隻眼の王(2)
―――シーウェル王は迷っていた。こんなに決断を鈍らせるのは初めてだった。忙しい政務を抜け出し、庭をそぞろ歩いていた。足を踏み入れた先はオルセンの王女が住まう一角だった。話し声がしていた。その方向に誘われるように進むと声の主達が見えてきた。
「!」
その光景に王は驚愕した。
海神とオルセンの姫が話しをしていたのだ。気まぐれな海神ジャラが楽しそうに話をしている。今、会うのは不味かった。急ぎ姿を隠そうと踵を返しかけたがいち早くそれを見つけたジャラが呼び止めた。彼に呼ばれたら行かない訳にはいかなかった。
王はゆっくりと振り向き、彼らのいる方向へ歩きだした。
エリカは思いがけない人物の出現に驚いたが一番会いたい人だった。ジャラと一緒にいるのを見られたのも忘れて彼が呼び止めた王に向かって歩きだした。
「シーウェル王?良かった!お会いしたかった――えっ?」
建物の影から出て来たシーウェル王は確かに先日会った時と同じく、褐色の肌に金色の髪と左目には眼帯をしていた。そのせいで顔が隠れているとは言っても今、目の前にいる人物は思いがけない人だった。その瞳は空色だったのだ。
空色―――そう何人もいるものでは無い。グレンと全く同じ色だ。
「あ・・・あなたは・・・グレン?な、何故?」
先日、王と会った時は確かに、グレンは横にいた。王の瞳の色まで見えなかったが雰囲気は似ている・・・・・これはどういう事なのか?
「・・・・私の名はカーティス・グレン・エイドリアン・シーウェル・・・」
「!」
エリカは驚きに瞳を見開き声も無く立ち竦んだ。それを他所にジャラは先程の彼女の質問に答え始めていた。
「ほら?彼の瞳はそっくりだろう?アーカーシャに」
「・・・・な、何?アーカーシャ?だって瞳の色が違うわ・・・・」
「ああ、色?そうか知らないのか。それは人間との契約の証に変わる。だから本当の色は天空の色。初めてシーウェルに会った時は驚いた。懐かしい我が友と同じ瞳だったからな。しかも難破する船を助けるかわりにその瞳を欲しいと言ったら、奴はまだ幼かったのに迷いも無く自分で己の瞳をくり抜いて突き出した。ふふっ・・・潔く豪胆な者は好きでね。だから気に入っていると我は言っただろう」
「じゃあ・・・やっぱりグレンは・・・私を騙したのね」
エリカは此処に来てからというものの各国の油断ならない駆け引きに心休まる事が無かった。周りは皆敵だったのだ。オルセンの奇跡の謎を知りたがる者ばかりだったからだ。その中でもグレン、彼だけは信用出来るのでは?と思っていたのだ。その彼さえも王なのに自らこのような芝居をしていたなんて信じられなかった。
エリカは堪らず駆け出した。
「姫―――っ」
グレンはエリカを追いかけた。
サイラスも彼らを追うように動いた瞬間、水の縛めが彼の手足を束縛したのだ。その縛めは後ろで涼しげな様子で立つジャラから出されたものだった。
「我が君!」
デールは駆け寄って来たが、サイラスはジャラを一瞥した。
「放せ!殺すぞ、ジャラ!」
鋭く尖った鋭利な刃物のように一言吐き捨て、全身が金の炎に包まれたかと思うとサイラスは魔神の姿に戻っていた。背を覆う長い黒髪と黄金の瞳。その瞳は怒りに燃えているようだった。しかし縛めは外れていない。
「―――やはり気に入らないな。その瞳は。落ち着けアーカーシャ。あれは悪い男では無い。お前が行く必要も無かろう?それに此処には我ら以外は居らぬ。心配無い」
サイラスはジャラの術から逃れようと力を放出する。
「無駄だよ。アーカーシャ・・・今のお前では我の力には敵わない。我らの力は無限では無い。お前は此処に居過ぎたのだよ。こんなに気を注いで・・・・界の結界がおかしくなったのも頷けるな」
ジャラは動けないサイラスの顎を捉えると顔を近づけ、目と目を合わせながら喋った。
サイラスはそのジャラを睨み返しながら叫んだ。
「デール!行け!」
「し、しかし我が君!」
「行け!」
「はい。承知いたしました」
デールは弾かれたように踵を返すとエリカ達を追って行った。
サイラスは片時もエリカから目を離す事が出来なかった。同胞である者達の気配を感じてからは特にそうだった。しかも自分は薄々感じてはいたがやはりグレンの正体がそうだと知れエリカは傷ついただろう。それなのに―――
「怖い顔だなアーカーシャ。そんなあの娘が大事か?我は考えた。どうしたらお前のその人間の呪縛から解放出来るのかと・・・・鎖を切れば良い。呪縛はあの王家の血に繋がっているのだろう?簡単だ―――皆殺せば良い」
「ジャラ、貴様!」
「アーカーシャ。お前は呪縛でその血を守護するだろうが今は我の方が力は上だ。だから難なくお前を抑えてこの呪縛から解放出来る。悪い話では無いだろう?」
「ジャラ!例えこの身が消滅しようともそれだけは許さない。二度と私の目の前であれを失う事は絶対にさせぬ!絶対にだ!」
サイラスの自分を絞め殺すかのような迫力にジャラは諦めたように肩を竦ませた。
「―――時折生まれ出るその魂を見守る為にとは云え、わざと人間などに囚われて・・・狂ったとしか思えない――誠に愚かで・・・そして羨ましい。殺すなど冗談だよ。出来る訳なかろう?あの方に・・・・魂だけの再生とは云っていたが、まるであの方そのものでは無いか?まだ幼いがね。だが記憶が無いのは他人と変わらない・・・分かっているのだろう?アーカーシャ。彼女は彼女であって彼女では無い。しかもあのように生き写しだったら尚更、辛いのはお前だけではないか」
「―――違う。彼女こそローザだ。今度こそ―――」
「アーカーシャ?」
何かジャラさえも知らない事実が隠されていた。サイラスは胸に秘めて語る事の無かった真実を話し始めた。その言葉の一つ一つが苦渋に満ち、深い悲しみとなっていた。
うううっ…やっとグレンの正体が分かったという所ですね。長いので2話に分けましたが長かった…ちゃんと存在をアピールして貰わないと、と言うところでしょうか。二番手の男性キャラの座をもしかしてデールに奪われているかも知れません(笑) 実際、私はデールの方が好きになりつつあります。ヤバイぞ!グレン!




