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2-2 リゾートバイト バイト初日

頑張って書きました。リゾートバイト編 続きです。

 当日、山田琢磨は駅の前で、二人を待っていた。朝の光が柔らかく降り注ぐ中、改札の前に立っている夜野明衣は、やはり目を引く存在だった。赤いポニーテールが揺れ、明るい表情がより一層可愛らしさを際立たせている。カジュアルな服装ながらも、自然と人目を集める華やかさがあった。

「あ、琢磨くん!おはよー!」

 夜野が軽く手を振る。その弾けるような笑顔に、思わずこちらも笑みを返した。

 そして、もう一人。静かにこちらへ歩いてくるのは神崎瞳子。黒髪のロングがさらりと風になびき、シンプルな白のブラウスに黒のスカートという落ち着いた服装が、彼女の美しさを際立たせていた。表情は相変わらずクールだが、その端整な顔立ちは、間違いなく美人と呼ぶにふさわしい。

「おはよう」

「神崎先輩も、おはようございます!服すごい似合ってます」

 明衣は弾けるような笑顔を瞳子にも向ける。

「……ありがとう」

 瞳子はいつもの調子で言葉を返す。

「さて、みんなそろったし、行きますか」

 三人は不帰浜行きの電車に乗り込み、座席に腰を下ろす。電車が走り出すと、窓の外にはゆっくりと景色が流れ始めた。

「そういえばさ、バイトってどんな仕事するんだっけ?」

 琢磨は明衣に訊ねる。

「バーベキュー場の仕事だから、注文受けたり、食材運んだり、片付けしたり……って感じだって。私、バーベキュー場のバイトは初めてなんだよね?」

「夜野なら、すぐ慣れると思うぞ」

 琢磨がそう言うと、夜野は「だといいけど」と笑った。

「そういえば、神崎先輩はバイト経験とかあるんですか?」

「……いいえ」

「意外……なんか、神崎先輩って落ち着いた喫茶店とかで働いてそうな雰囲気あります」

「そうか?」

 普段の様子を見るに、そんなことはないだろと思うが、黙っておく。

「……そう?」

 瞳子先輩も明衣の反応が意外だったようで、きょとんとしていた。

「じゃあ、今回が初バイトってことですね!」

 明衣が興味深そうに尋ねると、瞳子は小さく頷いた。

「バーベキュー場って夏休みのイメージがあるけど、ゴールデンウイークでも結構お客さん来るのか?」

「それがね、不帰浜の近くってキャンプ場もあるから、わりと人来るみたいなんだよね」

「へぇ……あ、そういえば、そこって心霊スポットとしても有名ですよね?」

 琢磨の言葉に、瞳子がゆっくりとこちらを向く。

「……ええ」

「やっぱりそうなんだ。夜中とか、幽霊が出たりしませんかね?」

 冗談めかして笑う明衣だったが、瞳子は静かに彼女を見つめる。

「不帰浜に幽霊は……いない」

「そうなんですね、よかった~!」

 明衣は胸をなでおろす。

(先輩が幽霊をちゃんと否定するの、珍しいな)

 いつもと違う回答だが、つい最近、幽霊事件に巻き込まれた明衣を気遣っての言葉だろうか。少し疑問に思いつつも、琢磨はそう結論づけた。

その後も琢磨たちは他愛もない話を続けながら、電車は目的地へと向かっていった。


◆◆◆


 電車を降りて、少し歩くと不帰浜がある。そして、目の前にはバーベキュー場が広がっていた。青空の下、炭火の香ばしい匂いが漂い、ちらほらとお客がいて、まあまあ賑わっている。海風が心地よく吹き抜け、すぐそばには砂浜が広がっていた。

