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魔神の見る夢  作者: 椿朋香
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命令なんてしない

 翌朝、大きな背伸びをしてエリカは目覚めた。そして大きなあくびも追加したところで瞼を開いた目の前にサイラスが座っていたのだ。

 息を呑んだ!

 大間抜けな顔で大あくびをしたのを見られたのだ。しかも寝顔まで見られて?

「な、何!サイラス!何故此処にいるの?」

「早く支度をしてもらおう」

 サイラスは答えとは違う応答を淡々とした。

「ちょっと、サイラス私の話を聞きなさいよ!」

「お前こそ放せ!」

 またもや突然現れた銀色の少年にエリカは驚いた。何処から入ってきたのか?

「放せって何?」

「お前が持っている我が君の袖だ!」

 エリカは、チラリと手元を見た。

「えっ?あああぁ―――っ!ご、ごめんなさい!」

しっかりとサイラスの袖裾を握り締めていたのだった。

「ま、まさか・・・一晩中?」

 怒った顔のデールが、そうだ、と言っていた。

「ご、ごめんなさい!」

「だから、放せって!」

 謝りながらもしっかりと握り締めていたエリカは弾かれるように手を放した。

 だけど何故このデールと呼ばれている少年が此処に留まっているのかが疑問だった。

「サイラス。この子はあなたの何?」


 サイラスが答える代わりにデールはくるりと回ったかと思うと、ピタリ、と止まり優雅に一礼した。しかし、その姿は髪と瞳の色は同じだが歳を重ねた青年だった。

「私は空の王である我が君の第一の側近。デール」

「空の王!サイラス、あなた王様なの?王様なのにこの世界にいて良い訳?」

「馬鹿女!お前がそれを言うのか――っ」

「もう!何?あなたに聞いてないでしょう?身体が大きくなっただけで中身は子供のままね!」

「何を――っ!言わせておけば抜け抜けと!お前こそなんだ!王女の癖に口が悪過ぎる!」

「ほぉ~ら、そんな所が子供だと申しますのよ」

「この――っ!」

「デール、大人しくしなければ・・・分かっているだろうな?」

 デールは気の毒なくらい一瞬で蒼白になり、元の少年の姿に戻った。結局このデールと呼ばれるあちらの世界の住人は無理やり居座ったのだ。此方の界とあちらの界は容易く行き来出来ないらしい。出来る力を持っているのは限られた者だけでしかも界の均衡の為、何度も出来ないらしいのだ。

「大きくなったり、小さくなったり・・・いったいどっちが本当の姿な訳?」

 エリカの疑問に思った事が声になっていた。サイラス達の世界は不思議に満ちている。


(不思議?そうだ・・・私の浅はかな願いで散らしてしまった見知らぬ人の命・・・)


「私・・・どうしたら償えるの?」

 デールは、またか、と思った。この娘にしても父親にしても可笑しいとしか思えなかった。至福の中で死ぬ事が出来た同胞に嫉妬は覚えてもこの人間達が思うように悲しむ必要など無いからだ。それに・・・

「そんなに哀れむ必要なんか無いって言っただろう。我らは滅多に死ぬ事は無いが死んだら最後、消滅だから何にも無い。だけど命の代価を払った奴はこの人界で限りある命だからからこそ許された転生の輪に組み込まれるんだ。何度でも繰り返し生を受ける・・・」

「転生?何度でも生まれ変わる?」

「そう。だけど前世の記憶なんて無くなるらしいから、それが無いなら有り難さも無いようなもんだけどな」

 馬車の中、エリカはデールとのやり取りを思い出していた。


 生まれ変わると昔の記憶が無くなる―――

 記憶が無い?


