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短話9 隣にいる男

閲覧ありがとうございます。

春の昼下がり、大学のキャンパスはのどかな雰囲気に包まれていた。 芝生の上では学生たちが談笑し、風に揺れる木々が心地よい木陰を作っている。

山田琢磨と神崎瞳子は、構内にあるベンチに腰掛けていた。人が六人ほど座れるベンチの右半分を二人が占領していた。

琢磨は缶コーヒーを持ち、太陽の光とほのかな風を感じながらぼーっとしており、瞳子は紅茶のペットボトルを横に置き、膝に置いた本のページを静かに読んでいた。

「たまには外にでるのもいいですね」

琢磨がのんびりと呟くと、瞳子は無言のまま頷き、本のページをめくる。

そのとき——

「ここ、空いてますか?」

不意に声をかけられる。琢磨が顔を上げると、目の前に二人の青年が立っていた。 声をかけてきたのは、オレンジの長袖Tシャツを着ている青年。彼の顔色は悪く、どこか疲れた表情をしていた。もう一人は青のパーカーでフードを深く被っており、表情はよくみえない。

「ああ、どうぞ」

琢磨が答えると、二人は軽く会釈して、琢磨たちから人一人分空けたベンチの左側に腰を下ろす。

琢磨も瞳子も、特に気にすることなく、再びそれぞれの時間を過ごそうとした——その矢先。

「……怖い話、好きですか?」

突然、オレンジの服の方の青年が話しかけてきた。

琢磨は少し驚いたが、瞳子の方をちらりと見ると、彼女は特に気にする素振りもなく、淡々と本を読んでいる。

「まあ、好きですけど」

そう返すと、青年はふっと微笑んだ。

「よかった。聞いてもらえますか?」

「……どうぞ?」

琢磨が答えると、青年は静かに話し始めた。


◆◆◆


「これは、僕が高校生のときの話です」

その日、青年は夜遅くまで塾に残っていた。 帰り道、ふとした違和感を覚えた。

「……誰かが、隣にいる気がしたんです」

琢磨は無意識に背筋を伸ばす。

「最初は気のせいだと思いました。でも、どうしても違和感が拭えなかった」

青年は淡々と続ける。

「家に着くまでの間、何度も視界の端に"何か"が映るんです。でも、顔を向けると、そこには誰もいない」

琢磨が眉をひそめる。

「それって、幽霊だったってことですか?」

青年は首を横に振る。

「分かりません。ただ……」

その表情が、わずかにこわばった。

「家に帰って部屋の電気をつけたとき、はっきりと気づきました」

「……何を?」

「僕のすぐ隣に、人が座っていたんです」

琢磨はゾクリと鳥肌が立つのを感じた。

「……それ、いつからいたんですか?」

「分かりません。でも、そのとき、"最初からずっといた" という確信があったんです」

青年はそこまで話すと、ふっとため息をつき、視線を前に向けた。

「それ以来、僕の隣には、いつも誰かが座っている気がするんです」

琢磨は少し戸惑いながら、青年の隣に座る男を見た。フードを被った男は、ずっと無言だった。

琢磨は何気なく尋ねた。

「じゃあ、今も……?」

青年は、微笑んだ。

「ええ。今も、僕の隣にいるかも」

琢磨は、思わず瞳子を見る。

彼女はゆっくりと紅茶を飲みながら、静かに青年を見つめていた。

「……ねえ」

瞳子が口を開く。

「あなたの隣にいる彼のこと、どう思う?」

「え?」

青年は、不思議そうな顔をした。

「彼が隣に座っているのは、当たり前ですよね?」

妙に嚙み合わない返答に、琢磨は思わず眉をひそめた。

「いや、だって……それって、さっきからずっと黙ってる彼のことじゃ……」

そう言いながら視線を向けたその瞬間、琢磨は言葉を飲み込んだ。

——フードの青年が、いない。

確かにそこに座っていたはずの空間に……

「……え?」

さっきまで確かにそこにいたのだ。琢磨だけじゃない、青年も確かに「彼が隣にいる」と言っていた。なのに、今その場所には、ただただぽっかりと空いたベンチのスペースだけが存在していた。

琢磨は戸惑いながら、再び青年の顔を見る。

だが、青年は変わらぬ表情で微笑んでいた。

「だから言ったでしょう? “いつも隣にいる”って」

「……っ、ちょっと待ってくれ」

琢磨が言いかけたそのとき、瞳子が再び口を開いた。

「あなたが見ていたものは、記憶」

青年の笑みが、ほんの僅かに引きつる。

「……記憶?」

「うん。あなた自身が、“隣に何かがいた”と記憶している。けれど、誰が見ても、そこには何もいない。あなたの記憶の中だけに存在する“誰か”を、あなたは現実だと思い込んでいるの」

青年は目を伏せ、しばらく沈黙したあと、ぽつりと呟いた。

「……じゃあ、もしその“記憶”が、他者にも感染したら?」

琢磨の背筋に、冷たい汗が伝う。

「え……?」

「例えば、こうして話を聞いたあなたが、その“誰か”の存在を意識してしまったら——」

青年が、ふと琢磨のすぐ隣を見た。

「……もう、そこにいるかもしれない」

琢磨は条件反射のように、自分の左隣を振り返る。

だが、そこにいたのは——瞳子だった。

「……大丈夫」

彼女は、琢磨の不安を察したように、柔らかく微笑んだ。だがその瞳には、冷ややかな光が宿っていた。

「僕の話はここまでにしておきます」

そう言って、青年はゆっくりと立ち上がった。

まるで、最初からそれ以上を語るつもりがなかったかのように。

「じゃあ……失礼します。話を聞いてくれてありがとうございました」

彼が立ち去ったあと、琢磨は、ぽつりと呟いた。

「……あのもう一人の男、やっぱり見間違いじゃなかったですよね?」

「そうね。確かに“いた”わ」

春の風が、すうっと吹き抜ける。

木々がざわめき、午後の空が少しだけ陰った。

ベンチの左端——琢磨と瞳子の隣には、やはり誰の姿もなかった。

――ただ、その空間だけ、妙に“冷たい”空気が漂っているように感じられた。

ご拝読、ありがとうございました。

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