「うわぁ、いい雰囲気!」

 明衣が目を輝かせる。

「確かにそうだな」

 琢磨がそう言うと、瞳子先輩は静かに周囲を見回していた。

 受付のテントへ向かうと、すでに数人のスタッフらしき人が集まっていた。俺たちを含めて六人。これから四日間、一緒に働くメンバーのようだ。

「おっ、君たちもバイト? よろしく!」

 そう言って手を挙げたのは、短髪でガッチリした体格の男だった。日に焼けた肌に、爽やかな笑顔がよく似合っている。

「俺は坂本直樹、大学三年。こういうバイトは初めてだけど、体力には自信あるぜ!」

「坂本さん、よろしくお願いします」

 琢磨がそう言うと、隣にいた黒髪メガネの青年が軽く会釈をした。

「中村悠真、大学二年生です。この仕事は初めてじゃないので、分からないことがあったら聞いてください。よろしくお願いします」

 中村は落ち着いた雰囲気で、穏やかな口調が印象的だった。知的な雰囲気を漂わせ、どこか頼りがいを感じさせる。

「はーい、じゃあ次は私の番ね」

 元気よく手を挙げたのは、ショートカットの女の子だった。明るい笑顔が特徴的で、フレンドリーな雰囲気を持っている。

「三浦佳奈、大学一年生! みんなと一緒に働くの楽しみ! よろしく!」

「佳奈ちゃん、元気いっぱいだな!」

 坂本が笑いながら返すと、三浦は「うん!」と笑顔で答える。

その後、琢磨、明衣、瞳子の順番で自己紹介を済ませる。

「それじゃあ、みんな揃ったところで、バイトの説明を始めるぞ」

 そう言いながら現れたのは、リーダーらしき男性だった。三十代くらいで、日焼けした肌と落ち着いた笑顔が印象的な人だ。

「俺は現場の責任者をしてる田村慎二。君たちには主に、オーダー取り、食材の準備、片付けをやってもらう。特に忙しくなるのは昼から夕方にかけてだから、最初のうちはゆっくり慣れていってくれればいいから」

