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魔神の見る夢  作者: 椿朋香
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ローザも私

 アーカーシャ、アーカーシャと姿を見れば名を呼んで走って来る。

(あれは見ればではなく、探して見つけてだったな・・・)

『アーカーシャ、小鳥の雛が孵ったの』

『アーカーシャ、はい、これあげる。このお花、綺麗だから摘んできたの』

『アーカーシャ、昨日ね―――』

 毎日、毎日、何でも報告に来ては無理やり何か置いていくか持って帰っていた。無視しても無視してもそれは飽きる事無く続けられたのだ。

 根負けと言うのだろうか・・・それが何時しか当たり前になり、彼女が現れるのが密かな楽しみにさえなっていた。だから来ない日があると心配になったぐらいだ。ジャラは千年考えたと言ったがサイラス自身、何故こういう気持ちになってしまったのか分からなかった。ジャラの方が千年で答えを見つけたのなら自分より分かっているのだろうか?


「ジャラ、千年考えた答えは?」

 ジャラは少し驚いてその美しい白銀の瞳を見開いた。

「珍しいことがあるものだ。そなたから問いを受けるとはな。そなたの気持ちを我に問うのか?」

「・・・・・・・・」

「まあ、いいだろう。そなたは誰にもとらわれない孤高の王。とらわれないのでは無く、誰も心に踏み込ませないし、踏み込まないだけ。それがそなたの魅力であり皆が憧れたものだった。だから誰もそなたに踏み込もうとするものはいなかった筈―――だがローザはその皆と違っただけ。恐れもなくそなたに突進して行ったのだからな。あれには皆、仰天し冷笑したものだが・・・彼女のそのひたむきな真っ直ぐな強い心に陥落してしまったのであろう?我らはその強い心に弱いからな」

 確かに誰も踏み込んで来なかった場所に彼女は入り込んで来た。それがそこに居るのが当たり前になっていたのだ。ただ言えるのは彼女無しの自分はあり得ないという事だ。


「あ――っ!サイラス!見て、見て!虹よ!」


 突然のエリカの声にサイラスははっとした。海辺からこちらに走りながら空を指さしている。晴れた向こうの空に大きな虹がかかっていたがもう半分くらいで消えかかっていた。気付くのが遅かったようだ。


「あ~もう消えちゃう・・・せっかくサイラスに見せたかったのに・・・」

『あ~もう消えちゃう・・・せっかくアーカーシャに見せたかったのに・・・』


 ローザもそう言ったことがあった。

 ジャラは、にやりと笑ってデールに耳打ちした。

「こんな場面、昔もあった」

「え?」

「ほら、あの時も奴はああした」

 ジャラの視線を追ったデールが見たものは、主が片手を空に上げたところだった。そして弧を描くと同時に真っ青な空に幾つもの虹がかかったのだった。七色に輝きながら弧を描く様はえも言われぬ美しさだ。

 デールはエリカが大喜びではしゃぐと思った。もちろんサイラスもそう思っただろう。しかし予想は外れた。

「――きれいね。ありがとう、サイラス」

 エリカは悲しそうな声でそう呟いただけだった。


『すごい!きれい!最高!アーカーシャ、ありがとう!』


 あの時のローザは飛び上がるように喜んだ。もちろんエリカもその事は覚えている。だから悲しくなってしまったのだ。過去の再現でしかないものへの自分への嫉妬だった。

「おやおや、今回は何だか昔とは違うようだな。今日はシーウェルの勝ちかな?愉快、愉快」

 ジャラは愉快そうに笑っていた。そして勝ちと言われたグレンが、にやりと笑った。明らかに今エリカを喜ばせていたのはグレンだろう。

「さあ、エリカ。向こうにも珍しいものがあるから案内しよう」

 グレンの誘いにエリカは頷き、サイラス達から離れた。今までの場所から離れようとする彼女達を追うようにサイラスが動いた。

 グレンは足を止め、そのサイラスに向って言った。

「エリカに話があるから、遠慮してもらえますか?」

「おいっ、お前!我が君に命令するのか!」

 デールが先に怒って叫んだ。

「命令などしていません。お願いしているのです。オルセンの魔神よ」

「・・・・・・・・」

 グレンは護衛官の格好をしているサイラスをわざと魔神と呼んだ。自分達とは違う存在だと言いたいように。

 ジャラは笑っていた。彼はこういう怖いもの知らずのグレンがお気に入りなのだ。

 サイラスが足を止めたまま動かないので、グレンは彼が承知したと察してエリカを促して去って行った。一度エリカは振向いたが、グレンから肩を抱かれるように連れられて行ってしまった。その様子を、じっと見つめるサイラスの瞳は魔神の色の黄金になっていた。

「ふふふっ、嫉妬は怖いね。今、この入り江が吹っ飛ぶかと思ったよ。怖い、怖い。何の話だろうね?シーウェルは彼女にご執心だから結婚の申し込みかな?」

「・・・・・・・」

「我が君?」

 無言で立ち尽くす主をデールが心配そうに見上げた。


(あの、馬鹿女!ふらふら付いて行って!まったく!)


