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領主さまは救世主  作者: 長久保いずみ


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6

「では、借りたい本、探している本があったらこちらに申し出てください。走らず、騒がなければ、ご自由に過ごしていただいて構いません」


 ディネージュに来て四日目の午後。孤児院からシスターと子どもたちを連れて領主の屋敷にある図書館まで来たウェンディは、ここまでの道を案内してくれたリュミスからそう説明を受けた。


 図書館と言いつつ、私設のものだからせいぜい千冊くらいの蔵書だと思っていた。


 ところが案内されたのは、本館の北の建物。地上三階建てのそれは、万を超える蔵書量を誇るまさに“図書館”だった。


 見渡す限り、空白の棚はどこにも存在しない。あちこちに浮かんでいるのは火と風の魔法を込められた浮遊灯(フロートランプ)。揺らめく火は光だけを届け、本や建物に燃え移ることはない。そのため、建物全体が温かな光に包まれていて、遠くまで見通せた。


 館内には同じように利用している人がちらほらといる。本棚の前で立ち読みしている人もいれば、椅子に座って熟読している人もいる。本の森特有の、時間の流れがゆっくりと感じられる匂いがした。


「ところで、ウェンディさん」


 リュミスが声をかける。


「お探しの本ですが、似たものを見つけましたよ」


「本当ですか?」


 ウェンディが聞き返すと、リュミスは頷いた。


「読みますか?」


「いえ、帰りに借ります。それまで保管していてもらっていいですか?」


「はい」


「あと、薬草についての本はどちらに?」


「奥から三番目から五番目、五百番の棚です」


「ありがとうございます」


 ウェンディはリュミスに礼を言って、子どもたちを促した。


 子どもたちもシスターも、おそらく初めてここに来たのだろう。興味深そうに、あるいはおっかなびっくりに、何度も視線を動かしている。


 ちなみに今回、ここに来ているのは十歳前後の子どもたちだ。それよりも小さな子どもたちは静かに出来ないだろうからと、シスター・ケイトと一緒に留守番している。


 図書館にやって来た子どもは全部で五人。それに引率のシスターとウェンディを入れて七人だ。


 奥から三から五番目、と言われたが、いかんせん広い。十数台の本棚を通り過ぎて(その間に横道に逸れそうになる子たちを連れ戻すこと数度)、ようやくお目当ての本棚に辿り着いた。


 小さな黒板に手書きで「書籍番号500~ 植物」と書かれている。ここを当たれば、薬草の一つや二つは見つかるかもしれない。


「じゃ、それらしいものを片っ端から調べていきましょう」


「……どうやって?」


 子どもの一人がぽつりと訊ねた。彼ら彼女らは、ここに来たのが初めて。つまりモノの調べ方もわからないのだ。


 ウェンディは少し考えて、


「まずは、薬草について書かれていそうな本を、一人一冊ずつ取ってみましょうか」


 植物関連のものと言っても千差万別。精緻なスケッチと共に群生地が書かれているものから、目当ての薬草のみを集約、効能を書いたもの、さらには料理についてと幅が広い。そこまで考えて、はたとウェンディも気づく。


(これ、薬学の本も必要だ)


 ひとまず、シスターを含めた六人全員が本を一冊手にしたのを見て、空いているテーブルまで向かう。


「薬に使えそうなもの、ここでも育てられそうなものを探してみて。私も少し調べてみるから」


 シスターにその場を任せ、ウェンディはカウンターに早歩きで戻る。


「リュミスさん、薬学の本ってどこにありますか?」


「やくがく……薬ですね。四百番台の本棚なので、植物のすぐ隣にありますよ」


「ありがとうございます」


 ウェンディは会釈をして、先ほどの場所に舞い戻る。植物関連の本が納められている本棚の、通路を挟んだ向かい側。そこが薬学の棚だった。


 ウェンディはざっと本棚を調べ、それらしい本を三冊ほど抜き取る。それを持って子どもたちのいるテーブルに向かった。


 子どもたちはゆっくりと読み進めていて、薬になりそうな草がないかと探している。上から覗き込んでみると、ただの植物図鑑だったり、珍しい草花を記録したものであった。


 ウェンディも自分が持ってきた本を開いて読み進める。診断を下すのは主に医師の仕事であるが、看護師にも同等の知識が求められる。そうでなければ医師のサポートが出来ないし、医療の前線にも立てないからだ。


 それに、医学というのはほぼ毎年アップデートされる。つい昨日まで常識だったものがひっくり返るなんてこともあるのだ。だから医師も看護師も、立場は違えど同じ知識を有する必要があった。


