プロローグ 神崎瞳子との出会い
主人公 山田琢磨が、オカルト研究会部長の神崎瞳子と数々のオカルト事件に関わっていくお話です。
春の暖かな陽射しが差し込む大学のキャンパスを、山田琢磨は歩いていた。高校までとは違う、新しい生活が。広大な校舎、行き交う学生たちの雑踏、そして無限に広がる可能性。
桜が咲き誇る出会いの季節。長野県の都市部から少し離れた場所にある身隠山、その山麓に位置する私立身隠大学。この大学はその歴史が非常に深く、明治時代から数多くの優秀な学生を輩出してきた、由緒正しき学び舎だ。
大学は改築と増築を繰り返し、そのどこか懐かしさを感じさせるキャンパスには、入学式を終えたばかりの新入生たちの熱気が満ち溢れている。
(せっかくの大学生活だし、オカルト好きが集まる場所に行きたいな)
彼が目をつけたのは、大学の「オカルト研究会」だった。事前に調べた情報によれば、活動実態は不明。しかし、幽霊や都市伝説、怪奇現象といった話題が好きな琢磨にとって、その事実はむしろ好奇心が搔き立てられ、魅力的だった。
そんなわけで、彼は昼休みの時間を利用し、オカルト研究会の部室があるという建物へと向かうことにした。
大学の敷地の奥まった場所にある部室棟は、やや古びており、どこか異質な雰囲気を醸し出している。並ぶドアの一つに、「オカルト研究会」と書かれた紙が貼られているのを見つけると、彼は立ち止まり、軽く息を整えた。
(……どんな人がいるのか)
ドアをノックする。
コンコン。
一瞬の間を置いて、扉の向こうから小さな声がした。
「……入っていい」
女性の声だった。静かで、淡々としているが、どこか冷たい響きがあった。
琢磨はドアをゆっくりと開ける。
部屋の中は薄暗かった。カーテンは閉じられており、外の光がほとんど入ってこない。狭い部屋の奥の机に、一人の女性が座っていた。
黒髪のロングヘア。白い肌。長い前髪が微かに目元を覆っている。
整った顔立ちの美人だが、彼女の表情は無機質で、まるでこの世ならざるものを見つめているようだった。
「俺、新入生の山田琢磨っていいます。オカルトが好きで、入部希望で来ました」
そう名乗ると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
――鋭い眼差し。
「……そう」
短い返事。
それだけを言って、彼女はまた視線を落とした。沈黙が流れる。
(……めちゃくちゃそっけないな)
普段ならこのまま帰ってしまうところだ。だが、琢磨は彼女になにか言葉では言い表せない、不思議な縁を感じていた。
「先輩がこのサークルの部長ですか?」
問いかける。
「……神崎瞳子」
彼女は自分の名前だけを告げると、椅子を小さく揺らす。
「他の部員は?」
「……来ない」
やはり活動はしていないのだろうか。
(まあ、マニアックなサークルだしな)
ふと、彼は部屋の中を見渡した。書棚には古びたオカルト関連の書籍が並び、机の上には手書きの怪談ノートらしきものが置かれている。部屋の片隅には、お札が貼られた小さな箱があった。
「でも、先輩は活動してるんですよね?」
「……好きだから」
短いながらも、彼女の言葉には確かな熱を感じた。
「じゃあ、俺もここに入れてください」
神崎瞳子はゆっくりと琢磨を見つめた。
その目は、まるで彼の本心を見抜こうとするかのような鋭さを持っていた。
――しばらくの沈黙。
やがて、彼女は微かに息を吐くと、静かにつぶやいた。
「……体験入部、ね」
「もちろんです!」
「……一つだけ、質問」
「なんでしょう」
「オカルト、信じてる?」
「……? もちろん」
「なぜ?」
「なぜって、UMAも宇宙人も幽霊も、いた方が面白いじゃないですか」
「………………そう」
それだけ言うと、彼女はまた黙り込む。
こうして、山田琢磨はオカルト研究会に体験入部することになった。
それが、山田琢磨と神崎瞳子の最初の出会い。
ご拝読、ありがとうございました。次回よりオカルト研究会の元に、オカルト関連の依頼が持ち込まれてきます。