 琢磨たちは頷きながら説明を聞く。

「それから、仕事は最初に二人一組でやってもらう。どう組むかは自由だから、まずは好きなペアを作ってくれ」

坂本が「じゃあ、俺と組もうぜ!」と中村の肩を叩いた。

「え? 俺ですか?」

「こういうのは体力と知識のバランスが大事だろ? しかも経験者ときた。お前、絶対しっかりしてるタイプだし、頼りになる」

「はは……まあ、そう言われるなら」

 坂本と中村のペアが決まり、次に佳奈が「じゃあ私は明衣ちゃんと組む!」とすぐに決定。雰囲気が似た者同士、波長が合うのだろう。

そうして残った琢磨と瞳子でペアを組むことになった。

「いつも通りですね」

「ええ」

 瞳子先輩は微かに頷く。こうして、それぞれのペアが決まり、琢磨たちはバーベキュー場での仕事を始めることになった。

 最初の任された仕事は、食材の準備だった。

「ええと、まずは野菜を切るのと、肉を並べるのを手伝ってくれる?」

 田村さんが指示を出し、琢磨と瞳子先輩は指定された作業台へ向かった。

「包丁、扱えます?」

「…………」

普段のクールな雰囲気からは想像できなかったが、こういう細かい作業はあまり経験がないのかもしれない。

「じゃあ、俺がやります。先輩は肉を並べる方をお願いします」

「ええ」

 琢磨が野菜を手際よく切り始める横で、瞳子は慎重に肉を並べていく。その様子を見ていると、普段とは違う彼女の様子が、とても微笑ましく感じた。

「先輩、ちょっと楽しそうですね」

「……そう?」

「新鮮なんじゃないですか? こういう経験」

「…………確かに」

 オカルトの話も交えつつ、琢磨と瞳子は田村の指示に従い、仕事をこなしていった。


◆◆◆


仕事が本格的に始まり、バーベキュー場は昼のピークタイムに突入していた。

「すみません、炭の追加お願いできますか?」

客からの声に反応し、琢磨はすぐさま動く。

「了解です!」

坂本直樹と一緒に炭を補充するための作業場へ向かう。坂本は慣れた手つきで炭を取り出しながら言った。

「お前、初めてのバイトにしては動けてるな」

「坂本さんには負けますよ」

「あっちの明衣ちゃんもいい感じだしな」

話題の出た明衣の方をみると、受付で中村悠真と一緒に注文を受けながら、愛嬌たっぷりに接客をしていた。

「はい、塩タンとカルビですね!少々お待ちくださーい!」

客の子供にも優しく話しかけており、その様子はまるでベテランの風格。

「明衣ちゃん、しごできじゃん!」佳奈が感心したように言う。

「えへへ、こういうの好きだから」

「みんないい調子!もう少しで休憩だから頑張っていこう!」

「「はい!」」

 リーダーの田村の声掛けに、みんなが呼応する。

仕事の流れが少し落ち着いたころ、休憩時間になった。

みんなで木陰に座りながら、水分補給をする。

「ふぅー、思ったより大変だけど、楽しいね!」

明衣がペットボトルを開けながら言う。

「まぁ、慣れたら余裕だぞ」と坂本。

「神崎さんはどう?」

悠真が尋ねると、瞳子はペットボトルを傾けながらぼそっと答えた。

「……疲れた」

「ですよね」

琢磨は苦笑する。

「でも、先輩もちゃんと頑張ってますし、すぐに慣れますよ」

「……そう」

「じゃあそろそろ後半戦だ!」

田村がみんなを呼びに来る。

「「はーい」」

 それ以降も琢磨たちは仕事をこなしていった。

 夕方になり、バーベキュー場の雰囲気も少し落ち着いてきた頃。昼間の慌ただしさは過ぎ、今はまばらに残る客たちがのんびりと食事を楽しんでいる。

「あともう少しですね!」

 明衣が笑顔で言いながら、受付のカウンターを拭いている。

「ええ……」

 瞳子は少し疲れた様子だが、黙々と最後の片付けに取り組んでいた。

「神崎先輩、初めてなのに、すごく頑張ってますね」

「……そうかしら」

「はい!最初より手際もよくて、お客様の対応も落ち着いていて、素敵です」

 明衣の言葉に、瞳子は少しだけ目を伏せ、控えめに頷いた。

 一方、琢磨は坂本と一緒に炭の後片付けをしていた。

「いやー、よく働いたな!」

「ですね。思ったより体力使います」

 炭を片付けながら、汗を拭う。坂本は豪快に笑いながら「バイトの後の飯がうまいんだよな!」と、すでに夜の食事のことを考えているようだった。

 最後の作業として、みんなでテーブルの片付けと床の掃除を行い、ついにバイト初日が終了した。

「よし、お疲れー!」

田村が声を上げると、みんなも「お疲れさまでした!」と声をそろえる。

「明日もこの調子で頑張ろうな!」

坂本が言うと、悠真が「でも、今日はもうくたくただね」と苦笑した。

「本当に、お疲れさまでした!」

明衣が元気よく頭を下げる。

 バイトが終わったことで、みんなの表情も和らいだ様子だった。

 バイトを終えた琢磨たちは、送迎のワゴンに揺られながら旅館へ向かっていた。窓の外には、夕暮れの海が広がっている。水平線に沈みゆく太陽が、空と海をオレンジ色に染め、波の穏やかな音が心地よく響いていた。

 車が観光客の多いエリアを抜け、静かな海沿いの道へ入ると、周囲の景色は次第に寂しげなものへと変わっていった。街灯もまばらで、時折立ち並ぶ松の木が風に揺れている。

 やがて、一軒の旅館が見えてきた。

 ──それは、歴史を感じさせる老舗旅館だった。

 大きな木造の建物は、長年の風雨に耐えてきたのだろう。外壁には年季が感じられ、屋根には黒光りする瓦が並んでいる。玄関前には手入れの行き届いた庭があり、石灯籠が優しい明かりを灯していた。

「わぁ……」

 明衣が感嘆の声を上げる。

「めっちゃ雰囲気あるね、こういう旅館は初めてかも」

「昔ながらの日本旅館って感じ!」

 佳奈も興味深そうに眺めていた。

「思ったより綺麗だな」

 悠真が感心したように言う。

 だが、その旅館の駐車場には、場違いなほど高級外車が停まっていた。

「うわ、あれソラシオCX5じゃん」

 坂本が驚いた表情を浮かべる。

「ソラシオCX5?」

 琢磨は聞き返す。

「超高級車だよ、しかも限定モデルの! 定価でも何千万もする超高級車だ」

「僕たちの他に、誰かお金持ちでも泊まるんですかね?」

「でも、田村さん『今日の旅館は貸切ですよ』って言ってたよな」

「……まあ、いいんじゃないですか? たぶん旅館の社長の私物とかでしょ」

 坂本が軽く肩をすくめる。

 琢磨もその言葉に納得すると、送迎のワゴンが停止する。どうやら目的についたようだ。送迎のワゴンから降りて、旅館の玄関へと足を踏み入れる。

 玄関をくぐると、柔らかな灯りが迎えてくれた。館内は木の香りが漂い、落ち着いた雰囲気が広がっている。磨かれた床板が心地よく軋み、壁には古い掛け軸や和紙の照明が飾られていた。