 では自分が時々何度も夢で見るものは何だろうか?と、疑問に思った。ただの夢だと思っていたが気味が悪い程繰り返し同じものだからだ。それは現実味の無い夢幻の類では無く、まるで本当に体験したかのようなものだった。輪廻転生を信じているから生まれ変わる前の記憶か?と、なんとなくそう思っていた。


 ―――頭上に降り注がれた見た事が無い種類の花びら。恋人だろうか?心が騒ぎ、ほのかに熱くなるのだ。舞う花びらで顔がハッキリとしないが、その花を撒いて微笑む彼の瞳は良く見えた。それは晴れ渡った空の色だった―――


 その夢を見た後は何故か涙で枕が濡れていた。悲しい思い出とは思えないのだが何故か何時も泣いているようだった。

 エリカはふと、思い出してしまったその胸に広がる悲しみを押さえ込むように、右手で反対の手首にはめた腕輪を握りしめた。その腕輪は出立の前に父から贈られたものだった。

 無くなった王冠の代わりに、今まで王が使用していた冠に嵌め込まれていた宝玉を腕輪に細工し直したものだ。それは空色の宝玉だった。何処までも続く青い空の色―――

 父が言った。


『これは、今は無い宝冠の代わりに何時も王として戴いていた王の証だよ。本当の証が見付かるまでこれを証とするが良い。そなたはもう王なのだからこれを持つ重さを常に考えて行動しなさい。オルセン王国は何時もそなたと共にあり、そなたを見守っている・・・』


(お父様・・・私はこの腕輪がとても重く感じるの。気を抜くと手首が折れそう。でも、自分が出来る事は最善を尽くすわ)

 エリカは再び腕輪を強く握り締めて、頭を上げた。馬車の中には侍女のシェリー。彼女一人いれば十人の侍女を連れて行くのと大差無いと云われるぐらい有能なのだ。そしてサイラスは魔神であることを隠し護衛官の真似事をしている。変装も完璧で優雅な長い黒髪は短くなり、黄金を固めたかのような瞳は薄い茶色となっていた。姿だけでも変われば随分雰囲気が違って、魔神の持つ独特な存在感を隠してくれたようだ。

 更にデールと呼ばれるサイラスの世界の住人。彼は少年なのか青年なのか定かでは無いが、あちらの世界では見かけ年齢など自分の好みで幾らでも変化出来るらしいのだ。そこで彼は此処では少年と決めたようだった。彼は嬉しそうにサイラスを見つめている。永年、目覚めの時を待ち望んだのだから当然だろう。それもオルセン王国の歴代の王による独占は、彼らにとって屈辱でしか無かっただろうと思う。時折自分に見せる憎しみに満ちた瞳が物語っている。それもそうだろう今も大事な主を隷従させていたのだから・・・・


 エリカはまた溜め息を一つついた。〝隷属〟するつもりは無かった。サイラスは幼い頃からの大事な友達だったからだ。悲しい時も嬉しい時も何時でも話しかけていた。もちろん彼が答える事は無かったがあの封印の間で彼と過ごす時間はとても大切で安らぎを感じていたのだ。彼を目覚めさせたいとは思ったがそれは王国から解放してあげたかった。それなのに結果は再び人間達の醜い争いの渦中へと巻き込ませてしまった―――

