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 クィエル領の都、ディネージュ。

 古語で「雪深い地」を意味するこの場所は、都と言いつつ近隣の村よりもすこし栄えている程度の小さな街だ。

 それでも道は馬車が行き交い、夜を照らす街灯が用意されているなど、インフラが整っている。

 その街で一番大きな建物が、領主が住む屋敷だった。

「では、こちらでお待ちください」

「はい」

 案内してくれた侍女に頷き返し、二人は広いソファに座る。

 そこは応接室のようで、向かい合ったソファの間にはローテーブルがある。それ以外は特に何もなく、よく言えばシンプルで、悪く言えば寂しい空間だった。

 とはいえ、それはここに限ったことではない。屋敷は外観こそ立派だったが、中は機能性を重視したものだった。

 動線がしっかりしていて、通路に余計な壺や像が置かれていない。貴族にありがちな絢爛豪華なイメージからかけ離れた内装だった。飾りと言えば、等間隔で置かれている花瓶くらい。そこに活けられた花は色鮮やかで、しかもすべて配色が違っていたのには驚いた。

 そういえば、村から屋敷まで運んでくれた馬車もそうだった。寒さ対策なのか、ずんぐりしたかぼちゃのような形の馬車は、暖房器具がないのにとても暖かかった。今座っているソファのように座り心地の良い椅子で揺られること一時間。腰もお尻もまったく痛くならず、ひそかに少女は感心し、嫉妬した。貴族はあんな素敵なもので移動するのか。

 二人して落ち着きなさそうにそわそわと部屋を見回していると、応接室のドアが開いた。

「待たせた……」

「こぉこで会ったが百年目ぇぇえええ!!」

 入ってきた青年を見て、挨拶もなしに少年が飛び掛かる。そのスピードは条件反射の領域だった。

「ちょ!」

 が、少女が抗議の声を上げるのと、

「ぶべ!」

 少年が手刀一刀のもとに伸されたのは同時だった。

「挨拶くらいしろ、阿呆」

 ひっくり返った少年にそう言い捨てて、青年は少女の向かいに座る。一緒に入ってきた侍女は呆れた視線を少年に向けて、他の従者と共に彼を脇に退けてサービングカートを運び入れた。

「さて……。久しぶり、と言っていいのかな?」

 そう言って笑みを浮かべた青年の顔には、いくらか緊張と戸惑いの色が見えた。

「……そう、ですね」

 少年の方を心配しつつ、少女も座り直して青年と向き合う。その後ろで侍女たちがてきぱきとお茶の準備をする。

「お久しぶりです、ディムさん。……いえ、クィエル領主さま」

「ディムで良い。敬語も要らないから」

 ディムと呼ばれた青年はそう答えた。

「そちらはウェンディと、オズワルドだったな?」

「はい……うん」

「元気そうで何よりだ」

「ディムさんこそ。急にいなくなったから心配したのよ?」

 そう言いながら少女――ウェンディは、一瞬だけディムの全身を見た。

 トレードマークの長い黒髪は、学生時代と同じようにうなじで一つにまとめている。人を寄せ付けない雰囲気の鋭い目は相変わらずだが、幾分か和らいでいるようにも感じる。それでも、気後れして同い年なのに「さん」付けになってしまう癖は抜けないが。

 そして、領主の肩書は本当なのだろう。着ているものが、ファッション方面に疎いウェンディでもわかるほど上等な生地で作られている。ハイネックのインナーなどを重ね着しているので着膨れしがちだが、スマートなラインは作られている。職人の技術と努力の結晶だろう。

「それに関しては済まなかった。それより聞いたぞ。ろくに冬支度をせずにこちらにやってきて遭難しかかったって」

「あ、あはは……」

 ディムに指摘されて、ウェンディは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 あの後、村人たちの好意で服を分けてもらい、さらに連絡を受けたディムが手配した馬車でここまで連れてきてもらったのだ。

 薄手のブーツは体温で雪を溶かし、その水が浸み込んできて足元から凍らせた。それを防止するため、雪国のブーツは皮を三重にして覆っている。服も動物の毛皮を使って冷気を遮断し、逆に汗で体が冷えないように麻の肌着を着用する必要があった。

 王都から一度も出たことのない二人にとって、クィエルの寒さは異次元のものだった。事前に知識があってもどこまで対策できたかわからない。

「い……ってえなこの野郎!」

 と、引っ繰り返っていた少年――オズワルドが飛び起きた。

「いきなり首にチョップ入れるやつがあるか! 死ぬかと思ったぞ!」

「それ以前に飛び掛かってくるお前が悪い」

 うんうん、とウェンディや侍女たちが頷く。しかも相手はこの地の領主だ。いくら学生時代

の知り合いとはいえ、問答無用で牢に入れられても文句は言えない。

「っかぁー、サプライズの不意打ちで一本とれると思ったんだけどなー」

「その発想をどうにかしろ。相手が俺じゃなかったら普通に不敬罪だからな?」

 ウェンディたちが再び頷く。

「ちぇー」

 そんなディムの温情を知ってか知らずか、オズワルドもウェンディと同じソファにどっかと腰かけた。

「勝ち逃げしたかと思ったらこんなとこで領主やってるとか……つかなれんの?」

「主語を入れろ。だいたい言いたいことはわかるが」

 嘆息しながら、ディムは目の前に置かれた紅茶のティーカップを手に取った。

「俺がクィエル(ここ)出身なのは知っているだろ? 学生時代は隠していたことだが、先々代の領主と縁があってな」

「えっ」

「その縁でこの座に就いた。ついでに先代の領主がここ五年、圧政を敷いていたらしいから、その類も密告して突き出してやった」

「マジか。それ俺も混ぜろよ」

「出来るか阿呆。余計にこじれるだけだ」

 オズワルドを一蹴するディムを前に、ウェンディは唖然と彼を見つめていた。

 三人は学生時代の友人だ。ただし、貴族の子女が通う上級学園ではなく、平民の子どもが通う普通の学園だ。

 辺境のクィエルからわざわざ王都の学園に来た物好きだと、入学当初からディムは話題の中心だった。だが本人はそれを鼻にかけることはせず、むしろ鬱陶しそうに周囲と距離を取っていた。入学して一週間もすれば、周囲もそれに気付いて彼を避けるようになる。

