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創星暦八四九年 一一月二一日 風曜日
暗殺は失敗した。
寝室に縛られた暗殺者を投げ込まれ、さらに私自身の首も刈られる寸前だった。
子どもとは思えない強い殺気に、すべてを白状した。
そうしたら、取引を持ち掛けられた。
命は取らない。いざとなれば暗殺者として邪魔な人間を屠ってやる。だからこのまま番号札であることを隠しながら教育しろと。
十にも満たない番号札に命を握られる。これほど屈辱的なことはない。
(中略)
創星暦八五〇年 二月四日 光曜日
あれにせがまれ、丸一日オフを取らされた。なんでも重要な話があると。
人払いをした上で聞かされたのは、祝福持ちの自覚があること、建国後、ある時点から番号札の制度が出来たこと、闇の精霊の加護を得た者が漏れなく番号札に堕とされていることだった。
この三年と少しの間、文字を覚えてから彼が本を読み漁っていた理由はそれだった。
生まれついたときから働かされ、虐げられていた彼は、本来奪われるはずだった気力を今日まで持ち続けていた。
番号札誕生からの歴史は長い。それこそ建国とほぼ同時期ではないかと記憶している。
だが、彼が持ち込んだ本――歴代領主の手記だった――を読み返すと、それが誤りだと気付かされた。
初代から三代目、つまり建国百年ほどまでは番号札について書かれていない。主に管理する罪人への愚痴だった。だが四代目になって急に番号札の記述が現れた。そこにははっきりと「馬鹿馬鹿しい」と書かれていた。
『特定の加護を持つ者を迫害して何になる。それを利用した運営なんてすぐに破綻する』
実際、四代目と五代目は番号札を使わない政策をしていたそうだ。
だが六代目から少しずつ番号札を使い始め、――おそらく周囲の領主や貴族からの圧があったのだろう――扱いに苦慮している様子が窺える。
そして七代目――私の曽祖父以降は、番号札の飼育人数を記録する、見慣れた表が現れるようになった。
「国はビビったんだ」
彼はそう言った。
「姿も、気配も、匂いも、音も、すべてを隠せる闇魔法を恐れた。番号札が出てくる直前、王家の暗殺未遂事件がある。それを闇精霊の加護のせいにした」
事実はどうだったのだと、私は訊ねた。
「知らん。本当かもしれないし、でっちあげかもしれない。けど、でっちあげなきゃこんな大規模なみせしめ、起こらないだろ?」
たしかにそうだ。
国は罪のない人々を巻き込んで、大規模な奴隷制度を確立させてしまった。
私は訊ねた。
国に復讐するのかと。
彼は頷いた。
「こんな国、ない方がいい」
はっきりと告げられて、いよいよ足元から崩れ落ちる感覚がした。
同時に、ようやく目の前の子どもをはっきりとした輪郭で見ることができた。
栄養をつけたおかげで年相応の肉付きを得ているが、服の下には痛々しい無数の傷跡がある。どれもこれも理不尽につけられたものだ。
屋敷の外では子どもたちが雪の中を走り回っている。その横で、同じ年頃だろうか、番号札の子どもが重い麻袋を背負って歩いている。
その頭に、子どもたちがきつく固めた雪玉が命中した。番号札が倒れ、子どもたちが歓声を上げる。
そして飼い主――小麦商人が罵倒しながら番号札を蹴り上げ、家の中に引きずっていく。
いつもの光景だ。
そう思った自分に吐き気がした。
吐き気を覚えた自分に愕然とした。
嗚呼、嗚呼。
気付いてしまった。
平民も、貴族も、番号札も、等しく命であると。
そこに気付いてしまって以上、見て見ぬふりはできなくなってしまった。
「どうする?」
彼が、ディムが訊ねた。
「あの子、助けられるけど?」
きっと彼は気付いていた。
私が非情になり切れない性格だと。
いくばくかの葛藤の末、私は彼に、かつて番号札と呼ばれていた彼に頭を下げた。
「今夜、連れてくる。口の堅い医者を呼んでおけ」
宣言通り、真夜中に彼は例の番号札を連れてきた。
かなり厳しい折檻を受けたのだろう。息も絶え絶えの彼女を(女の子だった)医者と協力しながら手当てし、その後の看病は今、ディムが引き受けている。
飼い主だった小麦商の方からは目立った話はない。番号札の脱走はよくある話だ。数日もすれば忘れてしまうだろう。
ただ、一線を越えてしまった罪悪感と、胸をすくような晴れ晴れとした気持ちが同居していて、どうにも気持ちが落ち着かない。
かなりのページを書いていた。最長記録かもしれない。
このあたりで今日は締めよう。
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