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 アントニオがウェンディの前に来る。

「君が水の祝福持ちかな? 答えろ」

「……はい」

 唇が、喉が、勝手に動く。両手を拘束され、そこから抜け出そうにも、指先一つ動かせない。

 顔色は青を通り越して白くなり、歯の根が噛み合わずカチカチと音が鳴る。

 アントニオは上から下までじろじろと眺め、鼻を鳴らした。

「ふうん。まだ子どもじゃん」

 一応、卒業式を兼ねた成人式は終えている。だがすでに二十歳を超えているアントニオにしてみれば、新成人なんてまだまだお子様なのだろう。

「きみ、名前は?」

「う……ウェンディ、です」

「苗字は?」

「ありません……」

「へえー、グダか」

 一瞬、何と言われたのかわからなかった。

愚田グダ”とは平民の蔑称だ。かつて農耕が盛んだった頃、愚直に畑を耕すことしか能がないから、と当時の貴族が呼んだのだ。だがこれを今の貴族、ましてや王族が使えばバッシングは免れない。

「貴族でもないのに祝福持ちか……」

 殺される。本能的な恐怖がウェンディの身体を芯から凍らせた。

「面白いな」

「え……?」

 が、予想に反した言葉に口から吐息のような声が零れ落ちる。

「きみ、どれくらいの傷なら治せる?」

「く、詳しくはわかりません」

 ウェンディは首を横に振る。祝福持ちと自覚してまだ数日だ。範囲も効果もわかったものではない。

「じゃあ実験しよっか」

 アントニオはリュミスを指さした。

「お前、番号札だろ?」

「……はい」

 答えたリュミスの胸を、突然アントニオは鷲掴みにした。

「っ……!」

「へえ、意外と大きいな」

 感触を確かめるように無遠慮に揉む姿に、ウェンディは吐きそうになった。

 今まで見ないようにしていた光景をまざまざと見せつけられて、ショックを受けない人間はいない。

 同時に、隣り合って同じように拘束されている状態は、簡単に自分と彼女を重ね合わせられた。

 もしも闇の加護を持って生まれてきたら、自分もこんな目に――あるいはもっとおぞましい目に遭っていたのかもしれない。

 リュミスは目を見開いて息を殺し、ディムは体の自由を取り戻そうともがく。ナイフが少しずつ抜けていくのが見えた。

「んー、これ、もったいないな」

 アントニオは残念そうに呟くと、テントの中にいる捕虜たちを指さした。

「そこの五番と十二番、来い」

 捕虜の中から二人、おぼつかない足取りで出てくる。ウェンディが動けないのと同じように、彼らも足が勝手に動いているようだ。ロープで繋がっている他の捕虜たちが引きずられる。

「五番、十二番の腕を落とせ」

 淡々とした声で命令が下された。顔を強張らせた二人のうち、一人が右腕を突き出す。対するもう一人は、うろうろと手を所在なさげに彷徨わせる。

「ああ、剣がなかったか。たしか隠しておいたのがどっかにあったはずだ。取ってこい」

 アントニオが命じると、またふらふらとした足取りでどこかへ行く。

 番号札が固まっている一ヵ所に身をかがめたと思ったら、没収したはずの剣を手に戻ってきた。いつの間に持ってきたのか。いや、テントは見張りを置いていたが、彼を操られたらどうすることもできない。

