最終電車
言葉には力がある。
だから人は伝えようとする。メールとてそれは変わらない。
このくだらない状態はどうにも我慢できなかった。
転職活動自体はしていた。
いや、黒うさぎが告げた「事実」は伝聞であり、ある一面しか写していない。多面的な情報がある俺は、俺自身の罪から逃げ出したかった。
でも、どの会社も、なんとなくしっくり来なくて、最大手に近くても最終選考で落ちたり、止めたりを繰り返していた。
今思えば、それは「何か」への未練、だったんだろう。
そんな苛立ちを自覚する中、電車は走る。乗客の気持ちなぞお構いなしに。すでに車両には誰もいない。
飲み下せない感情を噛みながら、今回の昇進昇格に失敗した時に、身の振り方を相談した開発側の課長から「言葉は発した側が100%の責任を負う。だから、伝わらなかったら自分以外の責任ではない」とメールを貰ったな、と思い出した。
そうだな。その通りだ。だから、俺は。
ぐちゃぐちゃな思考に、気に食わない感情の中、雷が見えた。
何故か思い浮かんだのは、Ludwig van Beethovens 5. Sinfonie、日本名だと「運命」。
遠目に見える雷は「運命はこのようにして扉を叩く」とでもいうのか。
ベートーヴェンの言葉かどうかはわからない、と言われているが、確かに主題は「運命」なんだろう。
今夜見た「おじいさん」が薬物事件を起こして、自分が吐いた言葉を、歌を、まるであたかも改竄してしまった、と「世論」に捉えられたように。
歌は、言葉は変わらないのに、受け取り側の中で言葉の力が無くなった、または変質してしまったんだろう。
同じことか。
もう終わりにしようと、唐突に思った。
理論武装も何もかも捨てて。俺は、俺でしかない。
もう辞めよう。本気で。俺は、どうやっても今の部署の人達に感謝をしたいと思えない。それくらいに溝は深過ぎた。
「あの時」誰も助けてくれなかったのに。
当たり前か。当事者は誰も残っていない。
自己憐憫なぞ、あまりにくだらない。自分自身に呆れる。
一方で「仲間」だと思えた開発現場には、未練や申し訳なさが残っている。感謝するなら彼らにしたかった。ありがとう、何もない根無草を信じてくれて。
ごめんなさい。何も出来なくて。
だから、ケジメをつけよう。
自分なりに、彼ら「仲間たち」に。
俺が磨き続けた「武器」はここに、遙かなる星々に、彼ら以外には使わない、葬っていこうと決めた。
最終電車を降りる。雨は止んでいた。
自宅に着く頃は次の日だろうか。
だが、あまりに小さな機械人形は、自分の意思で、もう一度自分の力で、運命の扉を開くことを決めた。




