検証
「今回は、私と、こちらの来栖一尉がアドバイザーとして参加させてもらいます。よろしくお願いします」
「対怪異戦闘部隊の来栖だ。よろしく」
桜桃に紹介された来栖が、軽く会釈した。
陸は、彼に見覚えがあった。研究施設に収容されてから初めて目覚めた時と、その後の取り調べの際にも、来栖は同席していた。
おそらく、陸とヤクモに接触した回数が多いという点による人選なのだろう。
研究施設の清潔な廊下を歩きながら、桜桃が口を開いた。
「昨日は、大掛かりな身体検査を受けられていたそうですね。お疲れだとは思いますけど……」
「まぁ、タダで人間ドックを受けられたと思えば」
陸が言うと、桜桃は感心した様子で頷いた。
「こんなに酷い状況なのに、風早さんは、強いですね」
「いや、てっきり檻の中にでも入れられると思っていたから、思った以上に『人間』らしい扱いをされて、少し拍子抜けしてるくらいですよ。『話し相手』もいて、退屈しないし」
「それについては、花蜜さんに感謝したほうがいいぞ」
戦闘員の来栖が口を挟んだ。
「冷泉三佐は、当たり前みたいに、君を研究用の『怪異』を収容する檻に入れようとしていたんだ。それを、花蜜さんが『人としての自我が残っているのだから人として扱え』って食い下がってくれてな」
「そうなんですね。お陰で、想像してたよりも百倍は快適です。ありがとう、花蜜さん」
陸が軽く頭を下げると、桜桃は微かに頬を染めた。
「お礼を言われるほどのことでもないです……それに私は、『怪異』であっても、人を害さず、心を通わせられる者であれば、共存が可能だと思っているので」
――「怪異」と戦う人たちの中にも、色々な考え方の人がいるんだな。
そんなことを思いつつ歩くうちに、陸は、第一実験室と表示されている扉の前に立っていた。
「花蜜です。風早さんを、お連れしました」
インターフォンから桜桃が呼びかけると、自動扉が音もなく開いた。
実験室は思いの外広く、中では白衣姿の職員たちが忙しく動き回っている。
「では、早速始めましょう。『ヤクモ』を出してください」
陸の顔を見るなり、室内で待ち構えていた様子の冷泉真理奈が言った。
「ヤクモ、呼ばれてるよ」
陸が声をかけると、ヤクモは、さも面倒くさそうに出てきた。
「何用だ。昨日は散々身体中を調べたであろう。まだ足りぬか」
「お前の能力や、どのようなことができるかをテストします。くれぐれも敵対的な行動を取らないように」
ヤクモの横柄な態度にも動じることなく、真理奈は指示を出していく。
彼女は、術師による「術」といった霊的な攻撃や銃による物理的な攻撃に対する耐性、筋力や身体能力の測定など、様々な面から、ヤクモの能力を探っているようだった。
もっとも、握力や背筋力は測定用の機器が全て破壊されてしまい、測定不能という結果だけが残った。
「検査の結果を見た限り、風早陸の身体は、細胞レベルでも普通の人間と何ら変わらない筈なのに、何故このようなことが起きるのか……まだまだ検証が必要です」
真理奈が、タブレットに表示されているデータを難しい顔で見つめている。
「でも、『ヤクモ』は凄いですね。術や銃弾も防ぐ結界まで使えるなんて」
桜桃が言うと、ヤクモは自分の頭を指差しながら得意げに答えた。
「うむ。この小僧の記憶にあった『漫画』や『アニメ』とやらに出てきたものを参考にした。貴様らの言葉で言えば『バリア』である。我も、痛いのは好きではないゆえな」
「ええッ、能力って、そんな風に作れるものなのか?」
陸が思わず呟くと、ヤクモは、ますます得意そうに言った。
「『いまじねーしょん』というやつであろうな。できると思えば、割と何とかなるようであるぞ」
「単にテキトーなだけのような気もするなぁ……」
「ぶ、無礼な……『はいすぺっく』とでも言われるべきであろう?」
ふと、陸は周囲の目が自分たちに集中しているのに気付いた。
同じ身体を通してやり取りしている陸とヤクモではあるが、傍から見れば一人で喋っている怪しい人物そのものだろう。
その時、施設内に警告音が鳴り響き、直後にアナウンスが流れた。
「S区にて大型の『怪異』出現との一報あり、現場近くを哨戒中の戦闘員が対応中! 出撃可能な隊員は援護に向かわれたし!」
アナウンスに耳を傾けていた真理奈が、手元で何かのスイッチらしきものを操作した。すると、壁に嵌め込まれた大きなモニターに映像が映った。
現場からの中継と思しき映像には、人の背丈の三倍はありそうな異形の「怪異」と「怪異戦略本部」の戦闘員たちの交戦している様が映し出されている。
「冷泉三佐、俺も出るので、ちょっと抜けます」
戦闘員の来栖が言った。
「私も、現場に向かいます。来栖さん、傍に来てください」
桜桃は、そう言って懐から札を取り出し、何やら呪文を唱えた。
札が淡く輝いたかと思うと、桜桃と来栖の姿が虚空へ溶けるように消えた。どうやら、瞬間移動の術らしい。
「あの転移術も、せめて数十人単位で使えるようにしたいものですが……私も、指令室に行ってきます。あとは頼みます」
そう言い残し、真理奈も実験室から出て行った。
「怪戦は、万年人手不足だからね。管轄がどうのシフトがどうのなんて言ってられないのさ」
ヤクモの「テスト」を手伝っていた職員の一人が、ぽつりと言った。