 逆にウェンディはそんな彼が気になり、ちょくちょく声をかけていた。慣れない土地で困っているだろうから、という親切心はもちろん、誰にも媚びないその姿勢が新鮮で、羨ましくもあったからだ。おかげで謂れのない中傷まで浴びたが、彼のおかげで成績がぐんと伸びたので気にしていない。

 対するオズワルドは、ウェンディとはまったく違う経緯で彼に構うようになった。オズワルドは自他ともに認める筋肉バカである。それまで体術や武術では彼の右に出る者がいなかった。しかし突然現れたディムが学業と共にその座をあっさり奪ってしまったことで対抗心に火が付いた。以来、ことあるごとに突っかかってはすげなくあしらわれるのが日常の一幕になっていたのだ。これに関しては、さすがにディムに対して同情する者が少なくなかったが。

 そんなふうに、悪い意味で目立ちがちなディムが姿を消したのは、卒業パーティ当日の夜。この日は男女ともに着飾って学生生活最後の日を楽しんでいたのだが、ディムは忽然とその場

から姿を消していたのだ。

 文武両道の主席である彼がいなくなったことで、会場は一時騒然となった。誰も彼の行方を知らず、警備していた兵士たちも出ていったところを見ていなかった。予定を繰り上げての解散は思うところがあったが、ウェンディを始め、数人が心配していたのも事実だった。

 それが、この遠く離れた地で領主をしているとは。大出世どころの話ではない。いったいどんな縁でその座に収まったのか知りたいが、ウェンディにとって重要なのはそこではない。

「ええと、ってことは、召喚状もその件なの?」

「は?」

 躊躇いがちにウェンディが言うと、ディムがティーカップを持ったまま目を見開いた。

「あっ、ごめんなさい、やっぱり敬語……」

「いや、違う。そこじゃない」

 訂正しようとしたウェンディを、ディムが慌てて止める。

「召喚状? なんだそれは」

「「え?」」

 ウェンディとオズワルドは同時に声を上げた。

「なんで、って、お前、国から呼ばれてんのにそれを無視してんだろ?」

 そう。二人が彼を訪ねた目的はそれだ。

 卒業後、オズワルドは軍に入隊。ウェンディは治癒術を学ぶために病院に就職した。そんな二人が、生涯入ることがないと思っていた城から登城要請を受けた。何事だと自分たちも周囲も戦々恐々としていたら、出てきたのはディムの所在についてだった。

 曰く、

「幾度も召喚状を出しているにも関わらず、一切の応答がない。宮廷魔術師の魔法でクィエルにいることはわかったが、詳細は掴めていない。そこで、学生時代に強い縁で結ばれたそなたたちを派遣し、王城への来訪を直接呼びかけたい」

 とのことだった。

 この世界では、縁が時として魔法を凌駕する力を持つ。

 それは生き別れた親兄弟の再会の手助けをし、失われそうになった自らのルーツを知る手掛かりとなる。

 学生時代、ウェンディとオズワルドは共にディムへの干渉が強かった。これが強い縁となり、魔法でも追えなかったディムの居場所を突き止めてほしいという。探し人の行方を示す魔法石が組み込まれた方位磁石も借り受け、二人は取るものもとりあえず、北のクィエルを目指して旅立ったのだ。

「あー……」

 一連の話を聞いたディムは、呻き声を上げながら頭を抱える。

「ん、わかった」

「じゃあ……!」

「こちらから返事を出しておく。今日はもう遅いからここに泊まっていけ」

「いいのか!?」

 オズワルドが目を輝かせる。

「王都から遠路はるばる来たんだ。学生時代の友人を追い出すほど俺だって鬼じゃない。ついでに数日くらいここで休んでいけ。こんだけ遠かったら数日なんて誤差だ」

「い、いいの……?」

 ウェンディが不安げに訊ねる。ただでさえ召喚状を無視しているのだ。一刻も早く王都へ向かった方がいいのではないだろうか。

「いい。……というか、仕事が立て込んでいて、すぐに出立っていうのは無理だ。準備が整い次第出発するから、それまでここにいるリュミスに色々と聞いてくれ」

 そう言ってディムは後ろに控えている赤髪の侍女を振り仰いだ。

「いいか、リュミス?」

「はい」

「じゃあよろしく」

「はい」

 頷いた侍女――リュミスは、ウェンディとオズワルドに向けて微笑んだ。

「では、客室までご案内いたします。付いてきてください」

「あ……」

 ウェンディは腰を上げようとして、ディムとリュミスを交互に見やる。

「も、もう少し……」

「悪いが、まだ仕事が残っているんだ」

 ディムは手で書類の山を作ってみせた。

「夕食の時に少し時間が取れる。その時に話してくれ」

「……わかった」

 ウェンディは渋々頷くと、オズワルドと共に応接室を出ていった。

 三人分の足音が完全に消えたのを見計らって、ディムは深いため息をついた。

「…………クソどもが」

 低い低い呪詛のような呟きは、分厚い石の壁に吸い込まれていった。


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