゃなくて特徴だったのか。
「アイテムボックスか……。これは、欲しいな」
チェックを付けても、CPは対して消費しない。
それどころかチェックを付けただけで、驚くような効果があった。
何と、新たに『アイテム』という項目が出現したのだ。
早速、新たに出現した『アイテム』の項目を確認する。
そこには、いかにもファンタジーゲームに出てきそうな様々なアイテムの一覧が表示されていた。
もちろん、別タブがあるのも確認済みだ。
その別タブにある『神授の聖剣』とか、想像するだけでも気分が上がると言いたい所だが、消費CPを考えると選択肢にも入らない。
そこまで考えて、『特徴』画面の別タブに戻る。
改めて、画面に表示されるリストを見ていて、ある事に気付いてしまった。
「『前世の記憶』って特徴があるのか。……ウン?これが、別タブって事は……、ヤッベェ!これに気付いてなかったら、せっかく転生しても俺の記憶なんて無くて、転生の意味が無いじゃんかよ!」
この特徴には『記憶開放時期設定』というものがあり、その設定によって前世の記憶が蘇る時期と必要CPが異なった。
デフォルトの消費CPは-40CP、記憶開放時期は100歳だった。
確かに、その年齢で記憶が解放されてもな。
それでは、かえって罰ゲームみたいなものだろう。
0.5刻みに変動する消費CPが0になるのは20歳だが、それでも遅い。
結局、記憶開放時期は0~3歳までの間というのが最低だったので、とりあえずそれを選択してチェックを入れる。
これは、それほど消費CPが多いわけでもない。
他には、『武芸の才能』と『魔法の才能』にもチェックを入れる。
こうして他の特徴を吟味していって、キャラクリエイトを続ける。
「よし!出来上がった!……まぁ、こんなもんだろう」
結果、出来上がった俺の『設定』は、次のような感じだ。
レベルは10で、経験値補正率は200%。
これはレベルアップに必要なCPが1Pで済む値であり、レベル11から一気に必要CPが10Pに増加する事、経験値補正率のが高い方が転生してから有利に働くと考えた事からこの様にした。
続いて、能力値はデフォルトのままで各能力値の能力値成長補正率を200%に設定した。
キャラクリエイト時のレベルアップでも影響があったから、かなり効率が良いだろう。
さらに、技能も熟練度補正率を200%に設定する。
これらの補正率はその上昇率設定に対して必要CPがかなり少なく、また各値の設定上限でもあったのでこうなった。
ただ、能力値とは違って、技能には無視できないもの、どうしても欲しいものが二つあった。
それが、『前世知識』と『鑑定』の二つだ。
『前世知識』が技能としてある以上、前世の記憶があるだけでは意味が無いのだろう。
他にも『鑑定』は、これから転生する異世界についての知識が無い以上は、ぜひとも欲しいと考えていた。
さらに特徴では、絶対に外せない『前世の記憶』の他に、『ステータス表示』『武芸の才能』『魔法の才能』『意志の強さ:強い』『勇猛果敢』『鋭敏感覚:鋭い』『幸運』『美声』といった有利な特徴を厳選した。
ただ、それだけではCPが足りないので、よくよく悩んだ結果、『容貌:醜悪』『初期財産:どん底』『初期社会的地位:どん底』『不幸な生い立ち』『数奇な運命』という不利な特徴も取得していた。
『幸運』は『不幸な生い立ち』『数奇な運命』といった不利な特徴に対抗する意味で、『美声』は『容貌:醜悪』を取った事に対するせめてもの抵抗としてだ。
『初期財産:どん底』も『初期社会的地位:どん底』も『初期』とついているだけなので、転生後の活動次第でどうにかなるだろうという思惑もある。
他にもリストには不利な特徴はあったのだが、どれも獲得できるCPの量に対して直接的なデメリットが大きいと思えたのだ。
そして、余ったCPを使って『アイテム』を獲得する。
とは言っても、大したCPが残っているわけではない。
『アイテム』画面のタブにあるものは、一見しただけでゲームなら大きな街であれば手に入りそうな物にしか思えなかった。
別タブにある中では、『神授の聖剣』などは必要CPが重すぎて獲得不能だった。
その中で、別タブのリストの最後に記載されていたアイテムが目に留まる。
そのアイテムの名前は、『祝福の鐘』だった。
必要CPは1個1CP、所持上限は最大9個まで取得できた。
その効果は、『使用者の現在ステータスをそのままに、レベルを10引き下げる』というものだった。
転生先の異世界はレベルの概念がある様なので、このアイテムの効果は取得に必要なCPに対して破格の性能だと思えた。
キャラクリエイト時のレベルが10なので、1レベルだけレベルアップすれば効果を最大限まで引き出せるという寸法だ。
ここまで考えてキャラクリエイトを行った所で、相当な時間がかかっていたのだろう。
俺は軽い疲労感を感じながらも、未使用CP欄を見てCPをすべて使い切った事を確認する。
こうして俺は、確かな満足感を覚えながらOKボタンをタップする。
その瞬間、俺の視界は暗闇に支配されたのだった。
……
…………
………………
そこで、俺の意識は現在に戻る。
目の前では立派な鎧を着た大男が、その手の剣を振りかぶっている。
俺は、とっさに頭を下げて床の上に身を投げ出した。
直後、ブォンッという風切り音がしてガツンと硬い物がぶつかり合う音がする。
その音に背後を振り返ると、男の持った剣が俺の横にあった木の机の脚を叩き切っていた。
机が音を立てて倒れる。
その音に我に返った俺は、奇声を上げながら目の前の男に体当たりを仕掛けていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ぶつかり合う俺と大男。
硬い金属に顔をぶつけた痛みを無視して、ぶつかった衝撃でよろめく相手の腰に手を回しそのまま思いっきり勢い良く向かいの壁まで押し込める。
ドカンと勢い良く壁にぶつかった俺は、みっともなく尻餅をついてひっくり返った。
「ハァハァハァ……」
俺は、荒く息をつきながら相手を見上げて息を飲む。
相手は壁の途中で引っ掛かった様な変な姿勢で止まっている。
その目は虚ろで、既に何も映してはいない。
その時だった。
俺は、男の足元に赤黒い水たまりが広がっている事に気が付いた。
「……これは……死んだのか?」
確か、俺のぶつかった壁には灯りとなるランプを吊り下げるための鉤が設置してあるはずだ。
それはちょうど、目の前の男の頭の後ろ辺りで……。
「うっ、うわぁぁぁ!」
情け無い声を上げて、這いずる様に後ずさる。
その時、俺の目の前の空中に突如として画面が開き、メッセージが表示された。
「……はレベルアップしました」
これが、異世界に来てからの俺の人生が動き始めた瞬間だった。




