あの日から300年後
窓から入って来る風を受けて頭からすっぽり被っているベールがフワリフワリと揺れている。目の前で揺れるそれをただボーっと見つめていた。
コンコンッ
ドアがノックされ返事をするとドアの隙間から弟がひょっこり顔を出す。
「姉さん、準備は出来た?」
「ええ」
「会場の準備はバッチリ!お客さんも集まってるよ」
「そう」
「何だい、気の無い返事だね。今日は自分の結婚式だって言うのにさ。何か心配事でもあるの?」
「いいえ、何もないわ」
「そう?それにしちゃ心ここにあらずって感じだよ?緊張してるだけには見えないし、あれか!結婚が近づいてる女性がよくなるマリッジ何とか」
「言葉はちゃんと覚えなさい。マリッジブルーでしょ。はあ、そんなことで跡取りとしてやっていけるのかしらね」
「何だよっ、緊張をほぐしてやろうと思っただけだろ」
「そうかしら」
ぷっくりと頬を膨らませて不機嫌そうな顔を見せている弟。もう16才、自分は大人だと常日頃主張しているというのにその態度はまだまだ子供のそれだ。本当に大丈夫なのかしら?
私の心の声が聞こえたのか頬を膨らませながら睨みつけてくる弟。
「何だよ。俺が心配だから結婚できないとか考えてんのか?」
「そんな事考えていないわ、ちょっとしか」
「ちょっとでも考えてんじゃねーか!?」
「ふふっ。ふふふふふっ」
「・・笑ってんじゃねーよ」
「ごめんなさい。駄目ね、私」
しばしの沈黙。
弟がベール越しに私の顔を覗き込んでくる。
「今何考えてた?」
「・・・このままでいいのかしらって」
「どういう意味?結婚したくないって事?」
「そうではないわ。そうではないけれど、何か忘れている様な気がするの」
「何それ?義兄さんとの約束とか?」
「いいえ、違うの」
眉間にしわを寄せて考え込む弟。何かに集中している時によく見せる表情だわ。
「姉さんはよくボーッとしてるよね。心がどこかに行っちゃってるって言うかさ。さっきまで楽しく話てたのに気付くと遠くを見てる。目の前にいる俺の事も母さん達の事も見えてない。それが子供心に忘れられたみたいで悲しかったな」
「そう・・だったかしら?」
「そうだよ」
「私、そうなのね」
不意に窓の外に視線を投げる。そんな私を弟が寂しげに見つめている事にも気付かずに。
私、何が思い出せないのかしら?幼い頃からずっと抱き続けてきたそれ。追い求めて来たけれど、終ぞそれに行きつく事はなかった。
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