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22.ヴァリス

「やはり、ここの方が落ち着くわね……」



 宴会場をあとにしたヴァリスは少し離れた広場でひとりたたずんでいた。その手にはアルコールの強めの蜜酒がある。森の草花から採取した蜂蜜を発酵させたエルフ の秘蔵のお酒でありお祭りでした飲めない貴重なものだ。

 形の良い唇で、コップに口をつけて、嬉しそうにほほ笑む。



「やはりおいしいわね……人の里ではいつも仕事終わりにいつもお酒を飲むらしいけど、健康には悪くないのかしら……」



 はるか向こうでは、人間とエルフの騒いでいる声が聞こえてくる。そして、その中には妹のアニスの元気な声も混じっていて……胸がわずかにずきりとするのを覚える。



「きっと選ばれるのあの子でしょうね……これまでもずっとそうだったもの」



 ヴァリスとて、本当はあの宴会の中にいるつもりだった。一人は好きだが、皆で騒ぐのもそれなりに好きだし、一緒に勝利を選びたいという気持ちだってある。

 だけど、彼女はきいてしまったのだ。


 父が私かアニス、どちらかを里の外に連れて行ってくれないかとフェインさんたちにたのんでいたのを……

 そう、どちらか一人だけを……


 フェインとジークと一緒に行動したのは数日だが、とても楽しいものだった。どこか危ういところもみせるが、心優しく、強いフェイン。そして、そんな彼を男装で正体を隠しながら、仮面越しでもわかるくらい時折つらそうに見つめながらも鼓舞するテレジア。

 あの二人と一緒にエルフの里に出て冒険すれば何も……そう、『七大罪』だってこわくない。そう思えた、だけど……



「大丈夫よ。選ばれないことには慣れているもの。父さんたちも私よりアニスを可愛がっているしね……」



 彼らが選ぶのはアニスだろうと確信をもっていえる。自分とは違う圧倒的な戦闘の才能に、自分とは違う誰とでもすぐに仲良くなれる性格。

 ああ、選ばれるのも当然だ。ましたやフェインは影の英雄として勇者が手の届かない『七大罪』を倒すという。ならばアニスこそ仲間にふさわしい。



「ねえ、あなたはエルサールとは違うっていってくれたけど、私も結局同じなの……勇者にあこがれたけど、本物を前にして心が折れたのよ……」



 目の前で才能の違いを見せつけられたのだ。勇者のようになりたいという願いなんてとうの昔に砕けていた。あったのは姉としての意地だった。

 失望されなくて……そんなかっこ悪い理由で自分は訓練を続けていただけに過ぎない。

 胸が苦しくなるのをごまかすように蜜酒を飲み干す。だけど、なぜかちっとも酔えずにむしろ涙があふれてきそうで……



「あ、ヴァリスさんやっと見つけた。話があるんだ」

「きゃっ!!」



 そんな時に声をかけられたものだからヴァリスは思わずかわいらしい声をあげてしまう。


 なんで彼がここにいるのよ!? もしかして、泣きそうになっていたところを見られた? 私のクールなイメージがぁぁぁぁ……

 内心動揺しながら冷静を装って彼にからかうような笑みをうかべて話しかける。



「どうしたのかしら? 酔い覚ましにしては随分と遠くまできたのね。今夜の主役は英雄であるあなたなのよ」

「それをいったら、ヴァリスさんもでしょ。だいたい英雄は俺だけじゃない。みんなが頑張ってくれたから勝てたんだ」



 まっすぐとこちらを見つめるその瞳から本心からそう思っているのだとわかる。アンドラスを倒せたのは彼の力がもっとも高かったというのにだ……

 まさに伝説の勇者様にふさわしいわね。



「そんなことよりもヴァリスさんにお願いがあるんだ」

「……何かしら? 悪いけど、エッチなことはさせないわよ。酔っているからってそんな安い女じゃないもの」

「なっ……そんなことを頼むはずないでしょ」



 うん、知っている、それにヴァリスもそういう経験はないからいざたのまれてとても困る。

 まじめな彼は姉である私にもアニスを連れて行くことを言ってくれるつもりなのだろう。

 とはいえ軽口で、そらすのも限界だろう。彼を見送る覚悟を見つめる。



「ヴァリスさん……俺はこれから勇者とは別で『七大罪』を倒しに行こうと思う。それでね……ジークはとある事情があっていついなくなるかわからない。だから強力な仲間がいるんだ」

「……そう、言いたいことはわかったわ。エルフの魔弓は強力ですもの。あなたの力にきっとなると思う」

「いいの……危険な旅になるよ?」

「ええ、そんなに私に確認しなくても大丈夫よ、だって、ずっとエルフの里の外にでたがっていたもの」



 アニスは元々こんな狭い里に収まる器ではないと思っていた。彼と一緒ならば安心だろう。きっとここにも彼らの活躍は聞こえてくるはずだ。


 胸が……ずきずきとする。


 そんな彼がなぜか手を差し出してくるものだから、私は今にもつらくて泣き出しそうな表情を取り繕って、その手を握る。

 あれ、でも今の会話の流れで手をつなぐのっておかしくないかしら?



