余命半年の学園のマドンナから「私の写真を撮って」と写真部の俺に頼まれたので
「ねえ、私の写真を撮ってよ」
ある日の屋上、俺は学園のマドンナこと東雲 一華からそうお願いされた。
「......いいのか?」
「うん、生きている間の証明写真!」
ニコッと笑う彼女の笑顔はどこか儚くて脆さを感じた。
きっかけは2日前のことであった。
***
俺は誰もいない立ち入り禁止の屋上で弁当を食べ終え、仰向けになって空を見上げた。
「......綺麗だな」
思わずそう呟いてしまう。
どこまでも澄んだ青く広大な空。
それに雲という白が加わり空全体を形作っている。
雲は形が変わる。その変化の過程も見られるのもまた美しい。
写真の題材にしてもいいな。
写真部である俺は手でカメラの形を作りながらそんなことを考えた。
元々写真を撮るのが好きだった俺は高校になって写真部に入った。
そこで写真を撮る楽しさを改めて実感した。ただ部員が少なすぎて今や廃部の危機である。
写真部はモテないというのが難点だが、生憎そんなことに興味はない。モテるぐらいなら写真を撮る方がいい。
ただ......学園のマドンナこと東雲 一華に近づきたいとは思う。
そのためにまずモテるのは第一条件だろう。
一華は、容姿端麗、成績優秀。才色兼備という言葉がよく似合う人物である。
サラサラとした黒髪に引き込まれそうになる瞳。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
近づきになりたいというのは決して恋愛的な意味ではない。仲良くなって写真を撮らせてもらいたいということだ。
勝手に撮ったら盗撮になるし、それこそお願いしても変人だと思われるだろう。
という思いがあったのだ。
一華がモデルをやったら売れるだろうし女優でもそこそこ有名になれるのではないだろうか。
とりあえず1枚だけでいいのであの子の写真を撮ってみたいな、というのが最近の俺のささやかな願いだ。
まあ叶うはずもないので、今まで通り風景の写真を撮ろう。
俺は体を起こし、置いてあったカメラを手に持って空の写真を一枚撮った。
しかししっくりこない。
俺はもう一枚写真を撮った。
「......まあこれでいいか」
「うんうん、綺麗だしいいと思う」
「ふえ!?」
その時、急に誰かが俺の肩に手を置いてカメラの中を覗いた。
それに驚き、情けない声を出してしまう。俺はすぐさまそこから離れた。
「だっ誰? ......って東雲さん!?」
「あっ、私の名前知ってるんだ、こんにちは」
そこにいたのは学園のマドンナ、東雲 一華だった。
どうやら写真を撮るのに夢中になっていて、誰かが屋上に入ってきたことに気づかなかったらしい。
「えっと......ここ立ち入り禁止では?」
「それあなたもじゃん」
「ぎくっ」
的を得たことを言われ何も言い返せない。
というか一華って校則を破るような子だったか?
もっと清楚で真面目なイメージである。
そもそも何故ここへ?
