実像なき映像
結局は、中身の問題。
問われているのは「本質」。
それは、人の内面であろうが、環境だろうが、建物だろうが、工業製品だろうが、機械人形だろうが、変わらない。
そうか。
実質的にこの部屋が、この部屋足り得るのは、今日が最期か。俺の部屋。
段ボール箱数箱にベッド。在宅勤務用の机と椅子。冷蔵庫と電子レンジ。室内物干しに散らかった掃除道具。
壁には引っ越し屋にお願いしない、2泊分の手持ち用バックパック。
フローリングの床が、カーテンのない窓からの光を反射して、白い壁を赤く染めている。
部屋の中央で、立ち尽くす。
俺は、何故、こうしているのだろうか。
結局、俺は、何がしたかった?
「nothing」
どこまでも繰り返される、何もない世界。
「愛情のテスト」などするから間違える。
「解答」などで「本質」は測れない。
医師免許や運転免許証は「保証水準と許可」でしかない。付け髭つけたホームドクターになることは別に「免許」に必須ではない。
忘れ物はない。残していくものもない。
俺は、消える。
例えようのない不吉な何かが、あの場所から、ここから消える。
それは、きっと檸檬の匂いがして、俺の中を苦いもので満たして、俺を冷え切らせる。何故なら不吉は、俺自身だから。
身体の熱が無くなったように、また。
どうでも、良いこと。わかっている。
悲しみ、苦しみ、憧れ。
噛み砕き、飲み込む。それしか、答えがないのだから。今までもそうしてきたように。
交差する人々、タロット、美容師の話。誰が正しいか、じゃない。「正しい」とする「尺度」が「間違い」なんだろう。
では、何が自分に、俺に響いた?
カーテンがないから、空の色で時間経過がわかる。そういや、こんなふうに空を眺めている時間なんざ、ついぞなかった。
段ボールに腰掛けて、窓から見える更地が徐々に暗闇に包まれて見えなくなる。
くだらない。感傷的過ぎる。無駄は嫌いなんだ。なんでこんなことになったんだか。反吐が出る。ふざけんな、と段ボールを蹴ったが普通に痛い。残念ながら、生きていることを理解する。
机の上にある携帯電話。
俺が、俺のために自発的に「買った」2枚のチケット。
あまりに、俺らしくない。
音楽に理解を示さない俺らしくない選択肢。
クラシックならまだしも、よくご存命なレベルのJ-POPとか需要が不明。
どちらも著名だが、俺は曲を知らないし、曲自体もあまり興味がない。調べた限り、はっきりとどちらも嫌いなタイプな人物像。
もう一回蹴り飛ばすのは、痛いからやめておいて、ベッドに座る。
この小さな城での最期の夜。
ガラスに映った半透明な俺は笑っていた。
歯を剥き出しにして、品もなく口角吊り上げて、笑っていた。
ガラスの中の俺は、まるで、自分が作り変わっていくのを嘲笑っていた。それは、鮮烈で新鮮だった。忘れていた「何か」。
あー、苦しい。夢から覚めたのか、夢を見るのか、夢の中なのか。
睡眠薬を取り出して、飲んだ。
もう、どうでもよかった。
何もかも、どうでもよかった。
胡蝶の夢を彷彿とさせる、奇妙な時間。
俺には全く無関係な人間に感化される、笑うしかない薄気味悪い感覚。
壊れそうなほど面白い。
狂いそうなほど気持ち悪い。
明かりはついたまま。
意識はあるが、身体はもう、動かない。
さあ、寝よう。窓ははっきりと室内で溺れかけたような俺を映している。
あとは、意識を落とすだけ。
明日がきてしまうから。
さあ、穏やかな最期の夜を、緩やかに過ごそう。




