1-4 憑き纏うモノ 真相
物語も終盤です。
宏人の顔が完全に凍りつく。そして、観念したのか。
「アイツが……アイツが、明衣とヨリを戻すって言ったから……」
「えっ……?」
明衣が息をのむ。
「アイツは、別れたくせに諦められないとか言って……俺の前で、明衣のことばっか話してた……! お前がいないとダメだとか、まだ好きだとか……」
宏人の表情が歪む。
「俺はずっと明衣のことを見てきたのに……アイツは最後の最後まで邪魔をして……!」
琢磨の拳が強く握られる。
「それで?」
瞳子が静かに促す。
「……アイツが二度と明衣に近づかないように……気づいたら、アイツは動かなくなってた」
宏人はうつむき、肩を震わせながら吐き出すように言った。
「遺体は?」
宏人は震える拳を握りしめ、目をそらした。
「……俺の家だ」
「……嘘……そんな……」
呆然とした表情の明衣。
宏人は歯を食いしばり、明衣を見つめた。
「俺は……俺は、君が好きだった」
「……そんなの……知らない……」
明衣は涙を拭い、後ずさる。
「……なんでだよ」
宏人は絶望したようにその場に崩れ落ちた。
「……終わった……?」
琢磨がそう呟いた瞬間――
「……あい……」
佐藤翔の霊が、最後の言葉を絞り出した。
「……あい……」
宏人の顔が恐怖に引きつる。
「やめろ……やめろ……!」
瞳子はそっと目を閉じ、左目の光を収めた。
「昼間くん、罪を償いなさい」
「……ふざけんな!」
彼は突然立ち上がり、ポケットから鋭利なナイフを取り出した。
「俺を……俺をこんな風に追い詰めやがって……! ふざけるな!!」
琢磨の全身が一気に緊張する。
(ヤバい……!)
明衣が悲鳴を上げ、瞳子も虚をつかれたように固まる。
「……お前ら全員、終わらせてやる……!」
宏人は狂気に満ちた目で明衣に向かって突進した。
「夜野!!」
琢磨の体が無意識に、明衣を庇うように動く。
次の瞬間――
ザクッ――
痛みが腹部に走った。
「っ……!」
琢磨は息をのむ。腹部を見ると、昼間のナイフが自分の服を切り裂いていた。
「山田くん!!」
明衣の悲鳴が響く。
「チッ、邪魔すんなよ……!」
宏人は舌打ちし、赤く濡れたナイフを再び振り下ろそうとする。
だが――
「昼間くん」
瞳子の声が響いた。宏人が顔を上げる。
「……っ!」
彼女と目を合わせた宏人の顔から、憎悪と狂気のはらんだ表情が消える。
「……あれ……?」
宏人の手が震え、握っていたナイフがコトリと床に落ちた。
「……なんで…………俺……」
彼はぼんやりと呟き、ただその場に立ち尽くした。
琢磨は腹を押さえながら、彼の様子を見つめる。
(何が起きた……?)
ナイフを持っていたはずの手は、ただ虚ろに宙をさまよっている。まるで、自分が何をしようとしていたのかすら思い出せないようだった。
琢磨は腹を押さえながら、ゆっくりと深呼吸する。幸い、傷は深くなさそうだが、鋭い痛みが鈍く響いていた。
「琢磨くん!大丈夫!?」
明衣が駆け寄り、心配そうに覗き込んでくる。
「ああ……大したことない」
そう答えたものの、顔をしかめずにはいられない。
「本当に……?」
明衣は涙目で、震える手を伸ばしそうになったが、
「……いるわ」
瞳子は、ぼんやりと左目に手を添えながら、かすかに目を細めた。
「……え?」
明衣の目が見開かれる。
彼女の視線の先には、まだそこに佇む佐藤翔の姿があった。
「翔くん……」
明衣は、震える声で彼の名前を呼ぶ。
彼の唇が、何かを告げるようにわずかに動いた。
「……あ……」
琢磨が耳を澄ませる。
「……あ……い……」
「翔くん……?」
明衣が、泣きそうな顔で呟いた。
すると、佐藤翔翔の表情が和らいだ。琢磨にはまるで、微笑んだようにみえた。。
その姿は、静かに薄れ始めーーそして、闇に溶けるように消えていった。
佐藤翔の姿が完全に消えたあと、部屋には沈黙が広がった。
明衣はその場にへたり込み、顔を覆う。
「……翔くん……ごめん……私、何も気づけなかった……」
彼女の肩が小さく震えていた。
琢磨は腹の傷を押さえながら、静かに彼女に言う。
「……佐藤翔は、お前を恨んでるわけじゃないよ」
明衣は顔を上げた。
「え……?」
「見ただろ?夜野さんに宏人のことを……伝えたかったんだろうな」
琢磨の言葉に、瞳子も小さく頷く。
その後、瞳子はスマホを取り出し、すぐに警察に通報をかけた。
「……はい。凶器を持った男が……無力化しました。住所は〇〇〇。はい、怪我人もいるので、救急車も」
電話を終えた瞳子を尻目に、琢磨は腹の傷を押さえながら、深いため息をついた。
「山田くん、とりあえず消毒液とタオル、その……お腹は大丈夫……?」
明衣が心配そうに覗き込む。
「大したことはないよ……って言いたいけど、結構痛いな」
冗談めかして笑う琢磨だったが、顔には明らかに苦痛の色が浮かんでいた。
瞳子はそんな彼をじっと見つめると、静かに言った。
「……無茶はしない」
「すいません」
琢磨は苦笑したが、その言葉に少し安心した。
一方、昼間宏人は放心したように地面に座り込んでいた。先ほどまでの狂気はすっかり消え去り、力なく虚空を見つめている。
「……俺、なんで……こんなこと……」
その呟きは、もはや誰に向けられたものでもなかった。
しばらくして、警察と救急隊が到着した。
警察官たちは状況を確認すると、宏人を取り押さえる。
「では、改めて詳しい事情を伺いますので、後ほど署までお願いします」
警察は手早く現場を確認し、宏人を連行していく。
合わせて、救急隊員が琢磨の傷の応急処置をしてくれる。
傷は深くなかったが、念のため、夜間も診療を行っている病院に連れて行ってくれるとのこと。
ストレッサーに乗せられて、救急車に運び込まれる。それとほぼ同時に、疲れとダメージからか、彼の意識は夢の世界にまどろんでいった。
次回はエピローグです。