「津城 渚くんだっけ?」
「......名前知ってるのか」
「まあ同級生なんだし」
同級生といえどクラスは違う。
ということは俺目的で来たのか? と無意味な妄想を広げるが、そんなわけはないと一蹴した。
「渚くんって呼んでいい?」
「好きにしてくれ」
「じゃあちょっと渚くんの撮った写真見せてよ」
俺はほぼ強引にカメラを奪われた。
「あっちょっ......」
「ふーん、どれどれ」
そして一華は俺の撮った写真を見始めた。
なにこれ、と笑うわけでもなく真剣に見ている。
そんな彼女の姿を見ているとやっぱり写真を撮りたいと思ってしまう。
俺は無意識のうちに彼女に焦点を合わせて手でカメラを作っていた。
その時、強い風が俺たちに吹きかかった。彼女はその艶やかな髪を押さえた。
今の部分撮れたらな。
「はい、ありがと、写真撮るの上手いね」
「......」
「どうしたの?」
「あーいや、そんな風に褒められたの思えば初めてだったなと思ったから」
俺が撮った写真は何個か賞を取っている。
ただ写真なんて高校生にとっては無価値に思う人が多いだろうし、俺の写真を見た人はみんな笑う。
確かに上手いけどちょっと痛いぞ、と言われる。
なので真剣に「上手い」と言われたのは何気に初めてだ。
少し照れくさい。
「ふーん、そうなんだ」
そう言って彼女は俺にカメラを渡し、フェンスの方に行った。
「......この景色綺麗なのになんで立ち入り禁止なんだろうね」
「まあ危ないからだろ、フェンスあるとはいえ万が一のこともあるかもだし」
「それもそうか......ねえ、明日もここに来れる?」
「来れないことはないが......」
「じゃあ来て、約束ね、同じ時間にここで待ってるから」
そう言い残して彼女は去っていった。
まあどうせなんもないしまた来るか。
俺はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。
「やばっ、もうすぐ授業始まるじゃん!」
俺も彼女の後を追うようにここを急いで去った。
***
「忘れてるのか? でも来るって一華から言ってたし......」
次の日、一華は来なかった。
最初は遅れてくるのかなと思っていたが、気づけば授業開始まであと5分である。
今日は来ないのだろう。
......というか学校で彼女の姿を見かけただろうか。今日は一度も見ていない気がする。
学校を休んでいるとすれば納得のいく話だ。
もう一回同じ時間に来よう。
***
さらに次の日、俺が屋上の扉を開けると、見覚えのある背中が目に飛び込んできた。
彼女は俺に気づいていないようである。
俺はフェンスを掴んで街の景色を見ている彼女の元に近づいた。
「どうも」
「あっ、やっほ」
「昨日学校休んでたのか、下駄箱見たらわかった」
「あはは、ごめんねー」
俺は一枚、なんの意味もないが、ぶら下げてあったカメラで街の写真を撮った。
「昨日なんで休んでたんだ?」
「体調不良......いや、隠してもどうせ無駄か、私ね病気なんだ、それで病院に通ってるの」
「病気?」
「うん、余命半年ってところかな」
「ふーん」
病気か。早く治るといいな......ん? 余命半年?
一瞬自分の耳を疑ってしまう。だがしかし確実に余命半年と聞こえた。
「えっ余命半年!?」
「うん、そうだよ」
彼女は形だけの笑みを浮かべた。
「冗談......じゃないよな?」
「うん、本当の本当」
「......そうか」
俺はどう反応すればいいかわからず困ってしまう。
「学校来てる場合じゃないんじゃ......」
「時間にはいつか終わりが来るの、だから、せめて楽しい時間にしたいから」
......彼女の気持ちは想像を絶するものだろう。
可哀想などという同情なんかできやしない。
「あっみんなにはこのこと内緒にしといてね、まだ誰にも言ってないから」
「ああ、わかった」
みんなに言ったらきっと変な雰囲気になってしまう、と思っているのだろう。
彼女はおそらく普通の日常を送りたいのだ。
他愛もない会話をして盛り上がって......。
時間が有限だと実感した時、その日常の大切さに初めて気づく。
