リアナ様は美しい。完璧です。
「衛兵を呼んで! このゴブリンより醜い男を追い払って!」
ナターシャが叫ぶと、取り巻きのひとりが城門の前にいる衛兵のほうに足早にむかった。
リアナはナターシャの表情に注意を向け、変化を読みとろうとした。
だが、眉間にしわを寄せたナターシャは蔑んだ目でノエルを睨んだまだった。
額に汗を浮かべているノエルの息が荒くなっている。
(ノエルの魔法はうまくいかなかったのだろうか……)
リアナが焦りを感じていると、ふたりの衛兵がそばにやってきた。
巨大な甲冑をつけた衛兵はふたりとも二メートルをこえていた。
「この女を城に入れるな」
ジェラミーが声をかけると、衛兵は感情のない石のような目でリアナを見下ろす。
「わたしは父、ロブル・バラスタ伯爵の代わりに晩餐会にきました。父は招待状をうけとっています」
リアナは衛兵を見上げていった。
「この女が一歩でも城門の中にはいったら地下牢にいれるんだ」
ジェラミーはリアナの声を打ち消すように衛兵に命じた。
「ジェレミー様、リアナに関わると縁起が悪くなります」
ナターシャは去っていこうとする。
「参りましょう。宮殿でみながわたしたちを待っています」
(……だめだ、ナターシャをいかせては)
「ナターシャ様!」
リアナは並んだ山のような衛兵の間からナターシャを呼びとめた。
ナターシャが反射的に声のほうに振りむく。
その瞬間、ノエルがふたたびナターシャを見据え、口の中で呪文を唱える。
すると、ナターシャの動きが止まった。
なにかに驚いたように口をゆっくりと開く。
見えない糸で手足をあやつられているように身体をノエルにむける。
「ナターシャ様は高貴な女性だ。あなたが気軽に声をかけていい女性ではない」
ジェラミーがリアナとノエルに歩み寄った。
「……わし、晩餐会でうまい料理、食いたい。うまい酒、飲みたい」
鋭い目つきになっていたノエルはとっさに泣きそうな顔になり、哀れっぽい声をだした。
「この者たちを追い払ってくれ」
ジェラミーが衛兵にいった。
「ジェラミー様、待ってください」
ナターシャがジェラミーに声をかけた。
「……伯爵に晩餐会にでてもらいましょう、ぜひ」
その声はうわずっていた。
目から怒りは消えている。
「異国の方をもてなすのもわたしたちの務めです」
大きな目が潤んでいる。
目の縁に涙がたまっている。
「やった! うれじい、うれじい」
ノエルは大きく口を開けて、笑う。
「……ナターシャ様はお優しい」
ジェラミーはナターシャの変化に困惑していた。
ふたりの衛兵も戸惑い、ジェラミーとナターシャを交互に見る。
「ですが、晩餐会は選ばれた者たちがいる場です。得体のしれない男が大広間にいることをよく思わない者もいるでしょう」
ジェラミーの目鼻立ちがはっきりした顔は不満を隠せなかった。
「この男を招いたナターシャ様を非難する者もいるかもしれません」
「わたしを非難できるのはお父様と国王だけです」
ナターシャはとうぜんのようにいった。
声にはジェラミーへの甘えがなくなっている。
「あらためまして。ナターシャ・フェルナンと申します」
ナターシャはジェラミーとの会話を打ち切り、ノエルの声をかけた。
社交の場に慣れているはずの宰相の娘が不自然な動作で膝を折り、ノエルに礼をする。
「よろじく、よろじく」
ノエルが呆けた笑顔を見せると、ナターシャは少女のように頬を赤くする。
落ち着きなく手足をもじもじさせる。
(……ナターシャは魔法にかかった。第一関門は突破した)
リアナはノエルの魔法の効果に目を見張った。
「……ナターシャ様、調子が悪いのですか? 顔が赤い」
怪訝なままのジェラミーがいった。
「なんともありません」
ナターシャは何かをごまかすようにさっとリアナに顔を向けた。
「リアナ、あなたも晩餐会にでてもよろしい。しかし、条件があります」
ナターシャは人が変わったように低い声でリアナにいった。
「このセンスの悪いスカーフを外しなさい」
リアナの答えを聞くことなく、首のスカーフをほどいて外す。
「魔物に憑かれているのを隠させません。その傷は魔物に憑かれたしるしでしょう」
ナターシャはヘイランの森でジェラミーがリアナの喉を裂いたことを見ていなかったかのようにいった。
「危険ですからね。みながあなたに近づかないようにしないと」
リアナの首の一文字の傷跡が露わになった。
切り裂かれた大きな傷跡は、変色しただれている。
それまで意地悪く笑っていた取り巻きの女性貴族たちが、リアナから目をそむけた。
リアナは凍りついたように身動きができなくなった。
「伯爵、お好きな料理はございますか? 料理人につくらせます」
ナターシャはリアナにもう関心がなくなったようにノエルに微笑んだ。
「……ナターシャ様、参りましょう」
ジェラミーはノエルから引き離すようにナターシャの手をとり、歩かせた。
「では、伯爵のちほど……」
ナターシャは名残惜しそうにノエルを振りかえる。
そして、ジェラミーとナターシャは取り巻き連中をぞろぞろと引き連れ、夕方の陽と影に覆われた宮殿に向かっていった。
二人の巨大な衛兵も持ち場に戻っていった。
リアナはその場を動けずにいた。
側を同じ年ごろの二人の女性貴族が通りすぎる。
リアナは首に手をやった。
(……忌々しい傷跡が消えるわけではないのに……)
傷跡がないすっと伸びた彼女達の首がものすごくきれいに見えた。
(晩餐会の間中、隠しつづけるわけにはいかないのに……)
「リアナ様は美しい。完璧です」
中年男姿のノエルが、彼本来の声でいった。
心を和ませる声にリアナは薄く微笑んだ。
「ありがとう」
金縛りから解かれたように首から手を離す。
「……やりましたね。魔法は成功した」
「はい」
「ノエル、いきましょう。ジェラミーとナターシャを楽しませてあげましょう、一生忘れられないくらい……」