Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125
全ては終了し、後は退場のアナウンスを待つだけのはず。
しかし、もう一度「彼」が出てきた。
「彼」は、何か話をしている。
前半に出演された恰幅のいい「おじいちゃん」に言われたそうだ。どうやらもう一曲歌うらしい。
それも、急遽、2日前に決まったと。歌いたくないなら、歌わないと言う選択肢を取れよ、と思った。
正直、御両人とも還暦はとっくに過ぎたご年配には変わらないと思うが「彼」曰く何やら序列があるらしい。
とはいえ2日で準備とは、1番迷惑なのはオーケストラの方々だろうに、とは思った。まあ、傲岸不遜な「彼」でも勝てない相手がいるというのはどこか痛快だった。
そうして、残念ながら音楽は始まった。
今思えば、聴かなければよかったと思う。
もし、時を巻き戻せるなら、聞かない。
聴かなければ、まだ俺は苦悩の中で、眠っていられた。
俺は音楽に詳しくない。専門は「社会学」。
いわゆる「法律屋」。好きな音は「無音」。
集中力を妨げる音楽など、聴かない。
だから、流行りの曲も、使う楽器もさっぱりわからないが、その前奏は確かに、聴いたことがあった。
というか、遠い子供の頃の記憶に、確かに何処かでこの曲を聴いた覚えはあった。
成人してからも、薬物事件が起きるまで誰かが歌っていたり、街中で聴いたりしたことがあると、記憶に残っていた。
それは「彼ら」の代表曲だとわかった。
この「音楽家」の1番売れた曲。ピアノの前奏が印象的だった。
俺みたいな完全な門外漢ですら、前奏でわかるんだ。
すでに周りの反応は最高潮に達している。
感極まり、涙している人までいる。びびる。
そんなに好きか?還暦過ぎた「おじいさん」のバラードが?とか皮肉が口から出ない程度には、周りは本気である。
熱量が、ヤバい。