きっとこんなことを話されたら俺のように次にかける言葉が見つからなくなるだろう。
何を言おうか......何か言わなければ。
そう思った俺は何故か訳の分からない変なことを言っていた。
「東雲、そういえばアボカドって果物らしい」
「......え?」
一華は一瞬唖然としてそれから笑った。
ツボにハマったのかお腹を押さえている。
「きゅっ急に、どっどうしたの?」
「えっあっいやー、かける言葉が見つからなくて」
笑いすぎて目に涙を浮かべている。
「あー久しぶりかも、こんなに笑ったの」
「まあ、笑ってくれて何より?」
「変なのー」
本当に俺は突然何を言ったのだろう。
落ち着いたあと、彼女は再び街の方を向いた。
「あと半年か、この景色を見られるのも、もっと色んなことしたいなー」
彼女はさっきとは違う自虐的な笑みを浮かべた。
そして彼女は唐突にこんなことを言い出した。
「......ねえ、私の写真撮ってよ、そのカメラで」
そう言われて胸が高鳴った。ずっと撮ってみたかった一華の写真。
断るという選択肢はない。
「.......いいのか?」
「うん、生きている間の証明写真!」
無理にニコッと笑う彼女の笑顔はどこか儚くて脆さを感じた。
「じゃあそこで立っててくれ、ポーズはなんでもいい」
「分かった」
俺は一華から離れてカメラを構えた。
そして彼女にカメラの焦点を合わせる。
......やはり綺麗である。俺の胸がこれ以上ないほど高鳴っている。
「じゃあ撮るぞ、はいチーズ」
彼女は満面の笑みでピースした。
やっぱり良い。そもそもの素材が良すぎる。
「どう、上手く撮れた?」
彼女は撮ったあと俺の元に近づいてカメラを覗いた。
「そもそもの素材が良すぎるからどう撮っても上手くはいくな」
「遠回しな言い方だね」
「あーまあ普通に可愛いって言ったら勘違いされるだろ、あと癖だ癖」
「ふーん」
そう返すと一華は何やら不敵な笑みを浮かべた。
思わず顔が引き攣ってしまう。
「なっなんだよ」
「いや別にー」
彼女はくるっと一回転した。
「渚くん、これから私のパートナーになってよ」
「パートナー? ......えっつまり彼氏?」
「あーごめんごめん、そういう意味じゃない、私の専属フォトグラファーっていうのかな?」
一華の専属フォトグラファー。それはつまりいつでも一華の写真が撮れるということ。
「私前々からモデルとかやってみたかったんだよねー」
「ネットに上げろってことか?」
「あーいやそれはやめて、恥ずかしい」
「モデルやりたいのに写真が社会に出回ることへの羞恥心はあるのか......」
「まあね、というわけで渚くんだけが持っててよ、友達とか誰にも見せないでね、私と渚くんだけの秘密」
「分かった、その提案乗った」
「本当!? ありがとう、じゃあこれからよろしくね」
こうしてこれから約半年間、一華の写真を撮ることになった。
......一華が楽しんでくれたらいい。そんな思いもあった。
***
一華のパートナーとなったわけだが俺は無事、一華に振り回されることになった。
「渚くん、ゲーセン行こ?」
「あっちょっと待て」
「待たないよー、早く早く!」
俺は先ほど撮った写真を整理していると一華に手を引っ張られる。
ちなみにまだ学校はやっている。......何故こうなった。
数時間前、俺はいつも通り屋上へ行った。
もちろん屋上には一華がいた。さて今日は何を撮ろうかと考えていると......。
「ねえ、渚くん、学校抜け出して遊んでみたくない?」
「......は?」
「そういえば渚くん、私のパートナーだったよね? もちろんついてきてくれるよね?」
「ガチっすか」
「うん、本気!」
というわけで俺たちは上手く潜り抜けて隣街まで来ていたのである。
母さん、父さん、学費出してくれてるのにごめんよ、許してくれ。
ゲームセンター内に入ると、やはり人はあまりいなかった。
ほぼガラ空きである。
「お金どれくらい残ってるんだ?」
「うーん、ざっと2万くらい?」
「おお、だいぶあるな」
「今まで貯金してた分、どうせなら自分のために使い切りたいからさ」