 戻ってきた捕虜が剣を振り上げ、強張った顔のまま相手の腕に目掛けて振り下ろした。

「あっ……ぎいぃあああああっ!!」

 腕がぼとりと落ち、悲鳴がほとばしる。

 二人ともその場にへたり込み、傷口から血がどくどくと溢れ出る。

「ほら、早く治さないと死んじゃうよ?」

 そう言われても、ウェンディの体はびくともしない。

「……う、動けません」

 絞り出すようにそう言って、アントニオは彼女の状態にようやく気付いた。

「ああ、そっか。彼女を開放しろ」

 命令により拘束が解け、ようやく動き出せる。

 思考が空回りする。体もまともに動かせない。実践経験の浅いウェンディにとって、そういう意味では勝手に動く体は少しだけ有難かった。

「治します、歯を食いしばってください」

 腕を拾い上げ、それを傷口に接着する。そこに向けて手をかざせば、傷口を覆うように魔方陣が展開される。

 制御も何もあったものではないが、重傷者を瞬く間に癒すだけの力を備えているのはわかっている。だとしたら、切断された腕も、あるいは。

「う……あ……?」

 痛みに呻いていた捕虜の呼吸が少しずつ落ち着いていく。魔方陣が消えた後には、継ぎ目もわからないほど綺麗に接合された腕があった。

 兵士が少しずつ手を握り、開く。肘を曲げてみても、なんら違和感はないようだった。

「……なお、った……?」

 呆然と、兵士が呟く。

 本来ならそれは喜ぶべきことだろう。よほど腕のいい治癒術師や外科医がいなければ腕はくっつかないし、繋がったとしてもどこかしらの障害は残る。だが見たところ、それらがまったくないのだ。

 これほどの傷が治ってしまった。

 それを見たアントニオは、どう思う?

「素晴らしい」

 パチパチと、わざとらしく彼は拍手を送った。

「じゃあ次は首を斬ってみようか」

「え」

 目を見開いたのは、そして驚愕の言葉が零れ落ちたのは、ウェンディだけではなかったはず。

「逃げろ!!」

 悲鳴と同時に捕虜が剣を振りかぶる。ウェンディが見上げたその顔は、泣きそうで、吐きそうで、諦めたくて、でも諦めたくなくて。

 助けてと。

 言っているようだった。

「えっ?」

 遠くでアントニオの呆けた声が聞こえた気がした。

 身体が勝手に動く。

 鉄の軌跡がやけにスローモーションで見える。

(あ、これ)

 死んだかも。

 そう思った時には、胸を斜めに斬られていた。

「ウェンディ!!」

「ウェンディさん!!」

 ディムとリュミスが悲鳴を上げる。その声すら遠い。

 体から力が抜け、崩れ落ちるのを他人事のように感じていた。

「え……えー?」

 アントニオが間抜けな声を出した。

「マジで? 庇っちゃう?」

 血を流す彼女を見下ろしながら、彼は考える。

 テント内の全員に術をかけたつもりだったが、意外と効果が薄かったようだ。魔法の効果にムラがあるらしいから、もう少し練習する必要があるだろう。

 なぜ彼女がこんな行動に出たのかわからない。番号札を庇ってまで彼女は何をしたかったのか。せっかく貴重な祝福持ちなのに、もったいない。

 だが、理由がわからないのはウェンディも同じだった。

 死が間近に迫っている時、咄嗟に自分の身を守ろうとするのが本能だ。

 だけど、ウェンディはそうしなかった。

 剣を振り上げた捕虜と目が合った。彼がどんな人生を歩まされたのかはわからない。だけど、かすかに残っている意思に引き寄せられるように体が動いた。

 体から温度が抜けていく。血がどんどん流れていくのがわかる。

 同時に気付く。

 ウェンディは、世間話をするように相手に死を強要するアントニオが許せなかった。

 傷を癒し、時には時には命を繋ぐために魔法を行使するウェンディにとって、対極の位置で魔法を使う彼が恐ろしく、同時に許せなかった。

「……あは」

 笑い声がこぼれた。

 自分は死ぬのだろうか。ぼんやりとそう思う。だけど、アントニオにとって水の祝福持ちが死ぬのは痛手だろう。それができるのならいいかと、諦めや安堵に似た気持ちが広がる。

 外が騒がしい。王国軍がやってきたのだろうか。ああ、だとしたらまずい。

 自分が死んだら、すぐに手当てができない。

 オズワルドは大丈夫だろうか。

(ああ、そうだ)

 必要なら呼んでくれと、言っていたではないか。

 アントニオが棒立ちになっている番号札を指す。

「死――」

「食らい尽くせ」

 温度のない声が命令を遮る。その陰に隠れるように、ウェンディの口からか細いSOSが出る。

「――――」

「闇精霊」

 視界から色が奪われた。


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