共闘
陸たちは、力強く羽ばたく翼によって、瞬く間に「怪異」が出現した現場へと辿り着いた。
「怪異」と交戦中だった戦闘員たちが、飛行する陸の姿に驚愕しているのが見て取れる。その中には、桜桃と来栖の姿もあった。
「よかった……やっぱり、知っている人が怪我したり死んだりしたらイヤだからね」
陸は呟いて、安堵した。
「おお、カレー屋は無事のようだな」
胸を撫で下ろしたヤクモが、高度を下げ、改めて「怪異」を見た。
「ふむ……あの『怪異』、直接触りたくない質感なのである」
たしかに、不快な粘稠性を感じる得体の知れない物体に素手で触れるのは、陸自身も躊躇いを感じるものがある。
「飛び道具は、ないのか?」
駄目で元々だとばかりに、陸は言ってみた。
「あるぞ」
事もなげに言って、怪異に向かって右手を伸ばしたヤクモの掌から、腕ほどの太さの青白い光線が発射される。
それは、自動小銃による攻撃では有効打を与えられなかった「怪異」の身体を、いとも簡単に貫いた。
光線が命中した部分の周囲が、まるで蒸発するかの如くに消滅し、痛覚など持たぬと思われた「怪異」が、身を捩るような動きを見せる。
「結界が消えました! 回復しないうちに畳みかけましょう!」
状況を把握したらしい桜桃が何やら呪文を唱えると、どこからともなく発生した稲妻が轟音と共に「怪異」へ命中した。
ヤクモの出現に一瞬気を取られていた戦闘員たちも、我に返って攻撃を再開する。
無数の稲妻と弾丸を叩き込まれ、「怪異」は限界を迎えたらしく、急激に膨張したかと思うと破裂した。
破壊された「怪異」の残骸は即座に霧散し、後には何も残らなかった。彼らが、通常の生物とは全く異なる存在であると思わせる光景だ。
「終わったか。さて、この後は、どうする? 『怪異戦略本部』とやらに戻れば、また閉じ込められるであろうが」
ヤクモに問いかけられ、陸は少し考えた。
「かと言って、無断でいなくなったら、冷泉さんたちが、俺たちを逃がした責任を問われるんじゃないかな……」
「貴様は、人が善すぎるな。まあよい、我も、貴様のような奴は嫌いではない。では、戻るとするか。なに、嫌になれば、また逃げ出せばよいのだ」
にやりと笑って言うと、ヤクモは空中で身を翻し、「怪異戦略本部」へ向かって飛び立った。
「怪異戦略本部」へ戻った陸たちは、想像通り、いや、それ以上に真理奈から叱責を受けた。
「収容中の『怪異』が一時的にとはいえ逃亡してしまったということで、各方面から管理責任を問われたり、あなたと『ヤクモ』についての詳細の説明を求められたりと、こちらは大変に迷惑しています」
柳眉を逆立てている真理奈の前で、陸は身を縮めていた。現場への移動に使った「翼」は、再び体内に収納された状態に戻っている。
一方ヤクモはと言えば、厄介ごとは任せるとばかりに、陸の体内で狸寝入りを決め込んでいるらしい。
「す、すみません……戦闘員の人たちが苦戦しているのを見たら、自分も、できることをしなくちゃと思って……考えが足りませんでした」
陸は、素直に詫びた。
そこへ、桜桃がやって来た。
「こちらにいたんですね。助けてもらったお礼を言いたくて……風早さん、そして『ヤクモ』、あなたたちのお陰で『怪異』を討伐することができました。あの援護がなければ、負傷者が増えていたと思います」
「いえ……すごく迷惑をかけてしまったみたいで、なんか申し訳ないっていうか……」
しょんぼりと肩を落とす陸を見て、桜桃は何かを考えているようだった。
「あの、冷泉さん、思いついたことがあるんですけど」
「何でしょう。手短にお願いします」
桜桃の言葉に、真理奈が頷いた。
「風早さんと『ヤクモ』を、私の『使い魔』という扱いにするのは、どうでしょうか」
「『使い魔』……ですか」
真理奈は眉を顰め、陸は首を傾げた。
「安全性を確認された『怪異』は、術師の管理下で『使い魔』として使役できますよね。もちろん、便宜上の話ですが、外部へは、今回も術師である私が召喚したと説明すればいいのではないかと。安全性という点でも、彼らなら問題ないと思います」
桜桃の提案に対し、真理奈は厳しい顔で考え込んでいたが、小さくため息をついた。
「たしかに、事態を収束するには、それが手っ取り早いかもしれませんね。分かりました、上層部に相談してみます。風早陸ならびに『ヤクモ』は、詳細が決定するまで自室で待機すること。いいですね」
そう言い残し、真理奈は、どこかへと歩いていった。
「……花蜜さん、ありがとう」
陸は、桜桃に礼を言った。
「いえ、大したことではないです。それより、『使い魔』という扱いになれば、任務という名目で外出も可能になると思いますよ」
桜桃の言葉を聞いた途端、ヤクモが表に出てきた。
「すると、外の『れすとらん』とやらに食事に行ったりすることもできる訳であるな?」
「もう、さっきまで狸寝入りしてたくせに、こういう時だけ……」
突然、身体の主導権を奪われた陸は、ヤクモに抗議したが、同時に、何だかおかしくなって、ふふと笑った。