「そうか」
俺はもう1000円くらいしか残っていない。
自分の財布の中身を確認していると、もうすでに一華はぬいぐるみのクレーンゲームをやっていた。
俺がしばしその様子を見ていたがなかなか取れる気配がない。
「ぐぬぬ......」
「なるほど、下手だな」
「むっ、それなら渚くんやってみてよ」
一華は俺の手のひらに100円を置いた。
その100円を入れ、俺はレバーを持った。
ぬいぐるみに標準を合わせてボタンを押した。
ぬいぐるみにキャッチャーの先端が引っ掛かり無事一発で取ることができた。
「すっすごい、渚くん!」
一華は目をキラキラとさせている。
俺は取り出し口からぬいぐるみを取り、一華に渡した。
「いっいいの!?」
「おう」
「ありがとー! 流石私のパートナー」
俺がぬいぐるみを一華に渡すと彼女はぬいぐるみを抱きしめた。
その光景に思わず、萌え、というのを感じてしまう。
無意識のうちに俺はカメラを手に取り、それを写真に収めた。
「あっ盗撮ー!」
「お前のパートナーだからな、それにこういうのは自然な表情の方がいいし」
「......私いい表情してた?」
「ああ」
「そっか、よかった」
そんなやり取りをしていた時だった。
急に彼女がお腹を押さえ、その場に座り込んでしまう。
「うっ......」
そしてそのまま倒れ込みそうになる。
危ない、と思った俺は反射的に彼女を抱き抱えていた。
「大丈夫か?」
「あっあり......がと、私のバッグに水と薬入ってるから、取ってくれ......る?」
「分かった」
***
「ごめんね、さっきは」
「気にするな、あと無理はするなよ」
「......うん」
彼女の死期はもう近いのだと再認識させられる。
「落ち着いてきたし、そろそろ帰るね、じゃあまた」
「俺も途中までついていく」
「あっいやいいよ、なんか悪いし」
「まだ撮り足りないんだ」
「あはは、何それ」
俺もついて行った方が賢明な判断だろう。
それに撮り足りないというのもまた事実である。
俺たちはゲームセンターを後にして帰路についた。
次の日、俺は案の定先生に呼び出しをくらった。
そんな俺の話を聞いて一華は腹を抱えて笑っていた。
一華は事前に早退すると言ったのでセーフだったらしい。
***
それから俺たちは時間がある日はいっぱい遊んだ。
どうやら彼女には『死ぬまでにやりたいことリスト』というものがあるらしい。
中身は断固として見せてはくれなかったが俺がそれに付き合っている感じである。
そんな日常が楽しかったし青春を感じられた。
時には温泉へ、時には隣県へ、時には世界遺産へ。
人生を最大限満喫できている気がする。......さらに彼女といると余計にである。
お金は確かに減ってきているが別に気にはならない。
時には撮ることさえ忘れてただ楽しんでいた。
ただ、そんな日常が続けば学年内で噂が立つのも当然である。
「なあなあ、本当はどういう関係なんだ、あの一華様と!」
「別にただの友達......」
「ねえねえ、一華ちゃんの彼氏って本当!?」
俺は男女問わずしつこく尋問されていた。
流石に対処し切れるわけもなく、俺は、トイレに行ってくる、と言って屋上へ逃げた。
ここなら立ち入り禁止だし誰も入ってこないだろう。
「あっぶね......」
「わっ!」
「うわ!?」
どこから現れたのかわからない一華が急に後ろから俺の肩を掴んだ。
それに普通に驚いてしまう。
「びっくりした......一華かよ」
「私ですー」
いつも通りの笑顔だ。
というか昼休みじゃないのに一華もここにいたのか。
同じようにクラスのみんなに尋問されたってところだろうか。
「まあ私、顔が広いからね、仕方ないね」
「優等生ってすごい」
「それほどでもー」
おかげで俺も困っているのだが。
「もういっそのこと本気で付き合っちゃう?」
一華にそう言われ、俺は一瞬胸が高鳴ってしまう。
......きっと何かの間違いだ。
まあ、彼女もその気じゃないだろう。
「余計変な噂立つ」
「......それもそうだよね、あっそれよりさ夏休みどうする? 私の体調次第だけどあと1個残ってるんだ、行きたいところ」