 デールは心の中で悪態をついたが、二人が消えて行った岩陰を少し心配そうに見つめたのだった。

「グレン、私に話って何?」

「実は、先日オルセンに親書を送ったからそのことについて話したかったんだ」

「親書?」

「そう、君の父上宛に」

「お父様に?何?」

「君への結婚の申し込みを出した」

「ええ―――っ!結婚!まさか、私とあなた?」

 エリカは思ってもいなかった事に驚いて、座っている岩から落ちそうになった。

「まさかって?何だか傷つくな」

「だ、だって!そんなこと全然思ってなかったもの!」

「そうだろうな・・・そんな気はしていたが・・・私は真剣だよ。エリカ、君が好きだ。だから私と結婚して欲しい」

 真剣な瞳で見つめられたエリカは、どきりと胸が跳ねた。彼の瞳はアーカーシャの空色の瞳だ。その瞳で見られるだけでもエリカは有頂天になってしまいそうになるのだ。だけど彼はアーカーシャでは無い。真剣なグレンには自分も同じく答えなければならないだろう。

 自分の過去の過ちと今の想いを―――

「ごめんなさい、グレン。私はあなたと結婚出来ない」

「待って、エリカ。もちろん君はまだそういう気持ちだろうけれど、私は待つからそんなに直ぐ答えを出さないで欲しい」

 エリカは首を振った。

「いいえ。私はもう何年も・・・ううん、何年とか簡単な言葉では言い表せない。永遠のような時を待ってくれていた人がいるの―――」


 そしてエリカは自分とサイラスとの昔話を語りだした。遥かなる優しい恋の物語と、その終りの果ての孤独な物語―――

「エリカ・・・君がそんな・・・」

 グレンは言葉が出なかった。魔神が彼女のことを幾ら想っていても所詮違うものであり相容れないと思っていた。エリカと自分は同じ世界の人間であり、魔神とは違うからだ。しかしそれは自分だけが違ったのだ。

「グレン、本当にごめんなさい・・・私は彼をこれ以上悲しませたくなの・・・ううん、そうじゃない。そんな同情や、まして償いたい気持ちなんかじゃなくて、昔も今も私は彼を愛しているの。だからあなたの気持ちには応えられない」

「・・・・エリカ」

 彼女の瞳に迷いは無かった。話し始める時はまだ迷いもあり、悲しげな感じだったが今はそれが無い。

 エリカはグレンに初めから話しているうちに落ち込み始めていた心に勇気が湧いてきた。優しい記憶に悲しい記憶・・・そして今の自分。


(自分に嫉妬しても始まらないわ!ローザも私なんだから!)


 自分は自分だと言う思いが強かった為に、ローザを否定しかかっていた事に気が付いたエリカは反省した。だからもう心の準備も出来た。その姿は眩しいくらいに輝いている。

 グレンはそのエリカに心が騒ぐが自分の届かない想いも強く感じた。二人の築いてきた関係に自分は入り込む隙間は無いと認めなければならなかったし、魔神の深い想いには完敗だった。

「―――私は結構、交渉は得意なんだけど・・・その前に玉砕だったようだね」

「グレン・・・」

 エリカは申し訳なさそうな顔をした。

「そんな顔をしないで。君は笑顔が一番なんだから。奴が嫌になったら何時でも言ってくれよ、直ぐに結婚を申し込むから」

 グレンは傷付いた心を隠しておどけた調子で言った。そう、彼女の笑顔が一番なのだから、それを守る為に自分の今出来る事をこれからもしようと思った。

「くすっ、ありがとう、グレン」

「じゃあ、戻ろう。きっと私達が何しているんだろうと気をもんでいる筈だ」

「そうかなぁ~」

「そうそう、魔神はそう思っても顔に出さないだろうけど、そのお供がね」

「デールが?ん――そうかも。グレンって観察力あるのね」

「もちろん。それが仕事だからね」

 エリカは楽しそうに笑った。

「お父様が言っていたわ。シーウェル国王は商売上手だって!」

「商売上手?まあ確かに得意かな」

 エリカはやっぱりと言って笑った。彼女達の笑い声は待っていたサイラス達の耳にも届いていた。そして彼らの所に戻って来た時のエリカは、見るからにさっきまでの様子とは違っていたのだ。

「お待たせ!」

「お待たせぇ~じゃないだろう!」

 早速食って掛かってきたのは予想通りデールだった。

「デールったら何、怒っているのよ」

「お、怒ってなんかない!お前、何の話をしてきたんだよ!」

「あ~やっぱり、怒っている。何で?」

 エリカは愉快そうにデールの顔を覗き込んだ。

「ば、馬鹿野郎!顔、近づけんな!」

 デールは、ぷいっと横を向いて飛びのいてしまった。

「変なデール。まあいいか。じゃあ、次は城下町の美味しいもの食べに行こう!」

「ば、馬鹿、お前!まだ、ふらふらするのか!」

 エリカはデールの腕をがっしり掴むと、片手はサイラスに差し出した。

「サイラス、何しているの? 一緒に行きましょう」

 微睡の封印の間で、やはり彼女はそう言って手を差し出して自分を連れ出した。無邪気に微笑みながら―――


アーカーシャがローザとどうして恋人同士になったのか?最大の謎が今!!といきたかったのですが、やっぱりなんだか分からない??ジャラは千年考えたようですが…恋する心は誰にも分からないですね。それとグレンの影が薄かったので救済しました。きっちり振られてあげないとですね。まぁ~ジャラが慰めてくれるでしょう(笑) 彼にとって良いからかいネタでしょうからね。

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