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短話8 異世界の新聞

閲覧ありがとうございます。

昼過ぎのキャンパスは、気だるい春の陽気に包まれていた。柔らかな日差しが芝生を照らし、遠くからは学生たちの笑い声が微かに聞こえてくる。

静まり返った校舎の奥。山田琢磨は、オカルト研究会の部室の扉を軋ませながら開けた。

部屋の中には、いつも通り誰の姿もない。使い込まれた木製の机と椅子、壁際の書棚には、都市伝説や怪奇現象に関する書籍がずらりと並んでいる。古本のような乾いた紙の匂いが、微かに鼻をくすぐった。

だが、机の中央にぽつんと置かれた“それ”が、琢磨の目を引いた。

(……新聞?)

誰かの忘れ物かとも思って、琢磨は眉をひそめた。見慣れないレイアウトに、手触りも一般的な新聞とはどこか異なる。しかも、神崎先輩は新聞を読むような人ではない。

琢磨はゆっくりと近づき、机の上の新聞を手に取った。

紙の端はわずかに丸まり、古びた印刷インクの匂いがほのかに漂ってくる。深く考えることなく、彼は見出しに目を落とした。

『南方第四都市、最終防衛失敗。人類生存圏、もはや3%以下に』

その見出しに琢磨の目は釘付けになった。意味が分からない。しかし、日本語で確かにそう書かれている。

記事はこう続いていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『人類連合政府は5月21日午前4時、南方防衛圏の放棄を決定。首都ノレアとの通信も途絶しており、該当地域全域が“敵対生物”の制圧下にあると見られる。生存者の確認は困難で、既に“擬態個体”による浸透工作も報告されており、各地の難民キャンプでも粛清が進行中。』

『本日未明、脱出に成功した兵士の証言によると、「地平線から黒い塔のようなものが数百本、這い出すように現れ、空を塗り潰した」とされている。これらは生物的構造を持ちながらも、都市機能を瞬時に吸収・停止させる特性を有しており、電力・水道・通信……果ては“記憶”までもが吸収され、住民はその場で“機能停止”した状態で発見された。』

『敵対生物の総称は“コレクト種群”。その姿形は一定しておらず、巨大な網膜状のものから、無数の腕を持つ骸骨型、地表を這う液状生命体まで多岐に渡る。これらは通常兵器では破壊不能であり、攻撃を加えることで“変化”を起こす特性を持つ。ある研究者は「観察されることで進化する」と主張しているが、詳細は不明。』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


記事の中央には、ぼやけたモノクロ写真が掲載されていた。

荒廃した都市の遠景。その地平線の向こうに、巨大な“何か”がうごめいている。

塔のようにも見えるそれは、まるで神経の束か触手のようにねじれ合い、空を覆い尽くしていた。光すら歪ませるその姿に、琢磨は思わず息をのんだ。

さらに別の写真では、人影のようなものが無数に地面に倒れている。だが、そのどれもが正面を向き、同じ顔で笑っていた——まるでコピーされたかのように。

「……なんだよ……これ」

喉の奥に冷たいものがせり上がってくる。

それは人間の形をしているのに、“異物”のような存在感があった。

ページをめくると、「避難民の証言」と題された記事が続いていた。

琢磨は、手が震えるのを感じながらページをめくった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『彼らは最初、人間のように声をかけてきました。でも、言葉が少しずつ壊れていって、気づけば皆、同じ顔をしていたんです。

逃げ延びた先で見たのは、“人の形をした巨大な虫”でした。皮膚は剥がれたように黒く、顔が幾層にも重なっていた。

あれが……“私たちの未来”だと言われました。』(避難民女性)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


さらにその下には、政府の“最後の声明”と記された文章が引用されていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『我々は、すでに“生存”という段階を越えた。

この星は今、知性という概念が淘汰される過程にある。

以後、個々人はそれぞれの判断で行動するよう推奨する。

これは命令ではない。最後の自由である。』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


琢磨は、新聞を読み終えたところで、深く息を吐いた。紙面を持つ手には、じっとりと汗がにじんでいる。

ふと、記事の隅に記された日付が目に入った。

「2057年 5月23日」

少し先の未来——。

「……どういうことだよ……」

思わず呟いた。

教室の窓の外には、今日も変わらぬ平和な日常が広がっている。だが、彼の脳裏には、新聞の写真の惨状が焼きついていた。

地平線を這う黒い塔。

都市機能を喰らい尽くす敵対種。

同じ顔をした、人の皮を被った何か。

琢磨は、新聞を畳んだまま、しばらく動けずにいた。

指先に残る紙の感触はまだ確かにそこにあるというのに、その中身の異様さが、現実の感覚をぐらつかせていた。

「……琢磨?」

不意に、後ろから落ち着いた声がかけられる。

振り返ると、神崎瞳子が静かに部室に入ってくるところだった。

「……あ、神崎先輩」

琢磨は反射的に返事をしながら、机の上に視線を戻した。

――そこにあったはずの新聞が、消えていた。

「あれ……?」

手の中にあった感触も、もうどこにもなかった。

机の上には、ただ埃をかぶった資料の束があるだけで、紙の端も、インクの匂いも、どこにも残っていない。

「…………?」

「いや……ここに、新聞が置いてあったはずなんです。変な……未来の、新聞が……」

瞳子は琢磨の様子を見て、首をかしげた。

「新聞?」

「……あれ、おかしいな……。本当に、読んだんですよ。南方防衛圏が突破されて、人類の生存圏が3パーセント以下だとか、“コレクト種群”っていう……正体不明の敵が人類を侵食してるとか……」

瞳子は琢磨の顔を見つめたまま、無言で少しだけ考えるように目を伏せた。そして、小さく息を吐く。

「……夢?」

「いや、夢って感じじゃなかったです……文字も、手触りも、匂いも、はっきり……」

「……そう」

瞳子はゆっくりと琢磨の隣に腰を下ろすと、視線を机に落とした。

「仮に、それが現実なら――この世界とどこかで“繋がっている”世界がある、かも」

「……それって、どういう」

「見たことのない本が棚に紛れてたり、記憶にないものが部屋にあったり。気がつくと消えてるけど、確かに“存在したもの”」

瞳子はそう言うと、まるで何かを確かめるように部屋を見回した。

「……でも、それが何なのかまでは、分からない」

琢磨は無言のまま、もう一度机の上を見た。新聞はない、それは本当に、どこか遠くの異世界で起きた話なのだろうか?

あるいは——

この世界の“ほんの少し先”にある現実なのではないか。

そう思わずには、いられなかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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