「部活はもう廃部寸前だからな、ほとんどない、空いてる時はいつでも誘ってくれ」
「分かった、じゃあまたメールしとくね」
一華のパートナーになってもう約5ヶ月が経った。
名前呼びも許されたし、連絡先も交換している。
なんだかだいぶ距離が近くなった。前の俺だったら考えられない出来事だろう。
そしてもうすぐ夏休み。彼女の体調も学校ではなんとか耐えているようだが段々と悪くなってきている。
もう時間がないのだろう。......彼女が許す限り俺は彼女と最後まで彼女のパートナーでいたい。
***
『行きたいところってどこなんだ』
夏休みに入った。しかし彼女からの連絡は一向に来ない。
そしてメールを送ったきりもう1週間は帰ってきていない。電話をかけても出ない。
もしや......と思う気持ちもあって胸が不安でいっぱいだった。
そして、ようやく返信が返ってきた。
『あっおひさ、ごめんね音沙汰なしで、ここ来てくれる?』
そして彼女から送られたのは病院の住所だった。
......やはり病状が悪くなったのか。
俺はすぐに支度をして病院へ向かった。
***
病室のドアを開けると、静かに本を読んでいる一華がいた。
「あっきた、ごめんね、わざわざ」
「......やっぱり悪くなったのか?」
「うん、先々週の夜あたりからかなリビングでそのまま倒れちゃって」
「そうか」
無理にでも彼女は笑顔で話している。
こちら側の胸が張り裂けそうだ。ただ彼女は最後まで普通に生活をしたいと思っている。
死ぬ最後の瞬間まで。
俺は話題を変えた。
「りんご持ってきたけど食べるか?」
「ありきたりだね、でもまあ悪くないかも、院食まずいし」
「噂には聞くが、そうなのか?」
「うん、味ほぼないし、栄養特化でつくられてるからね」
「なるほどな」
俺は彼女と話しながらりんごをスラスラと剥いていく。
「渚くんの料理美味しそう」
「これだけ一夜漬けで練習してきたんだ」
「何それ、私が病院に来いって言ってるの予知してるみたいじゃん」
いつも通り彼女は笑う。しかしどこか弱々しさを感じる。
「親はいないのか?」
「うん、どっちも仕事、私のせいで休んでは欲しくないからね、うちの親すごいんだよ、最後の最後まで私と一緒にいるって言ってるの、親バカというか、なんというか」
まあ普通ならそういう反応なのだろう。
明日目を覚まさないかもしれない娘と一緒に寄り添いたいと思うのは当然だ。
「そういえば3日後夏祭りあるでしょ?」
「ああ、あるな」
「私と行ってくれない?」
「行きたいところってそういうことか、というか最後だろ? 俺でいいのか? 友達と行かないのか? もう長くないってことはクラスのみんな知ってるんだし、誘って来る人もいただろ?」
ふとそんなことを口にした。
今まで当たり前のように一華と遊んでいたから気づかなかったが普通なら同性の友達と一緒に行くものでもある。
「へー、渚くんは私と行きたくないんだー」
彼女はヘソを曲げてそう返した。
「ああ、いいやそんなつもりはないんだ、うん、俺だって一華と行けるなら行く予定だったし......」
「そう? それは嬉しいや、友達とはもう遊んだし大丈夫かな、それに誘ってくるというか最後の夏祭り、渚くんと楽しんでおいで、っていうのが多かったかな」
「......ああ、なるほど、勝手にカップル認定されてるもんな」
「そう、だから問題なし」
「じゃあ5時くらいにここにくるよ」
「ありがと」
......胸が張り裂けそうな思いである。彼女の前ではいつも通りの気持ちを取り繕っている。
ただなんだろう。この気持ちは。......今はただ、とにかく悔しい。
***
夏祭り始まるまでの3日間、俺は昼は毎日彼女の元へ行った。
それからカメラの点検とか充電の確認と言ったところだろうか。
最後の最後まで彼女を美しく撮るために。
彼女を写した写真はもう数えきれないほどある。
微妙に期間が空いている時があるが、それは単純に俺が彼女と遊ぶのに夢中になりすぎて撮り忘れていただけである。
もうしばらく風景の写真は撮っていないな。
