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人か怪異か

 ――そうだ、俺は、たしかに死にそうな大怪我をしていた筈。それなのに何ともないどころか、さっき自動小銃で撃たれた傷も綺麗に消えている……一体、どういうことなんだ?! 何より、このままでは、俺の身体が勝手に人々を傷つけてしまうのではないか?

 夢であって欲しいと思いたくなる状況の中、身体の自由も奪われている陸は、絶望的な気持ちになった。

 と、先刻のアナウンスとは違う女の声がした。

「遅くなりました! すみませんが、どいてください」

 その声と共に、戦闘員たちが、さっと道を()ける。

 彼らの間から姿を現したのは、狩衣に似た装束をまとった、やや小柄な若い女だった。

 尼削(あまそ)ぎにした自然な金茶色の髪に琥珀色の瞳――全体的に色素が薄いのも相まって、儚げな印象だ。

 女は(ふところ)から何か文字の書かれた札の束を取り出し、宙に投げ上げた。

 札は一枚一枚が意思を持つかの如く、淡く光りながら舞ったかと思うと、次々に陸の身体へ貼りついた。

 途端に、全身が痺れる感覚と、立っていられない程の重圧感に襲われ、彼は片膝をついた。

「奴の動きが鈍ったぞ」

「さすがは『乙級(きのときゅう)術師』だ」

 戦闘員たちが歓声を上げる。

 陸も「術師」についてはテレビやネットのニュースで知ってはいた。

 高い霊力を持って生まれ、あらゆる「術」を使い、怪異と渡り合うことのできる数少ない者たち――だが、実物を目にするのは初めてだった。

 ――まさか、術師に術をかけられる機会が来るなんて……でも、身体の動きが止まった……術師の「術」って凄いな……

 感心していたのも束の間、陸の肉体は彼の意思に反して立ち上がり、一歩前に踏み出した。

 その様子を目にした「術師」の女が驚きに目を見張る。

「そんな……あの術を受けて動けるなんて……!?」

 ――まずい……! 放っておけば、きっと俺の身体は他の人たちを傷つけてしまう……止めなきゃ……止まれ……止まれ……!

 陸が必死に念じると、僅かずつではあるものの、身体の制御を取り戻せそうな感触があった。

 今にも戦闘員たちの間合いに飛び込もうとする自身の両足を渾身の力で押さえ、自分で自分を抱きしめるような格好で動きを止める――傍目からは想像もつかないであろう、陸にとっては決死の戦いだった。

「やめろぉぉぉッ!」

 ついに、陸自身の言葉が、その口から発せられた。

 その瞬間、彼の身体を操ろうとしていた何者かの力は、嘘のように消えた。

 疲労困憊(ひろうこんぱい)の状態で(うずくま)る陸のもとへ、「術師」の女が近付いてきた。

「待て! まだ動けるようだぞ!」

「……この方、『本人』の自我が残っているみたいです。魂が二つ……本人のものと、『怪異』と思われるものの両方が、この方の身体に宿っています」

 大柄な戦闘員に制止されながらも、女は陸の傍にしゃがみ込んだ。

「あなたは、ご自分が誰なのか分かりますか?」

「……か、風早(かぜはや)……(りく)……です」

「私は、『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』所属の術師、花蜜(はなみつ)桜桃(ゆすら)です」

「俺……俺は、どうなっちゃったんですか……さっきまで、身体が勝手に動いてて……自分の意思では、どうにもならなくて……」

 言葉を絞り出す陸の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。今になって、恐怖が湧きあがってきたのだ。

「今は、どういう感じですか?」

 桜桃(ゆすら)が、陸の肩に、そっと手を置いた。

「今は……普段と変わらない感じだと思います」

 陸の言葉を聞いた戦闘員たちが、小さく驚きの声を上げた。

「怪異に寄生されて自我を保っているケースなんてあるのか……?!」

「人間が怪異に寄生された場合、宿主の魂は食われるだか取り込まれるだかして、消滅すると聞いているが」

「怪異に……寄生……?!」

 戦闘員たちの言っていることを理解するのに、陸は数秒の時間を要した。

 ――怪異に寄生されて……って、俺のこと……だよな……?

「その『怪異』は討伐対象の筈です。無力化したのなら、早急に処理してください」

 不意に、アナウンスと同じ女の声が冷たく響いた。

冷泉(れいぜい)三佐……!」

 戦闘員たちが、再び道を空けると、すらりとした白衣姿の若い女が、つかつかと歩いてきた。

 彼女の、ひっつめに結った黒髪と、銀縁の眼鏡に、陸は、どこかきつい印象を抱いた。

 更に見れば、その手には大口径の拳銃のようなものが握られている。

「待って、真理奈(まりな)さん!」

 桜桃(ゆすら)が、陸と白衣の女の間に割って入った。

「下の名前で呼ぶなと言ったでしょう」

 真理奈と呼ばれた白衣の女は、不快そうに口元を歪めた。

「ごめんなさい……この方、人としての自我が残っています! まだ本人の魂が消えていないんです! 処理するのは……」

「寄生した『怪異』が人間のフリをしているのだとしたら?」

 桜桃(ゆすら)を押しのけて、真理奈が陸の目の前に立った。

「新しい試作品のテストにもなりますね」

 真理奈が、(うずくま)っている陸の額に、手にした拳銃の冷たい銃口を突き付けた。

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