「……?」


 が、読み進めていくうちにウェンディの眉間にしわが寄った。


 情報が古い。薬草の保管方法ひとつとっても、一昔前の方法が記されている。奥付を見ると、出版されたのが五十年前となっていた。うっすらとついたページの色が経年のものだとわかり、ウェンディは内心で頭を抱えた。


 他の二冊の奥付を見ても、新しいもので十年ほど前。その間に新しい情報があるはずだ。いくら魔法があるからと言っても、それを行使する前提の知識が古いのでは宝の持ち腐れである。


 とりあえず記憶の中の知識を引っ張り出しながら、今でも使えそうな薬草とその方法を探し出す。擦り傷や切り傷など、少人数のちょっとした怪我なら魔法よりも薬草を煎じた方が早い。そしてそういうよくある怪我というのは、わりと早い段階から方法が定着しているのだ。


「おい」


 記憶の中の知識と本の内容を照合していると、横から腕を突かれた。


「あったぞ」


 図書館なので小さな声だが、しっかりと呼んできたのはマルスだ。


 ウェンディは一度本を閉じ、差し出されたページを見やる。


 彼が持ってきたのは、自然に群生する野草を調べたもので、簡単なスケッチと共に詳細が書かれていた。


 マルスが示した場所に記されていたのは『ユキネソウ』という寒冷地に生息する植物だ。分類を見ると苔の仲間のようだ。色も名前が示す通り薄く、一見すると変わった色の霜柱と思うだろう。


 しかし、ユキネソウは薬になる毒草だった。


 うっかり素手で触ろうものなら、体内で針が暴れまわるような激痛が走る。急いで治療をしなければ、そのまま患部から凍っていき、最悪の場合は切断しなければならなくなる。


 逆に、適切な処理をすれば、とても上等な薬になる。患部を凍らせる性質を利用し、火傷を治す軟膏の素材になるのだ。これを塗れば、どんなにひどい火傷もたちまち治癒する。


 とはいえ、先も言ったようにユキネソウは寒冷地にしか生息しない。もちろん王都など四季の変化がある場所では栽培なんて夢のまた夢。そのためクィエルのような原生地から加工済みの商品を仕入れるのが一般的だった。


「試してみる価値はありそう」


 ウェンディは頷いた。これが栽培できるならそれに越したことはないが、いかんせん育て方がわからない。しかも毒草だから、小さな子の手が届かない場所で育てる必要がある。マルスが手にしている本はただの図鑑だから、育て方の載っている本を探す必要があった。


「ガーデニングとか、育て方について載っている本を探してみて」


 そう言うと、マルスは頷いて席を立った。


 他にもいくつか候補が見つかり、育て方を調べてみる。


 ユキネソウは寒い日影を好み、見た目と分類に反して湿度の低い場所で育つとあった。温度はともかく、湿度管理が大変そうだ。そこでもう一つ、低温を好み湿気を吸収して育つロクバナという植物を一緒に育てることになった。こちらも種が解熱剤の材料になる。


「今日はありがとう、ウェンディさん」


 マルスが持ってきた植物図鑑と、さらに栽培方法の載っている本を数冊借りて、シスターは礼を言った。


「さっそく、シスター長と話をして育てられるか検討してみるわ」


「こちらこそ、お役に立てて良かったです」


 にこやかにウェンディも返す。その手にはリュミスが集めた教本代わりの参考書がいくつかある。


「では、今日はこれで」


「はい。また明日」


 シスターに促され、子どもたちも会釈をしたり小さく返事をして帰っていく。まだ完全に心を開いてくれていないが、少しは距離が縮まったように感じる。


 彼らの後ろ姿を見送って、ウェンディは手にしている本に目を落とす。


「さて、私もやりますか」


 あてがわれている部屋に戻り、本を開く。これらも他の本と同じく、十年以上前に出版されたものだった。


 高価なのでそれほど版を刷れないし、値段も高いが、ここまで古いのはいっそ感心する。いや、むしろ王都の学園や市内の図書館が優秀すぎたのかもしれない。あそこの本は古くても五年前のもので、情報の齟齬もそこまでなかった。しかし地方ではそこまで頻繁に本を入れ替えられない。専門書ともなれば、平民の平均年収分と同等の金額のものもある。あれほどの本を集めていたら、しばらくは更新できなくても不思議ではない。


 そう考えたら、ここにこれだけの参考書があるのはむしろ奇跡だった。領主たちは代々、本の虫だったのかもしれない。


 ページにびっしりと並ぶ文字を追う。医療の基本、心構え、人体の各部位の名称……。ウェンディは暖炉の火が燃え尽きて、夕食に呼ばれるまで本に没頭していた。

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