写真部での活動は前撮った風景の写真を使っている。まだまだストックは残っている。
そして夏祭り当日。
「一華、入るぞ」
「あーい、いいよー」
俺はちょうど5時につき、病室のドアを開けた。すると目に飛び込んできたのは浴衣姿の一華だった。
確かに夏祭りだから変ではないのだが、予想していなかったせいで心臓が跳ね上がった。
「どうかな?」
「ああ、いいと思うぞ、うんうん」
俺はそれを隠すように思いっきり首を縦に振った。
「おっおお......すごい肯定的」
「あっまだ撮影禁止ね、ちゃんと夏祭りの会場で撮って欲しいから」
普通に見惚れてしまい撮影のことが頭に無かったのは置いておこう。
「外出届は出したのか?」
「うん、楽しんできてって言われた」
「そうか、じゃあもうちょっとしたら行くか」
「楽しみだなー」
***
会場に着くとやはり大勢の人で賑わっていた。
「うわあ、逸れちゃいそう」
「とりあえず手繋ぐか」
俺は彼女の手をとった。
「えっ!? あっ......」
「すまん、嫌だったか?」
「ごめん、そういうわけじゃない、こっちの方がいいよね」
心なしか彼女の頬が赤い気がする。
「花火までは時間あるし、なんか食べよ」
「そうだな、あっ焼きそば食べるか?」
「いいね、賛成」
俺と一華はひたすらに夏祭りを楽しんだ。
型抜き、金魚掬い、射的、くじ引き......。
俺は1枚1枚丁寧に写真を撮った。
気づけば花火が上がるまであと10分となかった。
「あっそろそろ花火上がるな、いつもどこで見てるんだ?」
「うーん、近くの河川敷らへんかな」
「あっ俺も同じだ、じゃあそこで見るか」
「うん、そうだね」
そうして俺たちは河川敷まで行き、土手に座った。
案外ここで見るという人は少ないのかちらほらとしか人影が見えない。
「あっ綺麗」
「本当だな」
上を見上げると無数の星が輝いていた。
そしてそんな夜空に......満開の花が咲いた。
1つの大きな花火が咲き、それを合図に無数の花火が打ち上がった。
「綺麗......」
様々な色で夜空を飾っていく。
俺は花火に見惚れている彼女から少し離れて、花火と共に一華の写真を撮った。
この景色を俺も目に焼き付けておこう。
「何気に今気づいたけど女子と夏祭りきたの初めてだな」
「あっそれ私も言おうとしてた」
「そうなのか? モテてるもんだからてっきりそういうの慣れてるのかと」
「モテてるって言っても興味ない男子とは行きたくないし」
俺はその分信頼されているのか。それはそれで嬉しいな。
気づけば俺の頬は赤くなっていたようだ。
そうして約20分が経ち、花火が終わった。
「これでやりたいことリストは終わったのか?」
「まあ満足かな、本当はスイスとか外国行ってみたいけどこの体じゃできないし」
「それじゃあ俺はお役御免かな」
「......そうだね、うん」
そう言うと一華は少し哀しげな表情を浮かべた。
そんな彼女を見て俺の胸も締め付けられる。
「でも一華がご所望とあらばまた会いに行くよ」
「本当!? ......旅までした仲だもんね、空いてる日はいつでも......あーえっと、呼んだらきてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
そしてニコッと彼女は笑った。
いつも通りの笑顔。でもそれを見て心臓の鼓動が速くなると同時に胸が苦しい。
......ああ、そっか、この感じ、どうして早く気づかなかったんだろ。
「ああ、いつでも行く」
それでもまだ時間があるのなら、彼女に寄り添おう。
「あっじゃあ最後にちょっとカメラ貸して」
彼女が何をするのかわからなかったが俺はとりあえず首にかけてあったカメラを渡した。
一華はそれを持ち何やらキョロキョロとしている。
「あっ、あの人でいいかな、すいません、ちょっと写真撮ってもらっていいですか?」
「はい、いいですよー」
そして彼女は通行人のカップルらしき人たちに声をかけた。
「私たち2人で撮ろ?」
「えっああ、いいのか?」
「もちろん」
一華はそう言うと俺と腕を組んだ。
理解に一瞬遅延が生じた。
......あれ、これってカップルとかでやるやつでは?