 エリカはサイラスを見た。彼女の視線に気がついた彼は真っ直ぐにその瞳をとらえた。数秒間見つめ合ったが先に瞳を逸らしたのはエリカだった。

 そして、ぽつりと呟いた。

「サイラス。ごめんなさいね」

 魔神は答えなかったがその瞳は何が?と、言っているようだった。

「私はあなたの主人になったつもりは無いのよ。だから自由にしてちょうだい」

「・・・・・・・・」

「お、お前!良いこと言うじゃん。だいたい人間の分際で・・」

「デール」

 サイラスは彼に黙るようにと名を呼んだ。

「人間の分際で我が君を従わせるなんて!でしょう?」

 デールの言葉の続きをエリカが真似して言った。

「そうよ。間違っているものね。デールが怒るのも無理無いわよ。本当にそうだもの」

「そうだろう?お前、人間の癖に物分り良いな」

「だからこの探し物が終わったら次はサイラスの呪を解く方法を見つけましょう。ね、サイラス?」

 おおっ、と言って指を鳴らして歓喜するデールを気にする事無く、サイラスは淡々と答えた。


「王になりたく無いからか?」

 エリカは首を振った。

「ううん、そうじゃ無い。成り行きでこうなってしまったと言っても私は王家に生まれた責任は女であろうとも負うつもりよ。まだ、その覚悟が足りないだけ・・・・」

 エリカはふと思った。

「でも・・サイラス。あなたはそんなに力があるのに何故私達に囚われるような事になってしまったの?」

 今度はサイラスが瞳を逸らすと一言言った。

「答えたく無い」

「答えたく無いって、どういう事?」

 彼は逸らした瞳をエリカに戻し低く短く言った。

「それは命令か?」

 エリカは、はっ、とした。

 魔神の瞳は茶色から黄金色へと変化し、強い光を放っていた。触れて欲しくないものだったのだろう。だが主の命令ならば彼も答えなければならない。隷属の契約に逆らう術は無いのだから・・・・

 いつものデールならばエリカに反抗して文句を言っただろうが彼もサイラスが何故人間に囚われたのか知りたかった。二人の会話に口を挟む事無く沈黙が馬車の中で広がっていった。車輪が小石を弾きながら回る音が自棄に大きく感じた。


 沈黙を破ったのはエリカだった。緊迫した空気を一層するかのように微笑んだのだ。

「馬鹿ねサイラス。私があなたに命令するなんてしないわ。絶対にね!私はあなたを服従させようなんて少しも思って無いのよ。まして心まで従わせようなんてね。嫌なら別に答えなくっていいの。私はあなたと対等でありたいと思っているのよ。だから私はもう二度とあなたに命令なんてしないからね」

 エリカは一気にそう言うと再びニッコリと微笑んだ。魔神は相変わらず無表情だったが瞳の色は元の色に戻っていた。

 デールの方が呆れた顔をしていた

「我が君を馬鹿呼ばわりするのは許せないがお前は本当に変わっているな。意味分かっているのか?この空の王と呼ばれる我が君を自由に出来るんだぞ!それなのに・・お前はやっぱり馬鹿女だな!」

「もう!デールそんな憎まれ口言うならあんたを帰すようにサイラスに言うわよ!」

「ちょっ、ちょっと待てよ!もう二度と我が君に命令しないと言ったのならするなよ!」

「さあ~どうしようかなぁ~」


「エリカ様。そのくらいでお止め下さいませ。外に聞こえます」

 今まで大人しく控えていた侍女のシェリーが、嗜めるように出発してから初めて口を開いた。エリカより少し年上の彼女は教育係であるブロウ婦人の娘だけあって上品で落ち着いている。頼もしい侍女でもありエリカにとって姉のような存在だ。

 今回は招待されての道行の為、国境にはシーウェル王国からの使者が迎えに来る予定だった。その為、王宮からの同行者は少ないが事情を知っているのは馬車に同乗しているこの四人だけなのだ。秘密を知るものが増える程、洩れる確立も増える。サイラスがいれば護衛もいらないしエリカが望めば彼女を一瞬のうちにシーウェルまで運ぶだろう。だがそういう訳にはいかない。

 エリカは大きく成り過ぎていた声を落として話の内容を変えた。

「ところでサイラス、お父様と何を話していたの?あっ、これは命令では無いわよ。一応言っておくけどね」

 サイラスの口元が微かに上がったかに見えた―――気のせいだろうか?

