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短話3 誰

短編です

琢磨と瞳子は夕暮れの大学を二人で歩いていた。

西の空には赤い残照が滲み、長く伸びた影が地面に絡みつく。春とはいえ、日が落ちると肌寒さが増し、吹き抜ける風が木々の葉を揺らしていた。学内にはまばらに学生が残っていたが、時間が経つにつれ、足音も会話も徐々に消えていく。

「旧校舎の階段の大鏡に映ると、鏡の中の自分が笑っている……か」

山田琢磨はスマホの画面を見ながらつぶやいた。ネットの掲示板で最近話題になっている大学の怪談のひとつだ。

「気になるわね」

静かにそう言ったのは、オカルト研究会の先輩・神崎瞳子だった。薄く微笑みながら、長い黒髪を指先で弄んでいる。その様子はまるでこの話がただの噂話であることを確信しているようだった。

「行きますか?」

「……ええ」

琢磨は瞳子の反応を少し意外に思いながらも、二人は夜の旧校舎へ向かうことになった。大学の旧校舎は今ではほとんど使われておらず、夜になると不気味なほど静まり返る。建物の奥からかすかに軋む音が聞こえ、古い木造の廊下には湿った空気が漂っていた。壁には過去の掲示物の跡が薄汚れたシミとなって残っており、まるで時間がそこで止まってしまったかのような錯覚を覚える。

二人は慎重に足を進め、階段の踊り場へとたどり着いた。

「これですね……」

琢磨は小さく息を呑んだ。

目の前には、確かに噂の鏡があった。

高さ2メートルはあろうかという古びた姿見。縁の装飾には細かな傷があり、まるで何かが爪を立てたようにも見える。鏡面は薄く曇っており、何かの影が奥に沈んでいるような気さえした。

「噂通りなら、映った自分が勝手に笑うんですよね」

「……ええ」

なにが面白いのか分からないが、瞳子は微笑みを浮かべながら、鏡をじっと見つめている。

琢磨は静かに鏡の前へ進み、瞳子もその隣に立った。

冷たい沈黙が二人を包む。

琢磨は鏡越しに自分と瞳子を見つめた。

——何も起こらない。

 鏡の中の二人は、移る前の自分たちと変わらない様子でたたずんでいる。

「……何も起きませんね」

「ええ」

二人はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やはり鏡はただ彼らの姿を映し続けるだけだった。

「ただの噂話みたいですね。戻りますか?」

「そうね」

瞳子は少し残念そうに答えた。


翌日、部室で再び神崎瞳子と顔を合わせた琢磨は、昨夜の話を振ってみた。

「昨日の旧校舎、結局何もなかったですね」

「……?」

瞳子はゆっくりと琢磨の方を向いた。

「何の話?」

「いや、だから、昨日の夜……旧校舎の鏡の噂を確かめに行ったじゃないですか」

「……私は、昨日ずっと部室にいたわ」

琢磨の背筋に冷たいものが走る。

「……え?」

「あなたに誘われた覚えもないし、旧校舎には行っていない」

琢磨は唇を強く噛んだ。

確かに、昨夜自分は瞳子と一緒に旧校舎へ行ったはずだ。瞳子は自分の隣で静かに鏡を見つめ、そして……

(……微かに、笑っていた?)

琢磨の心臓が大きく跳ねた。

「でも……確かに、一緒に行きましたよ」

「そう……」

瞳子は少し考え込み、ふと静かに尋ねた。

「……その私、本当に私だった?」

琢磨の頭の中に、昨夜の光景がはっきりと蘇る。

鏡に映った自分と、隣の瞳子。

瞳子は……不気味に笑っていた。

「……もう一度、行ってみる?」

瞳子の目が琢磨をじっと見つめる。

琢磨は答えられなかった。

(あれは……なんだったんだ……?)

昨夜、自分と一緒にいたのは本当に神崎瞳子だったのか。

それとも、鏡に映った“何か”だったのか。

目の前の瞳子の微笑みが、いまは昨日の鏡の中のそれと重なって見えた。

ご拝読、ありがとうございました。

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