「いきますよー、はいチーズ」
***
時間を遅らせることができたら。もう少し時間があったら。
彼女と過ごすたびに俺はそう思った。
彼女との日々が楽しければ楽しいほど、この時間を失ってしまうのが惜しかった。
彼女は病気と闘うのではなく、俺と共に病気に向き合うことを選んだ。
『結局闘病をしても生きれる時間がほんの少し長くなるだけ、それなら私は君といたい』
よく彼女はそう言った。
そのおかげで振り回されることになったのだがこの半年は俺としても実に愉快なものになった。
俺の気持ちも内心はわかっていたのかもしれない。ただ気づいた時にはもう遅かった。
夏祭りが終わったのを皮切りに一華の病状はどんどん悪化した。
そしてそのまま目を覚まさなくなり、亡くなった。
俺がちょうどその知らせを受けたのは一昨日の夜だった。
メールの送り主は一華だった。
ただメールの内容はご家族が打ったものだった。
最初は何かの冗談だと思った。いつもよりもタチの悪い冗談だと思った。
信じたく無かった。
俺は部屋の中で1人泣き崩れた。
彼女は夏祭りが終わった後一度も俺を呼ばなかった。
彼女の性格上俺に心配をかけたく無かったと言ったところだろうか。
俺がメールを送信しても返って来ない。
きっともうその頃にはだいぶ衰弱していたのだろう。
......色々な後悔が残る。失われた時間は戻って来ないのに。
そして俺は彼女のお通夜に参加することになった。
カメラを持っていこうかと考えた。彼女を撮った写真を見せようかと考えた。
ただ一華は生前言った。
『誰にも見せないでね、私と渚くんだけの秘密』と。
だから俺はカメラを自宅に置いたままにした。
「もしかして......津城 渚くん?」
お通夜の会場に着くと後ろから声をかけられた。
「一華の母と父です」
「ご家族の方ですか、この度はお悔やみ申し上げます」
「......一華からよく話は聞いていたわ、仲良くしてくれて本当にありがとう」
「一華は君といれて本当に楽しそうだった......最後に君と会えなかったのが残念、と一華は言っていたよ」
「......そうですか」
俺は自然に力をいれて、涙を堪えていた。
「そうだ、一華がね、あなた宛に手紙を書いていたの、家に帰ったら読んでくれる?」
「俺に手紙を......」
そして一華の母は俺に手紙を手渡した。
***
お通夜は無事終わった。他クラスの一華の親友と思わしき人物も1、2人いた。
そして俺は今手紙を持ったまま硬直している。
「......一華が俺に書いた手紙」
正直今ですら辛い。ただ読まなければいけない。
俺は封を開けて手紙を読んだ。
***
渚くんへ
この手紙を読んでるってことは私はもう死んでるってことだと思います。
最初ってこんな感じでいいんだよね? これ地味に言ってみたかったんだ。
渚くん。この半年間今まで本当にありがとう。私の無茶に振り回しちゃってごめんね。
学校抜け出したり、色々したよね。あと夏祭りも一緒に行ったね。
まさかほぼ全部付き合ってくれるとは思ってなかった。
最初に会ったのは立ち入り禁止の屋上だっけ。
まさか私以外に人がいるとは思ってなかったからあの時は驚いたよ。
私の残りの人生を華やかなものにしてくれたのは渚くんのおかげ。
渚くんといれて本当に楽しかった。時間がもっとあったらよかったのに。
もっと私が渚くんと早く出会ってたらなー。
私のこと、忘れないでね。写真も渚くんだけが持ってて。私と渚くんの秘密。
じゃあ最後にこれだけ言っておこうかな。
渚くん、好きだったよ。
一華より
***
その手紙を読み終えた時、俺は涙が止まらなかった。
「......俺も好きだった......こちらこそありがとう」
***
あれから一年半が経った。
今日で卒業式を迎えて、この学校とはおさらば。
だから彼女との思い出の場所を写真に残したかった。
「ここにくるのも懐かしいな」
俺は久しぶりに屋上のドアに手をかけて開いた。
すると同時に強い風が吹き込む。
ここにくると昨日のことのように思い出す。一華との日々を。
「卒業おめでとう、一華」
俺は1人そう呟く。
そしてカメラを構えてシャッターを切った。