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「ヴぁー……」

 クィエルの本陣、その奥の天幕の中でディムは机に突っ伏していた。

「つっかれたぁー……」

「お疲れ様です」

 リュミスが苦笑しながら紅茶を入れる。

「聞くまでもないと思いますが、首尾はどうでした?」

「予想以上に上手くいった」

 顔だけ上げてディムは答えた。疲労の抜けない顔には笑みが浮かんでいる。

「戦の経験のなさがいい具合に仕事をしてくれた」

 夜の闇に乗じた奇襲。昨夜の彼らの行動を表すなら、たったそれだけのこと。

 しかしその内容は、のちにオズワルドから同じことを聞いたウェンディや留守番の兵がドン引きするほどえげつないものだった。

 脱走してきた番号札たちを保護すると同時に、王国軍の陣の簡単な配置を聞き出す。一人一人はわずかな記憶でも、数十人も集まれば確かな輪郭を得る。それによりディムたちは詳細な地図を手に入れた。

 次に、捕虜にした番号札たちが持っていた魔法石を持って王国軍へ向かう。この時、ディムが闇魔法を軍全体に展開し、王国兵の知覚の外に自分たちを置いた。

 闇の祝福持ちであるディムは、その魔法の範囲を数倍にまで拡大できた。闇精霊の助力もあれば、どれだけ大声で叫ぼうと誰も感知できない。さらにオズワルドに寄り添っている風精霊の助力で、普段の数倍の速さで王国軍の陣営に接近した。そのまま見張りに気付かれることなく食糧庫や武器庫に潜入。中のものを奪取し、ついでに馬も拝借した。

 馬にありったけの荷物を積んで先に帰らせ、頃合いを見てやぐらを破壊。さらに空っぽになった武器庫や食糧庫を魔法石で爆破、炎上させる。消火活動の最中に時間差で兵士が休むテントも爆破し、さらに混乱を誘う。あとは夜が明けるギリギリまで、手持ちの魔法石を少しずつ使いながら敵陣営を爆破していった。

 戦争経験のなさはディムたちにも言えることだ。しかも相手はこちらの五倍の兵力を持つ。正面から突っ込むのは愚の骨頂。

 だから、持てるカードを切って奇襲に打って出た。

 相手が捨て駒として多くの番号札を抱えていたのが良かった。彼らが持たされた魔法石は少ない損害で多くのダメージを与えるのに向いていた。王国軍はそれを“人間爆弾”として使い、クィエル軍は“爆弾石”として使った。

 拳大のそれを集団に投げ込めば、面白いくらい兵を倒してくれる。逃げる兵は追わず、あくまでも本陣の破壊と、中に留まっている兵の集団を狙って投げた。

「領主さま、報告します!」

「ああ」

 天幕に入ってきたクィエル兵の報告を、ディムはだるい体を起こして聞く。

「物見によりますと、王国軍の兵はおよそ五千まで減りました」

「よぉーし」

 ディムは小さくガッツポーズをした。

「向こうで動けるのは何人だ?」

「だいたい三千ほどかと」

「上等だ」

 およそ一万人の兵を、たった一晩で半分にまで減らした。しかもすぐに動けるのが三千人。およそ七割の兵力を削いだことになる。

「それと、捕虜の兵士たちですが、今は葬式みたいに沈んでいます」

「だろうな」

 こちらは王国軍に見放されたショックで動けないだろう。改めて捕虜返還の意思を示してくれるならこちらも応じるが、それに従うかどうかは彼ら次第だ。

「食料も武器もなくなったんだ。動きに注意しておけ。それから、ウェンディを呼んできてくれないか? “えにしの方位磁石”も持ってくるように」

「わかりました」

 兵士は頷いて天幕を後にする。

「領主さま」

 リュミスが口を開いた。

「いよいよですか?」

「ああ。探すなら今しかない」

 ディムは厳しい表情で頷いた。


 縁の方位磁石。王家が管理する魔法具で、ウェンディとオズワルドがディムを探す際に持たされたものだ。見た目は綺麗な細工を施した方位磁石だが、探し人を思い浮かべると、中に埋め込まれた魔法石が反応して方位を示してくれる優れモノだ。

 なぜわざわざそれを使う必要があるのか。見当はつかないものの、出発の時にも持ってくるよう言われていたウェンディは、それを持って天幕に向かった。

「失礼します」

「ああ」

 天幕に入ると、ディムが眠気覚ましの紅茶を飲み干したところだった。

「ディムさん、大丈夫?」

「正直言って寝たいところだけど、まあ」

 腕を伸ばして体を起こし、ディムはウェンディを見る。パッパと治療して寝たウェンディと違い、彼らは徹夜だった。目の下にはうっすらと隈が出来ている。作戦に同行したオズワルドもテントで寝ているはずだ。

「縁の方位磁石は持ってきたか?」

「うん」

 頷いたウェンディがポケットから小さな箱を取り出す。そこに収められていたのは、星図を巡らせた小さな方位磁石。見た目も高級品だが、その機能も折り紙付きだ。

「それをリュミスに持たせてくれ」

「えっ」

 思わずウェンディは声を漏らした。

「ど……うして?」

 番号札に対する意識は、ウェンディ自身も変えようと必死になっている。いくら彼女自身が祝福持ちで、医療現場が助かっているといっても、番号札か一般兵かで態度が変わってしまう癖はそうそう抜けない。