「――ベイリアル帝国の件だが、あの死人使いの力は私と同種の力を感じると言ったのだ」

「えっ?それは同じ魔神が関わっていると言うの?」

「かの地は遠くはっきりとは分からないが、その可能性は感じる」

「そ、そんなにサイラスみたいな魔神がこの世にうようよいるって訳?」

 その問いはデールが答えた。

「この界への道は王しか通せない。我らの界には我が君は空の王。その他に地の王、水の王、炎の王、風の王しかいらっしゃらない。その王を統べるのは至高天王。いずれもこんな人の世界に干渉するものなどいない」

 へぇ~と感心しながら聞いていたエリカは得意げなデールに言った。

「そうなんだ・・・じゃあ、サイラスは変わり者なのね?」

「な――っ!我が君を愚弄する気か!」


 エリカは、しぃ―っ、と唇に人差し指を当ててデールを黙らせた。

「そんな事言って無いでしょう?いずれにしてもこの件は重要な事よね?サイラス?」

「そうだ。この界に我が同胞が現れるなど考えられぬ事だが・・・考えたくも無い」

 確かにサイラスと同じ同種の者。自分達が魔神と呼ぶものが敵国に存在するのなら戦争は避けられないだろう。人の世界で使ってはならない異種の力。それに対抗出来るのはそれと同じ力しかありえないのだ。オルセン王国がその昔、大陸を掌握出来たのは当然この魔神しかいなかったからだ。ベイリアル帝国の進攻はそのオルセンを彷彿させるものだった。

「デールの話だと此方に来られるのは王だけなのでしょう?と言う事はサイラスの知り合いよね?もしそうだったとしても話し合う事は可能でしょう?」

「―――その王によりけりだ」

 事情を良く知っているデールはその通りだと大きく頷いて話しを追加した。

「それに王のような力があり界に影響を及ぼす者は、自ら望んでも此方に留まる事は出来ないんだ。界から弾き出されてしまう。我が君の様にこの界の住人である者にでも囚われて枷をかけられない限りな」


 エリカはぞっとした。と、言う事は―――

「それじゃ・・・魔神を隷属させた人間がいるって言う事よね?それがあの帝王かも・・・」

 とんでも無い事だ!

 魔神の力を自らの欲望に使えばどうなるか知っている。あの帝国が本当にそれを始めているのなら話し合いとか生温いもので終わる筈など無いのはエリカでも十分理解出来た。

 エリカは数年前、一度だけベイリアルの帝王ゲルトと会った事があった。その当時、小競り合いはあっても大きな争い事も無く、各国の王達が集う事も度々あったのだ。その時見たゲルトの野心に満ちた獣の様な瞳を忘れられない。鋭く引き裂かれるような恐ろしい光りを放ち、足に震えがきたのを今でも思い出すのだ。

 エリカはそれを思い出し身震いをすると、自分を庇うかのように自分で自分を抱いた。

「誰が相手だろうが関係無い。汝が命じるのなら魔神ごとベイリアルを消滅してやろう」

 サイラスは俯くエリカを見る訳でも無く、窓の外を見ながらさらりと言った。


「馬鹿ねサイラス。何度も言わせないで。私はそんな事命じないわよ」


 エリカは声が震えない様に一言ずつゆっくりと言った。

 そして抱いていた腕を解き一度腕輪に触れ、背筋をしゃんと伸ばして深呼吸をした。

「さあ、いずれにしても〝魔神の瞳〟を探すのと同時にベイリアルの疑惑も調査するわ。密偵では王宮の中までなかなか入り込めないでしょうしね」

 サイラスはチラリとエリカに視線を流したが何も言わなかった。

 エリカも彼の言葉を期待はしていない。初めは会話の続かないサイラスの無関心の冷たい態度に戸惑いを感じていた。だが眠っていた時は返事すらしなかったのだから今は十分だと思う事にしていた。そして人間には無い大いなる力を持つ誇り高い彼を知れば知る程、人間に隷属されるのは屈辱以外の何物でも無いだろうと思うのだ。悲しい事だが口も利きたく無いぐらい疎まれも当然の立場だと思っている。相変わらす冷たい魔神サイラスにエリカは少し寂しげに微笑みかけるのだった。


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