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「――っどぉりゃあああああ!!」
気合一閃。
振り切った槍は王国兵を紙のように吹き飛ばし、オズワルドの間合いから人が消えた。
見るからに粗末な装備品を着ている番号札たちは宙に巻き上げられ、空中でわたわたと手足を振り回している。
一方で、まだマシな装備をしている王国兵たちは地面の上を転がされ、砂埃で視界を奪われる。
「おらぁ! かかってこいやあ!!」
寒冷地仕様の毛皮を縫った鎧に身を包み、オズワルドは気勢を上げる。
たった一人で数十からなる王国兵を薙ぎ払ったその姿に、敵どころか味方も近づけなかった。
「来ねえんならこっちからいくぞお!!」
そのうえ、初めての実戦で彼が冷静さを保てるわけがない。土塊を上げて突進するオズワルドに王国兵が悲鳴を上げた。
「風精霊、そっち頼むわ!」
《はぁーい!》
この場に似つかわしくない、元気な少女の声が戦場に響く。
純白の毛並みと大きな翼。額には螺旋を描く一本の角。幻獣ユニコーンとペガサスの特徴を持つ馬が翼を動かし、空中に囚われている番号札たちを下ろしていく。行き先はクィエル軍の陣営だ。
《あら……? あ、これは没収ね》
番号札たちの懐からひとりでに石が抜け落ちていく。拳大のそれには、なにやら魔法陣が刻まれていた。
訳もわからないまま、あるいは空中で気絶してしまった番号札たちをクィエル軍が保護していく。
その後ろでは、またオズワルドが王国兵を吹き飛ばしていた。
「すげぇー……」
クィエル軍の誰かが呆然と呟く。
オズワルドが入った第三部隊は、総勢五百名。直前で合流した第二部隊も同じ人数なので、合わせれば約千人に上る。そのほとんどが張った天幕から外を覗いていて、聞こえてくる悲鳴に戦々恐々としていた。
対する王国軍は接触した一部隊だけで千人はいる。その最前線には番号札がいたが、初手からオズワルドに振り回され、作戦も陣形も瓦解していた。
向かってこないなら突っ込むまで。そうして間合いに入った敵をなぎ倒す様はまさに一騎当千だった。
「あいつ、たしか新成人だよな……?」
「ああ……」
王国軍の将が聞いたら引っ繰り返りそうだが、事実なのだからしょうがない。
たった一人の兵を相手に、千の王国兵が散り散りに逃げ始めた。武器を捨て、半泣きで投降してくる兵もいる。
「お前ら、何をしているっ!!」
近寄らんとこ、と天幕の中に引っ込んだクィエル兵たちに隊長の怒声が響いた。
「さっさと王国兵を救護所に突っ込まんかあ!!」
『はいぃっ!!』
悲鳴のような返事をして、クィエル兵たちも動き出す。腰が抜けて逃げることもできない王国兵たちを、番号札も一般兵も関係なく次々と救護用のテントに放り込んでいく。
「あとこらオズワルドぉ!! そろそろ退けえ! やりすぎだ!!」
「祝福持ちォ!?」
ディムの走る馬と並走してもらいながら、フレノールの後ろでしがみついているウェンディは素っ頓狂な声を上げた。
「そんな、だって祝福持ちって、貴族の中で十数年に一人生まれるかどうかのはずよね!?」
万人が授かる精霊の加護のさらに上にある祝福持ち。それは特に精霊に愛された証で、常人よりも突出した魔法の才能を持つ。その上鍛えれば精霊を召喚できるという、その名に相応しい規格外級の加護だ。ウェンディが言うように貴族の中からしか生まれないレア中のレアで、発覚すればよほどのスキャンダルがない限り出世街道まっしぐらの超エリートである。
「んなもん、国を運営する上で出した安全装置に過ぎねーよ」
同じく開いた口が塞がらないリュミスを乗せているディムはあっけらかんと言った。
「祝福持ちの力は強すぎる。平民や番号札が下剋上しないように、わざと貴族にしか生まれないって情報を操作したんだよ。実際は何人も祝福持ちがいただろうけど、誰も認めないし認めたくなかったんだろうな。俺自身がその証拠なんだから。先々代たちが頭を抱えてたのは見物だったぜ」
「それを横で見ていた我々の身にもなってください」
フレノールが苦々しい顔で苦言を呈する。
「あの時は本当に生きた心地がしなかったんですから」
「悪かったって。俺も必死だったんだからさ」
ディムは飄々と答える。幼いころから腹の探り合いをしていたとは思えない。いや、未知のものに対する恐怖があった分、ベネディクトらの方がいくらか不利だったかもしれない。その不利すらも味方に付けるディムは、きっと天性の軍師なのだろう。
「で、でも、どうしてオズワルドが祝福持ちだってわかったの?」
普通に暮らしていたらまず気付かない。そもそも貴族以外にも祝福持ちがいるなんて誰も考えていないのだ。これが知られたら国がひっくり返ってしまう。
「最初に喧嘩を売られた時。あの身体能力の高さからピンときた」
ディムはなんでもないように答えた。
「あいつの運動神経は、自前のものに加えて精霊――風精霊の加護によるものだった。ちょっと目を凝らせば、すぐに風精霊が後押ししているのがわかったよ」
「そんな簡単に……?」
それができるなら誰も苦労しない。たしかにオズワルドの運動神経は昔から群を抜いていたが、それが祝福持ちによるものだったとは。
「国も惜しいことしたよなあ。もうちょっとよく考えれば負けなしの将軍が生まれそうだったのに」
ニヤニヤと語るディムはとても楽しそうだ。
「まあ、我々が知らなかっただけで、まさか同世代に二人も祝福持ちがいるなんて思いませんよ」
フレノールがため息をつく。十数年に一人の逸材と言われている祝福持ちが二人も現れたのだ。聞く人が聞けば卒倒しそうな内容である。
「え? 三人だぞ?」
が、ディムが追加で落とした爆弾で、フレノールは思わず馬を止めそうになってしまった。驚いた馬が減速し、慌てて速度を上げて並走させる。隊列が乱れていて良かった。でなければ何人かが後ろ足で蹴られていた。
「はあ!? 祝福持ちがもう一人!?」
渾身の「はあ!?」である。世の魔法学者を全員病院送りにしそうな内容に、リュミスは固まり、ウェンディは無我の境地に達した。
「ちょっと待て、それどこの誰だ!?」
敬語も忘れ、馬上でなければ掴みかかりそうな勢いでフレノールが問い詰める。王太子だったら一大事だが、どこからもそんな情報は漏れていない。もっとも、弱みにならないよう箝口令が敷かれている可能性があるから、無いとは言い切れないのがもどかしい。
「ウェンディだよ」
しれっと。
最大級の爆弾を投下され、ウェンディの間抜けな声が風に乗って消えた。
「…………ふぇ?」
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