 とはいえ、祝福持ちであることを鼻に掛けず矯正しようと努力しているのは周りも気付いている。だからディムもとやかく言わず、用件だけを言った。

「リュミスに、王子の居所を調べてもらいたいんだ」

「王子?」

 問い返してしまってから気付く。

 リュミスは人の顔を一度覚えたら絶対に忘れない。ディムの口ぶりが事実なら、彼女は王子と面識がある。

 それが良い意味なのか悪い意味なのか、少し考えればわかってしまう。

 ウェンディがリュミスの方を見ると、彼女は微笑んで頷いた。

 その顔が心なしか青くなっているのは、単なる疲労や寝不足ではないはず。

 だけど、勝つには王国軍の総大将であるアントニオの身柄の確保が必須。そこに個人の心情を挟む余地なんてなかった。

「……わか、った」

 ウェンディは箱をリュミスに差し出した。そこから方位磁石を受け取ったリュミスは、目を閉じて集中する。

 中の羅針がカタカタと回り出し、針が一方向を指して止まる。

「あっち?」

 ディムが懐疑的な声を上げた。

 方位磁石が示した方角は、王国軍の本陣とは違う方向だった。

「壊れている……わけじゃないな」

 盤面を覗き込んだディムが眉間にしわを寄せる。

「行ってみよう」

「大丈夫なの?」

 思わずウェンディは訊ねてしまった。

 相手は仮にも一国の王子。どんな策を弄してくるのかわからなかった。

「奴を捕まえるのが俺たちの最終目標だ。間違っても殺したらすべてが水の泡だ」

 性格に難があっても、この国の未来の国王である。うっかり殺しでもしたら国の全戦力が向かってくる。そうなったら今度こそクィエルはおしまいだ。

 だからこそ、生け捕りにするには最低限の人数で実行する必要があった。方位磁石で導くリュミス、捕縛するディム。ウェンディは万が一誰かが怪我をした時の保険である。

 三人は天幕を出て、方位磁石が示す先へと向かう。

 辿り着いたのは捕虜を収容している救護テントの一つ。本陣の奥に設置されたそこは、王国軍の本陣とは正反対に位置していた。

「……しくじったな」

 ディムが舌打ちする。

「最初からここにいたのか」

 昨夜投降してきた番号札たちは、臨時で兵のテントに泊めさせている。救護テントにいるのは最初にぶつかった千人の王国軍だ。

「でもそれだけの人だったら、とっくに事を起こしていても不思議じゃないよね?」

 ウェンディの指摘に二人も頷く。

 仮にも総大将だ。それに国の未来を担うただ一人の王子。慎重を期すにしても、これは時間がかかりすぎている。

「時間を必要とするほど大規模な魔法を構築していたか……?」

 考えても埒が明かない。

 ディムはウェンディとリュミスに向けて手をかざし、自分の胸にも手を当てた。

 三人の足元に浮かんだ黒い魔方陣がそれぞれを包み込む。

「闇魔法で俺たちの姿と気配を消した」

 ディムはごく小さな声で二人に言った。

「黙って探すぞ。見つかったら身振りで知らせろ」

 ウェンディとリュミスはこくりと頷き、三人で救護テントの中へと入っていく。

 王国軍に見捨てられたショックか、救護テント内は重苦しい空気に包まれている。食事がしやすいようにと手は体の前で縛り直されていたが、誰も暴れる様子がなかった。

 番号札はもちろん、彼らに当たっていた一般兵たちもだ。

 人波を縫って方位磁石の示す方向へ歩いていくと、一人の青年に行きついた。

 テントの隅に座ったまま動かない人物。呼吸で頭がかすかに上下していなければ、死んでいるのではと勘違いしそうだった。

 縁の方位磁石は、まっすぐに彼を指している。

 なるほど、動かなければ、そして顔を見せないようにずっと俯いていれば、誰にも気付かれない。

 ディムは二人の方へ振り返り、その場で待つよう指示を出した。ウェンディとリュミスも同じ身振りで確認する。

 ディムは一定の距離を保ちながら、彼の横まで回り込む。後ろから捕縛できればいいが、天幕を後ろにしている以上、そうはいかない。

 焦るな。ようやくここまで来たんだ。

 今まで煮え湯を飲まされてきた、みんなの仇を――!

「きゃ……!」

「ひっ」

 不意に二人の悲鳴が聞こえた。

 そちらに視線をやれば、王国兵によって後ろ手に拘束された姿が映る。

(気付かれた!?)

 焦って魔力がブレたか? いや、それよりも。

 この状況はまずい!

「動くな」

 すぐ目の前で声がした。

 その瞬間、金縛りにあったかのように動けなくなる。

 今までうずくまっていた青年が立ち上がる。

「――っ!!」

 しくじった。

 今魔法を使えば二人の命が危ない。

 いつから気付いていた?

 素早くテント全体に視線を巡らせ、捕虜たちの視線が集まっていることに気付く。

 そこに諦めの表情を見出して、悟った。

(まさか――)

 テントに入った時には、もう。

「跪け」

 青年の言葉で、全員が一斉に膝をつく。

 それを見下ろす青年は、勝ち誇った顔で天井へ光魔法を放った。


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