「いらっしゃいませ」

 朗らかな声とともに、女将が姿を現した。

 着物姿の女性で、年の頃は五十代半ばだろうか。品のある笑顔を浮かべており、瞳は優しく、どこか親しみやすい雰囲気を持っていた。

「ようこそお越しくださいました。皆さん、長旅お疲れさまでございます」

 琢磨たちは思わず姿勢を正す。

「すごく雰囲気のある旅館ですね!」

 明衣が笑顔で言うと、女将はにこりと微笑んだ。

「ありがとうございます。ここは代々続く旅館でして、少し古いですが、皆さまにゆっくりしていただければと思っております」

「すごいっすね。こんないい旅館に泊まれるなんて」

 坂本が感心しながら辺りを見回す。

「お夕食は後ほどお部屋にお運びいたしますね。どうぞ、お部屋でおくつろぎくださいませ」

 女将は手を差し出し、廊下へと案内した。

 部屋へ向かう途中、女将はふと足を止め、庭の奥を指さした。

「あちらには、あまり近づかないようにお願いいたします」

 琢磨たちが視線を向けると、そこにはーー

――異様な雰囲気を放つ古い蔵があった。

 木造の扉には、黄ばんだお札がびっしりと貼られている。元は白かったであろう紙は、長年の風雨に晒され、薄汚れ、端がめくれ上がっていた。それでも、その異様な数は「何かを封じ込める」ためであることを雄弁に物語っている。

 周囲の空気が冷たく、重たい。まるで、そこだけ時間の流れが違うかのように。

 蔵の横には、見張り役らしき年配の男がいた。日焼けした肌、無精髭、腕組みをしたその姿には、明らかに警戒心をもってこちらをみている。

「……っ」

 明衣が琢磨の袖をぎゅっと掴む。その手は少し震えていた。

「なんかすごいね」

 佳奈も顔を引きつらせながら蔵を見つめている。

 そんな中、琢磨は隣に立つ瞳子の様子を盗み見る。

 瞳子は何も言わず、じっと蔵を見つめていた。彼女の左目がかすかに細められ、その奥に何かを見ているようなーー。

 ──なにか見えているのか?

 琢磨は思わず喉を鳴らしたが、聞くことはできなかった。

「この蔵は、代々当旅館で大切にしているものです。どうか、扉にはお手を触れないようお願いいたしますね」

 女将は微笑んだまま言った。その表情に不自然なところはなく、あくまで穏やかだった。

 しかし、その蔵の横に立つ男は、じろりと鋭い目でこちらを睨みつけた。

「この蔵には、絶対に立ち入るな」

 男の鋭い声が静寂に響く。

「いいな?」

 その言葉は、まるで何かを試すかのような響きを持っていた。

「は、はい……」

 明衣が怯えたように答え、他のメンバーも無言で頷いた。

 それ以上の説明はなかった。ただ「立ち入るな」と、それだけ。

 理由を聞く雰囲気など、全くなかった。

「あのおじさん、去年も同じことを言ってましたよ」

中村が口を開く。

「そっか、お前は去年もこのバイトに参加してたんだっけ」

「はい。去年は別になにも変わったこともなかったですから、安心してください」

(去年は、ね……)

 中村の言葉は安心材料にはなったが、それでも気味の悪さは拭えない。あの蔵を見た瞬間に感じた、異様な雰囲気――それは確かに存在していた。

「とりあえず、部屋にご案内いたします」

 女将の声には、無理に明るくしようとする響きがあった。

隣の明衣はまだ琢磨の袖を掴んだまま、少しぎこちない笑みを浮かべている。

「ええ」

瞳子は女将に続いて、再び歩き出す。

 蔵の前を通り過ぎるとき、琢磨は再び視線を向けた。年配の男――どうやら旅館の関係者らしいが、その鋭い目がまだこちらを見張っている。

「……中村さん、本当に去年何もなかったんですか?」

 琢磨は小声で中村に訊ねた。

「え? あ、うん。少なくとも、俺がいた間は何も……」

「バカ言え、何も起きないって」

 坂本が笑う。

 琢磨は瞳子の方を見る。

 彼女はもう振り返ることなく、まっすぐ宿の中へと進んでいく。

 ただ、彼女が蔵を見たときの表情に、なにかを感じたのは――琢磨の気のせいだろうか。

ご拝読、ありがとうございました。

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