「これからはよろしくね……それでさ、パーティーを組むんだから、俺のことはフェインって呼んでくれるとうれしいな。そのかわりヴァリスって呼んでもいい? 俺の親友がいっていたんだよね。そっちの方が連帯感が湧くってさ」

「ええ、いいわって、え、私と組むの? アニスじゃなくて? なんで?」



 予想外の言葉に思わず間の抜けた声をあげてしまった。すると彼が困惑の表情で尋ねてくる。



「え、なんでって……さっき誘ってオッケーしてくれたよね?」

「そうじゃなくて、なんで私なのよ!! あなただってわかってるでしょう? アニスの方が強いし、人望もある。七大罪みたいな強敵と戦うならあの子の方が役に立つわよ!! 私にはあの子みたいな才能はないの……あなたはあの子を選ぶって思ってたから……そこにいたら祝福できないとおもったからここに逃げていたのに……」



 予想外の展開にヴァリスは本音を漏らしてしまい、羞恥のあまり逃げ出そうとするもつかまれている手がそれを許してくれない。



「知ってるよ。君よりもアニスの方が強いってことは知っている」

「だったらなんで……」

「それでも君は強くあろうとしたからだ。君の魔矢を受けた時思ったんだ。エルサールをなんか比べ物にならないほどの精度と制御力はそれでも努力してきた証明だよ。俺はアニスさんのように才能にあふれていて、活躍する人もすごいと思う。だけど、それ以上に目の前に本物がいてもあきらめず努力する人の方がすごいと思うんだ」

「な……」



 アニスよりも自分のほうがいい……ずっとほしかったその言葉に思わず顔が赤くなり、胸がドクンドクンと激しく動いていく。

 

 いや、わかってるわよ。たんに仲間に誘ってるだけだって……でも、こんなのプロポーズみたいじゃない!! 


 それにずっと探していたのだ。自分が必要だと言ってくれる人を……妹のかわりではなく自分を欲しいと言ってくれる人を……



「でも、そうだよね……フェアじゃないな……あとで話そうと思ってたけど、俺も隠していたことを言う。俺は本当は勇者なんかじゃないんだ。偽物なんだよ」



 申し訳なさそうに笑みを浮かべるフェインの顔には見覚えがあった。自分がよくアニスのことを話すときと同じだったからだ。



「俺は本当の勇者の……ジークの代わりをしようと頑張っていただけなんだ……」



 それは衝撃的な話だった。目の前の青年は事故にも近い勇者の死に責任を感じて必死に頑張ってきたのだ。どれだけの絶望があっただろう。どれだけの苦難があっただろう。

 それで本物の勇者といわれるようになったのだ。それは本物よりも本物だった。


 その話を聞いてヴァリスがおこなったのは一つの行動だった。

 彼を思いっきり引き寄せると抱きしめて、まるで子供をほめるかのように頭をなでる。



「ちょっと、ヴァリス!?」

「頑張ったわね、フェイン……あなたはすごいわ。まるで物語の勇者みたいよ。だって、あなたはちゃんと七大罪を二人も倒したんでしょう」

「あ……あ、俺は……そうだよ、頑張ったんだ……俺は俺なりに頑張ったんだよ。だけど、勇者にはなれなくて……」



 まるで子供のように泣き出す彼を抱きしめる。きっと、これまで誰にも言えなかったのだろう。酒のいきおいもあったかもしれない。影の英雄として生きると決めたからいえるようになったのかもしれない。

 


「だから、あなたは勇者を支える影の英雄になるのね……任せなさい。私があなたを支えて見せるわ」

「ありがとう……その情けないところを見せちゃったわね」

「ふふ。こういうときはお姉さんに頼りなさいな」



 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているフェインにほほ笑むが……

 つい、だきしめちゃったぁぁぁぁ。痴女とか思われてないわよね? 大丈夫よね。ていうかやっぱり男の人の体ってかたくてがっしりしてるのね……

 と内心はむっちゃ動揺していた。



「そういえば、テレジアって知ってるかしら?」

「え? ああ、ジークの妹で聖女なんだ。すごい治癒能力の持ち主でね。きっと今頃勇者シグルトと一緒に七大罪を倒していると思うよ」

「ふーん」



 ちょっと事情が分かった気がする。彼女は彼女なりに必死に支えていたのだろう。だったら抜け駆けはいけないわねとヴァリスにほほ笑みながら思い……



「せっかくだから、みんなのところに戻りましょう。故郷に別れの挨拶もしないといけないしね」

「ああ、ありがとう、ヴァリス」



 フェインと共にヴァリスは皆が騒いでいる場所へと戻る。そして、女エルフに囲まれているジークに近づくと、耳元でささやく。



「事情はフェインから聞いたわ。あなたが何に悩んでいるかはわからない、だから、話は聞くわよ。それと……あんまり遅かったら、私がフェインをもらっちゃうからね」

「なっ」


 大きく目を見開くジーク……テレジアはどう動くだろうか? だけど、自分の存在が彼女が素直になれるきっかけになれればいいとおもうのだった。



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